第48話

「で、お前はわざわざ五発殴られに帰ってきたのか」

「レイオを送り届けたことに対する感謝はしてもらえないのか」

「ンなもんガキじゃねーんだから自分でも帰れんだろ」


 今度は連邦軍の許可を得て直々にシティ空港に乗りつけたローレライ号の操縦室にて。バイクでレイオを連れてきたアルフに、船長たるザギは見るからに不機嫌そうに応じる。


「ザギ……どうしたの?」

 隣のレイオが不安そうな顔をすると、横のジリアンがにっこりと笑ってその事情を暴露した。


「連邦警察のお兄さんに一杯食わされたから機嫌悪いのなんのって」

「うるせえ。じゃもう帰んぞ」


 図星だったのだろう。

 むっすりとしたザギは早速身を起こして発進の準備を始めた。連邦軍から許可が出たのはあくまで『地球上への発着』であり、やはり今回もジリアンの趣味でシティ空港の発着スケジュールを無視して滑走路を不法に占拠しているので、できるだけ早くずらかる必要があった。


「そういえば、同族の人はどうだった?」

 ジリアンが余計な茶々を入れて再びザギに睨まれる。


「トリスさんっていうんだけど、とってもいい人だった。サンクチュアリに来ないかって誘われちゃった」

 途端にザギの手がぴたりと止まる。流石にサンクチュアリ云々は予想外だったらしい。


「でも、断ったよ。わたし、ここに居ていいよね」

 レイオのはにかんだ言葉で、ザギの動きが再開した。その分かりやすすぎる反応に、ジリアンが笑いをこらえて肩を震わせている。


「『君の聖域は別にあるようだね』なんて言ってたぜ」

 アルフの言葉でついに耐え切れず、ジリアンが噴き出し、そしてザギの拳骨を貰う。


「ザギもジリアンも、アルフも、みんなありがとう」

 朗らかに笑うレイオにつられ、その場に居る皆がうなずき、微笑んだ。


 そして和やかな雰囲気の中で発進準備が整い、あとは操縦桿を押すだけとなったその時。


「――で?」


 ザギがアルフの方を向いて首を傾げる。


「で?」


 アルフも意味が分からないという風に首を傾げる。

 するとザギは見るからに嫌そうな顔をして口を開く。


「何でお前は出て行かねえんだよ」


 ザギは、レイオを送ってきただけのアルフがいつまで経っても『さようなら』をせず、船から降りないことに言及しているのだ。だが、アルフはそんなザギの眼差しなど受け流し、不敵に笑った。


「何でって、そりゃあ……」

 アルフは突然、横に立っていたレイオの手を掴み、したり顔でそれをザギに示して見せた。

「こういうことかな」


 ◆


「ただいまです!」

「おかえりなさい。苦労かけたわね」


 シティ空港に降り立ったローレライ号からラムゼイ本社に戻ったデイビッドは、真っ先に上司であるアイリーンに報告をしにきていた。笑顔で迎えてくれたアイリーンを見て、デイビッドは疲れを忘れて頬を紅潮させる。


「いやもう凄かったですよ。ああいう世界ってほんと凄いです。電子戦もちょっとやってきましたよ! 仁義なき世界ですね! ま、僕にはちょっと無理です。……さて、これから忙しくなりますねぇ」


 するとアイリーンがきょとんとする。

「どうして?」


 きょとんとされたことにきょとんとしたデイビッドが、身振り手振りを交えながら説明する。

「だって、マクシミリアン補佐があんなことになってしまったし、アルフレッドさんも戻ってきたんですよね。そしたらまずハイスクールに編入してもらうことになるのかな、その後でラムゼイのメンバーとして……」


「戻ってないわよ」

「……えっ!?」

 大前提を覆され、デイビッドは目を白黒させる。アイリーンは苦笑した。


「そうね。もうお兄ちゃんは地球に居ないかも」

「ええ~……?」

 アイリーンは窓から外を、広がる空を眺め、昨晩のことを思い出していた――



 ――それは、審問会が終わった夜のことだった。レイオを招きゆっくりと過ごした後、皆が寝静まる時間に、アイリーンの寝室を訪れる者が居た。


「起きてるか」

「あら、夜這い?」

 年下の兄を寝室に迎え入れたアイリーンは悪戯っぽく笑うが、当のアルフは大真面目な顔をしてそれを否定した。


「そのつもりなら間違いなく下の部屋に行ってる」

「あらあら」

 アイリーンは苦笑する。下のフロアで休んでいるのは、勿論レイオである。


「なあ、アイリーン」

「うん?」

 アルフは決意を秘めた顔で、アイリーンを見つめてきた。


「……俺が居なくても、平気か?」

 その後アイリーンの返事を聞くと、アルフは彼女の頬にキスを一つしてから、静かに寝室を出て行った――



「うちの会社は学校を出ただけのスキル無しの人間を採ったりしないわ」

「……はぁ」


 いまいち彼女の言葉を理解できていないデイビッドに向かって、アイリーンは笑いかけた。


「元々堅苦しい家から出たがっていたからね。元気にしているなら、今はそれでいいわ。レイオさん達に迷惑かけてなきゃいいんだけど」

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