舞台の裏側

@yamatanin

プロローグ

 過去の英雄たちの活躍で、男性も女性も庶民も貴族も関係なく、誰もが望む夢を追いかけることが許されるようなった。

 大人たちは口を揃えて言う。

「恵まれた時代になった」「自分たちとは比べ物にならないくらい自由だ」と。

 現在就職活動中の私は、その自由に溺れそうになっている。

 魔法だって大したもんではないけど、ちょこっとだけならできる。だからといって、多額のお金を払って専門的に学びたいかと言うとそこまでではない。

「ほんとのこと言うと旅しながらその日暮らしとかしてみたいなー」

 そんなこと言ったって、できる世の中ならみんなやっている。

「これからどうしよう〜」

 何かヒントや参考になる情報が欲しくて、図書館に向かった。おばあちゃん達曰く、こんな施設はおばあちゃん達が若い頃はありえなかったとか。

「魔王がいたとかいなかったとか」

 ずっと前とはいえ、そんな恐ろしい存在がいたとは思えないほど、今の時代は平和そのものだ。

 魔法がもう少しできればきっと、選択肢も増えたんだろうけど、魔王がいた時代は貴族しか魔法が使えなかったと思えば使えるだけでも恵まれているんだろう。

 そんなことを考えながら、本のタイトルを指でなぞる。ふと、あるところで手が止まった。

 吸い寄せられるように、その本を引き出す。

 この世界で最も有名な伝説書の隣にある貧相な包みの本。

 タイトルは「あなたへ」だった。


 あなたがこの本を手に取ってくれたこと、嬉しく思うわ。私は大した魔法は使えないけど、必要としている人に見つけてもらえるように、おまじないをかけたの。だから成功してよかった。

 「4人の女神伝説」はもう読んだかしら。信じられないかもしれないけど、私はそのうちの1人よ。誰なのかは読んでいったらわかるんじゃないかしら。

 あなたから見た私たちは舞台上で、夢物語のような人生を歩んでいるように思っているのでしょうね。

 挫折や苦悩さえも、自分たちとは全く違うものを抱えているなんて考えているかもしれないわね。

 そんな私たちの物語にある裏側を知るとあなたたちは何て思うかしら。

 私たちが生きた本当の人生を。あなたたちが知っている舞台の裏側を。


 本の表紙裏に書かれたこの文章は鼻につきそうな文章でいて、全くつかない不思議なものだった。

 淡々と書かれている。そんな印象だった。だからといって、この内容を信じるのは難しい。だって、この時代を作った本人の本がこんな庶民の図書館にあるわけがない。

 かつて、魔王の脅威と隣り合わせだった世界を救い、人々の救済の象徴となった4人の女性。

 天性の才能を遺憾なく発揮し、自分の命尽きるまで魔王を追い詰めた才女ヨハン。

 どんな偉人よりも人望に厚く、魔王討伐後も平和な世界に向けて偉人たちをまとめた偉人エレナ。

 庶民出身にも関わらず、魔王討伐の立役者になった庶民の英雄マリア。

 召喚の儀によって召喚され、この世にない魔法で魔王を翻弄した勇者ネオ。

 彼女達は英雄で物語の主人公そのものだ。そんな彼女達の人生はきっと想像もできないほど、大きな規模感に違いない。自分とは縁のない世界を生きてきたんだ。

 だからこそ、気になる。彼女達が生きた世界はどんな世界だったのか。

 就職活動中で、道草を食う時間なんてないのだけれど、どうしてもこれを読むのが無駄になるとは思えなかった。

 この作者がかけたまじないが本物だと信じて、私はページをめくった。

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