第49話

 アルフレッドが、レイオの手をぎゅっと握って眼前の二人に示す。

「!!」

 操縦室が静まり返る。


「レイオ、今『てぶくろ』は?」

 ジリアンの静かな問いに、レイオは戸惑い顔でゆるゆると首を横に振った。


「……してない」

 アルフはレイオの手を握って、そして彼女が『変容しない』様を見せ付けたのだ。


 幻色人種はその人が一番必要としている人物に変容する。かつては彼の妹アイリーンの姿になったレイオだったが、今度は変わらなかったのだ。それが意味するところはつまり――


「ほう、そんなに殴られたいか」

 ザギが怒りと呆れの混じった顔で、アルフを睨みつけてきた。アルフはそれを笑いながら受け、明るく声を発する。


「下働きで良いからさ、船に乗せてくれよ。こんな状態でラムゼイに戻るわけにもいかないし。ちなみにラムゼイのコネは期待できないけど」

「馬鹿野郎、ンなもん見せられたら余計に乗せるわけにはいかんだろうが」


 ザギのつっけんどんな声。だが、その言葉とは裏腹に、操縦室にアルフを拒むような気配は皆無だった。ザギですらいつの間にか顔は笑っている。


 冷凍睡眠から目覚めて以来、両親の敵を討つことだけを考えて執念を溜め込みながら暮らしていたはずなのに、いつの間にかこの船での生活が、そして彼らに囲まれて過ごすことがたまらなく快適に感じられるようになっていた。


 結局アルフの敵討ちは叶わず、マクシミリアンはただアルフレッドを誘拐したという咎だけを負わされることとなった。ヴィーナスムーンの事件に関しては、彼が直接手を下したわけではないし、事実を知っているのはこの船の人々だけである。


 ただし、いったん露わになった醜聞は消えることがない。マクシミリアンはもはやラムゼイに戻ることはできないだろう。アイリーンとの婚約も恐らくは立ち消えになる。


 マクシミリアンに対する憎しみは消えたわけではないが、罪を認め、手錠をはめられ、連れて行かれる彼を見ただけで、それまで心の中で燃えさかっていた炎がすっと消えた気がした。

 決定打となったのは、マイア捜査官の言葉だった。今朝のハイウェイにて、連邦警察の出現で呆然としているアルフに向かい、彼女は言ったのだ。


「アルバート前総帥との金が絡んだ密約があってな。この件に関してはいかなる事実が判明しようとも公開はできないし、犯人として誰かを捕まえることもできない。こちらもある程度の事情は把握しているんだが」


 それで憤ったりはしなかった。一人で戦うつもりになっていたのが馬鹿らしくなっただけだ。

 分かっている人もいる、分かっていながらそれでも庇おうとした人もいる――そう知っただけで肩の荷が下りてしまったのだ。


 彼がしたことは所詮『唆した』だけである。レイオを唆して危ない目に遭わせた自分が大上段に構えることなどできないと、気付いてしまった。むしろそんな下らないことで血縁すら感じてしまったほどだ。


 アルフの胸には依然としてぽっかりと、『家族』と『10年』という名の穴が開いている。

 また、今それを埋めることができるのは、ラムゼイの檻の中ではなくこの船であるとアルフは確信していた。


 レイオが驚いた顔で自分を見つめている。

 ジリアンはまるでこうなることが分かっていたかのように笑っている。

 アルフはしたり顔で笑い、もう一方の手をザギに向かって差し出した。


「よろしく、な」


 自分を殴ると宣言していたはずのその手は、力強くアルフの手を握り返してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 20:00 予定は変更される可能性があります

ミラージュオデッセイ もしくろ @mosikuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ