第1話 エレナ目覚める
高熱にうなされる中で、不思議な夢を見た。不思議な世界で見たこともない物を見ながら、一生懸命指を動かす。指を動かすと目の前に見たこともない文字が現れる。
夢の中でぼんやりとしていた意識がだんだんはっきりしてくる。これはパソコンで、文字を打ち込んでいるのはキーボード。
突然真っ暗になった画面にひどく疲れた顔が写って飛び起きた。
その顔は今の私ではない。前世の私だった。
悪夢のようなゾッとする夢だった。
侍女「お嬢様お目覚めですか?」
隣から心配する声が聞こえた。目を向けると、侍女がいる。私を幼い頃からお世話している侍女だ。え、侍女?
彼女のことを知っている自分と知らない自分が混在してフリーズする。
侍女「エレナお嬢様?」
知らない私の中にこれまでの記憶が流れ込む。
エレナ「私って、エレナ?」
侍女が流石に困った顔をする。それもそうだ。私の中で何が起きたかなんて知る由もないのだから。
エレナというのは、私が前世でやっていた乙女ゲームの悪役令嬢のことだ。彼女は、王子と恋に落ちるヒロインに嫉妬して嫌がらせを行い、終いには命を奪おうとまでする。
やがて、ヒロインへの憎悪に呑み込まれた結果、魔人になり王子とヒロイン達に討伐される。
同情できる部分もあるのだが、やっていることが非道すぎて討伐される運命に納得してしまうキャラクターなのだ。
記憶を辿って無言の私に、侍女はオドオドし始める。それもそうだ。これまでの私は、気に食わないことがあれば罰、なくても罰、遊び半分に罰、理不尽の権化のような人間だったのだ。
おまけにプライドが高いエレナは、公爵家の令嬢でもある自分が選ばれて当然と思っていたのだから、庶民からぽっとでのヒロインから王子を取られるなんて、許せるわけがない。
ちなみに、ヒロインが攻略対象の誰と恋に落ちても私は魔王化して処刑される。
エレナ「1人にしてくれる?」
侍女「えっでも…」
エレナ「大丈夫よ。看病してくれて疲れたでしょう?休憩してきて」
彼女はポカーンとした顔のまま私の部屋を出て行った。
私は改めて鏡を見て、自分がエレナに転生したことを確認する。
つり目ではあるが、ゲームの時ほど意地悪そうな顔じゃない気がする。きっと内面から滲みでた人相なのかもしれない。
エレナ「できるだけ笑顔でいなくちゃ」
笑ってみると、何か良からぬことを企んでいる顔になった。これは研究が必要なようだ。
エレナ母「エレナ、目が覚めたのね!」
母が私の部屋に飛び込んでくる。この人は貴族のお嬢様にしては人格者で、侍女達をいじめる私をよく叱ってきて、記憶が戻る前の私は苦手だった。
しかし、記憶を思い出した今、この人の元でなんで自分がこのように成長したのかわからない。
エレナ「お母さん!」
私はこれまでの非礼を詫びる気持ちを込めて、母に抱きついた。母は目を見開き、驚いた様子だったが、次第にその目に涙が溢れた。
エレナ母「ああ、無事でよかったわ」
彼女は涙声で、私の頭を撫でてくれた。
エレナ父「エレナ!もう大丈夫なのかい?」
父が抱き合う私たちを包み込むように抱きしめる。
父については、正直仕事ばかりでそんなに話した記憶はないけれど、お母さんには好かれたいだろうなというのはなんとなく伝わる人だった。
ただ、地位や名誉には貪欲で使えるものは何でも使うという人だった。エレナが王子との婚約を夢見るようになったのは、父の影響が大きいだろう。
小さい頃から「お前が王女になって国を守っていくのだ」とずっと言われ続け、そのための勉強もしてきた。
先生が褒める時の決まり文句は「王太子殿下も喜ばれることでしょう」だ。
そりゃあ、自分が王子に選んでもらえると信じて疑わないし、なんなら王子も自分のこと好きだと勘違いしちゃうのも無理はない。
15歳の誕生日にサプライズで、王子との婚約が伝えられるはず。婚約が決まってしまうと、悪役令嬢としての運命が動き出してしまう。
私が記憶を持っていたとしても、王子を見ると恋に落ちるかもしれない。恋しなくても、婚約しているのに、ヒロインにうつつを抜かす王子を見て憎悪が湧くかもしれない。
いずれにしても、魔人になる可能性を秘めている体なのだ。ストーリー通りに進むことはなんとしてでも阻止したい。
私の誕生日までに王子との婚約を決めようとしている父を止めることで、ストーリーの流れは大きく変わるはずだ。
エレナ母「誕生日だと言うのに、寝込むことになって可哀そうに」
エレナ「え?」
エレナ父「そんなエレナに朗報だ!」
エレナ「ちょ、まっ」
エレナ父「お前の大好きな王子との婚約が決まったぞ!」
婚約を止めようと考えた矢先、今日が私の誕生日だったことを知った。
エレナ「わ、わ〜い」
珍しく私のことで嬉しそうな父の顔を見ると、嫌ですとは言えない。言ったところで、丸め込まれそうだし。
婚約という重大な決定を覆すのは難しい。相手は王族なのだから尚更だ。
こうして私は悪役令嬢の道を一歩進んでしまった。
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