第2話 不憫な悪役

 次の日、すっかり元気になった私はストーリーの整理をすることにした。

 まず始まりは、主人公の能力が発現するところからだ。この世界では、魔法を扱える者の血を継いだものにしか魔法が扱えない。そのため、主に貴族しか魔法が使えず、平民は魔法のない生活をしていた。しかし、稀に血の繋がりに関係なく突発的に平民から魔力を扱える者が現れるという言い伝えが残っていた。

 主人公も、平民として魔法とは縁のない生活をしていた。そんなある日、仕事仲間が魔獣に襲われて大怪我を負う。主人公は咄嗟に駆け寄り、仲間を抱きしめて祈ると眩い光が二人を包み、光が収まった時には、仲間の傷は癒えていた。

 この話は、奇跡の話として瞬く間に広まり、主人公は稀に生まれる聖女として王家にも伝わり、物語の舞台である学園に行くことになるのである。

 この世界では、魔法の他に魔物と魔獣という生物が存在する。魔界林と言われる邪悪な魔力に侵された地で生息する魔物と、一般の動物が魔界林から発生する毒素のようなものに犯されて魔物化したものを魔獣と呼んでいる。非常に稀なことなのだが、人間も毒素に犯されて魔人化するケースがある。

 魔物は、魔界林に行かない限り出会うことはないのだが、魔獣は魔界林と人間の地の間に住み着き人を襲うこともあった。そのため、貴族は16歳になると魔法の使い方を学園で学び、自国の警備をするという役割を担っていた。

 主人公は、貴族ばかりの学園でカルチャーショックを受けながらも、王子や有能な貴族の子息と仲良くなり、聖女として成長していく。

 王子と親しいことで、大多数の生徒は主人公を快く受け入れているのだが、快く思っていない貴族ももちろんいた。

 その筆頭がエレナだ。彼女は、父親の教育のおかげで王子に異常なほど執着をしていた。彼女が学園に入学するまで王子と会ったのはたったの2回。お互いの13歳のお披露目式で会った時以来だった。それでも彼女は、定期的に王子に恋文を送り、父親のつてを使って王様や妃様にも手紙を送っていた。そして、15歳の誕生日に婚約にまで漕ぎ着けたのである。

 王子と学園生活を送れるとウキウキしていた彼女は、王子が主人公に鼻の下を伸ばしているところを見て憤慨する。それも主人公に。

 彼女は、学園を退学になるように濡れ衣を着せたり、危険な巣窟に落としたりするが、全て主人公と王子の絆を強める結果になってしまう。

 最終的に、彼女は主人公に対する憎悪と魔界林の毒素が融合してしまい、魔人になってしまう。そして、王子と主人公によって討伐されるのだ。

 私は、王子ルートしかやったことないからこのストーリーしか知らないけれど全部プレイした友達は、「全部魔人化してた笑」って言ってた。その時は、二人で「魔人化不可避エレナ、不憫すぎる笑」とか言ってたけど、今では笑い事じゃなくなっている。

 主人公が誰と結ばれようと、私は魔人化する。つまり、王子を取られようが取られまいが、「王子と主人公が仲良くなり、主人公が幸せになった」という条件が揃った時点で私の魔人化は止められないのだ。

 王子との婚約が決まってしまった以上、私を魔人化させる可能性を秘めた恋の暴走列車は走り出している。13歳の時から、育んできたものだ。前世の記憶が戻ったくらいで、歯止めが効くのか不安しかない。

 私の魔人化を阻止するためには、王子に恋をしない以外の手立ても考えないといけない。エレナが魔人化するほどの憎悪を募らせた要因の一つに、主人公が平民出身というのもあると思う。高飛車な彼女のことだ。ずっと下に見てきた平民に、自分の立ち位置を奪われるのは許せないに違いない。

 平民である主人公以外の貴族令嬢が、王子と仲良くなれば怒りも多少緩和されるかもしれない。なんなら、自分より格上の令嬢だと諦め切れるかもしれない。

 そう思ったのも束の間、私は大きな壁に直面する。

「私、公爵令嬢じゃん」

 なんと、家柄だけでいうと私が令嬢たちの格上の存在だったのだ。

 せめて、同じ公爵家でもいい。誰か令嬢はいなかっただろうか。

 頭をフル回転させて、思い出す。

「あ、ヨハンいるじゃん」

 そこで私は、前世の記憶を思い出す。

 主人公を陰で支え、エレナのライバル的存在だった。隠れた天才令嬢、ヨハンを。

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