第47話

 一方レイオは、捜査官達のざわめきの外でトリスと向かい合っていた。銀髪の捜査官は静かな声で、レイオにひとつの提案をしていた。


「『サンクチュアリ』は、実在します」

「!」


 サンクチュアリとは、幻色人種の人々が保護されていると噂されている場所である。噂の域を出ない話だったそれが、幻色人種本人の言により存在を明らかにされたのだ。

 驚くレイオに、トリスは続ける。


「そこで何人もの幻色人種が安息に暮らしています」

「私や、トリスさん以外にも幻色人種が……」


 同族という言葉は甘く強い響きを持っていた。

 レイオは戸惑い、俯く。幻色人種の象徴たる手が目に入る。この手のせいで、レイオは幾人もの人の手を煩わせることとなったのだ。


 たとえば、今回の事件が無ければ、こんな申し出などすぐさま断っていただろう。私はローレライ号に帰ります、そう言うことができただろう。

 だが、どれだけ強い意志をもって誰かに庇護されていても、自分の不注意などで呆気なく危機に陥り、そして皆に迷惑を掛ける。それを今回のことで思い知った。


 幻色人種として決まった場所で守られていればそういうことは起こらなくなる。それに加えて、同族の、同じ悩み、同じ体質を持った人々と一緒に過ごすことが出来るというのだ。


「僕なら君をそこに導くことができる」

 そう言って、レイオが初めて出会った唯一の同族はゆっくりと手を差し出してきた。


「……」

 レイオは初めての同族が差し出したその力強い手を、息を呑んで見つめることしかできなかった。


「レイオ、どうした?」

 そのとき、マクシミリアンの方が済んだアルフが隣に来た。そしてトリスとレイオの間に流れる僅かに緊迫した雰囲気を読み取り、恐る恐る窺うように、レイオの顔を横目で見やる。


「レイオ……?」

「……」

 レイオはゆっくりとアルフの方を向く。そして今までの後ろめたさを声に滲ませて言った。


「迷惑ばっかりかけてごめんね。役に立てなかった――」

「何言ってるんだよ」


 レイオの言葉は、最後まで発せられなかった。アルフが強い口調で彼女の語尾を覆い隠したのだ。


 アルフはレイオに向き直り、僅かに腕を広げて自己を示した。


「俺はレイオのおかげでこうやって生きてる。レイオが俺の救命ポッドを拾ってくれなかったら、金星の酸で溶けてたかもしれないんだろ。この件だってレイオのおかげで片付いたんだ。迷惑だなんて思ってるはずない」


「アルフ……」

「みんな、レイオに感謝してるよ。俺もアイリーンも。きっと、ザギやジリアンも。……ありがとうも、ごめんも、俺が言わなきゃいけない言葉なんだ」


 穏やかで、それでいて朗々とした声でアルフが言い終える。

 それはきっと、レイオが今この瞬間もっとも望んでいた言葉だった。


 レイオは彼の言葉を反芻し、そして目尻に涙が滲むのを堪えながら、そっとアルフの袖を掴んだ。手を握る代わりの、最大限の接触だった。アルフはそれを拒もうとはしなかった。僅かに頬が赤くなり、照れているようだ。


「……ありがとう」

 そして、アルフの強い言葉で心の靄を晴らしたレイオはアルフの袖を掴んだまま、トリスに向き直った。


「トリスさん」

「はい」


 そして落ち着いた顔で見守るトリスに向かって、レイオは彼の招聘への返事をした。

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