EP1ー2 弱者であることを呪え
カゲロウと名乗った男に、水と食料を分けられた。
ここ数日、まともに食事を摂っていなかったことをあり、胃が驚いて度々吐きそうになったが、何とか全て飲み込んだ。
ある程度意思疎通ができるぐらいまで回復すると、俺は広場まで連れられる。
オーナーとボディーガードが、全身を穴だらけとなり血まみれで倒れているではないか。
前世のままだったら確実に吐いていたが、どうやらこの身体はこういうのに耐性があるらしい。
でも俺自身は恐ろしのあまり、腰が抜けてへたり込む。
「これは……」
「なに、手を出してはいけない者に手を出した馬鹿どもの妥当な末路だ」
カゲロウは蔑むように吐き捨てる。
停止していた思考が再起動し、俺は慌ててカゲロウに問う。
「他の子供達は……どうした」
「安心しろ。俺の知り合いに粗雑だが、お優しいシスターがいる。そこに預けることになった」
「そうか」
この男を完全に信じたわけではないが、ほんの少しだけ胸が軽くなった気がする。
俺は立ち上がると、もはや原型を留めていない、オーナーの成れの果てを見る。
あの下卑た笑み浮かべていた顔はズタズタに引き裂かれ、苦しみのあまりか血涙まで流していた。
それを見た瞬間、あの悪夢がフラッシュバックする。
俺は怒りが再爆発し、感情に突き動かされるまま死体を踏みつけた。
ぐちゃ、と嫌な感触が伝わってくるが、俺は気にすることなく何度も踏みつけた。
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も!
わからなかった。
こんな事したところで、意味がないことは分かっている。
それでも俺は、オーナーが、この男が、憎くて憎くてしょうがなかった。
「もうやめろ」
その様子を見ていたカゲロウが、今までより一段低いトーンで呼びかける。
「魂まで腐らせる必要はない」
「だけどコイツは!」
俺は興奮冷めやらぬまま、まだ本調子ではない喉を震わせる。
「どうして、どうしてなんだよ! もっと早く助けに来てくれなかったんだよ! もっと早く助けてくれたなら、リリネが連れ去られることはなかった!」
わかっている、筋違いなことを言っていることぐらい。
でももしほんのちょっと、ほんの少しだけ、たった少しだけ違っていれば未来は変わっていたのかもしれない。
枯れ果てたと思っていた涙が溢しながら蹲る。
カゲロウは小さく溜息を吐く。
そして次の瞬間、右手に握る杖で頰を殴りつけられた。
痛い。慣れ切ってしまった感覚だが、今回は今までものよりも鋭く熱かった。
頬に触れるとヌメっとした感触がして、指先を見やると赤い血が指先にへばりついていた。
「何寝ぼけたことを言っている。お前にどんな過去があるかは知らないが、飯が食えないのも、そのリリネという少女を救えなかったのも、お前が中途半端に弱かったせいだ。他の奴を理由にするな」
一切容赦のない罵倒に、俺は奥歯を噛み締めるが何も言い返せなかった。
「いいか、お前の指を見ろ」
照明に当てられきらきらと真紅に輝いていた。
────アイツの目と同じ色だ。
「お前には血が流れいる。それはつまり生きているということだ。ならば、どうする。そのまま泣きじゃくる弱虫のままでいるつもりか」
「嫌に……決まってるだろ」
そうだ、またあんな思いをするなんて真っ平ごめんだ。
「ならばどうする。簡単だ、強くなればいい。己を呪え、弱さを呪え、弱者である自分を呪え!」
弱者である自分を呪え、全くもってその通りだ。
どれだけ泣いた所で、誰も助けてはくれないんだ。
だったら強く、誰にも負けないぐらい強くなれば少なくとも俺はもう泣かなくて済む。
俺は拳を握りしめ、燃え盛っていた怒りを闘志に変えカゲロウに目を向けた。
「少しはマシな目になったか。いいだろう、ついて来い」
そう告げるとカゲロウは、かつかつと音を鳴らしながら歩き始めた。
近くに落ちていたボロ切れを纏って、その後ろを追いかけた。
長い上り階段を歩き、その先に広がっていた信じられない光景に俺は目を見開いた。
シンガポールや香港よりも街はネオンが煌めき、俺が元いた世界のどの街よりも発展していた。
まるでSF映画のセットのようだ。正直感想はそれだけしか出なかった。
「おい、置いていくぞ」
「……わ、悪い」
黙々と歩いていると、大通りから外れて光が一切ない路地裏のゴミ捨て場に入る。
「行き止まりじゃないか」
「まあ、落ち着け」
カゲロウはひらひらと手を振り、カチッと壁の一部を押し込む。
がらがらと音をたてながらエレベーターの扉が姿を現し、カゲロウは迷いもなく中に入る。
「どうした、来ないのか」
「あ、ああ……」
我に返った俺は戸惑いながらも、恐る恐るエレベーターの中に入る。
エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと下降を始める。
下へ下へと降りていき、やがてちんと音が鳴ると同時にエレベーターも下降が止まる。
扉が開かれ外に出ると、盛大な歓声が轟いた。
放射状に広がる円形の空間は、まるでローマのコロセッウムを思わせる。
「ここは……」
「アリーナだ」
「アリーナ? 何のアリーナだ」
「見ればわかる」
カゲロウの返答に疑問に思っていると、ガァンと金属同士が激しくぶつかり合うような音が響く。
アリーナへ目を向けると、二つの人型の異形が組み合っていた。
その異形たちは、有機物というのにはあまりにも無機質で、無機物というのにはあまりに有機的な動きをしていた。
殴り合い、蹴り合い、火花を散らす。
巨大なロボットによる、インファイトだ。
一進一退の攻防を繰り返す二機だったが、そのうちの一機が間合いに入り込み、アッパーを繰り出す。
もう一機の頭は吹き飛ばされ、仰向けの状態で倒れる。
決着がつき、より一層歓声が上がり紙吹雪が舞い散る。
「見えるか、あれは拡張強襲型霊長兵器レイダー。ワシがお前に与えられる力の象徴だ。そしてここはそんなレイダー達を争わせるレイダーバトル。未だ闘争を忘れない者たちに与えられた偽りの戦場だ」
隣でカゲロウが説明するが、俺はそんな事どうでも良かった。
俺はあのロボット、レイダーに目が離せなかた。
あれが俺が弱さを捨てる為の力……あれを操った時、俺は生まれ変われるのだろうか。
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