第46話
拳銃の銃声は最後まで聞こえなかった。
「そこまでだ」
「!!」
日中に聞いた強い声がアルフたちの耳を打った。
「連邦警察だ。銃を捨てたまえ」
それは、マイア捜査官だった。
スーツではなく作戦用の防弾服を纏い、突如アルフ達の側に現れたのだ。マイアの声を皮切りに、彼女と同じ格好をした、恐らくは捜査官達がハイウェイの塀からわらわらと出現する。さらには今までどこに隠れていたのか、強い風圧とともに静音ヘリまでもが頭上に現れた。
その場で緊迫していた者達が揃って茫然とする。
自殺しようとしたマクシミリアンを押さえ込んだのも、捜査官の一人だった。アルフに対するレイオほど乱暴ではないが同様の手段――ゴム弾による狙撃でマクシミリアンの腕ごと無力化し、マクシミリアンの背後から風のように現れてあっという間に彼から拳銃を奪ってしまったのだ。
「悪いが、ずっと追跡させて貰っていた。アルフレッド氏が銃を所持していたようなのでね。君も……こんなものを持ってはいけないし、勿論撃ってはいけないよ」
「トリスさん……」
レイオの側に来た銀髪の捜査官は、呆然としているレイオの手から拳銃をもぎ取る。
「それなら、もう少し早く出てくれればよかったのに……」
はっと気付いたレイオが抗議の眼差しを向けると、逆にトリスが咎めるような顔になる。
「君が早撃ちすぎて先を越されたんだよ。まったく……誰も怪我しなかったから良いものの」
「ご、ごめんなさい……」
「それで、この状況でどいつを逮捕するんだ」
十数人の捜査官がアルフ達を取り囲み、その中心に仁王立ちしているマイアがぐるりとそれぞれの面子と目を合わせていった。
マクシミリアンが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「……私です」
「アイザック!」
「事故の後で得たラムゼイの当主補佐の地位が惜しいあまり、突然現れたアルフレッドを誘拐し亡き者にしようとしたのですが失敗してこのザマです」
傍らの少女が袖を掴んで揺するのも構わず、マクシミリアンは自ら両手を前に差し出した。
「おい、やめろよアイザック」
「この娘を人質にしてここまで逃げて来ましたが、もう年貢の納め時というやつですね」
マイアがその手に神経手錠を装着する。ドナは半狂乱になって抵抗したが、別の捜査官に押さえ込まれてしまっていた。
「随分と往生際が良いな」
遅れて到着した連邦軍の車に乗せられる途中、マイアがどこかつまらなさそうに言った。マクシミリアンは薄く笑う。
「もう人生の目的は達成しましたから」
「おい、アイザック!」
捜査官の腕から抜け出したドナが、マクシミリアンに駆け寄るが、マクシミリアンは彼女の方を振り向きもせずに冷たく言い放った。
「失せろ。売女」
「――っ」
予想外の言葉に、ドナは固まってしまった。
だが、マイアが眉をひそめてさっさと歩いていこうとするマクシミリアンを注意しようとしたその瞬間、
「あたしは!」
ドナが叫んだ。
魂のこもった強い叫びだった。マクシミリアンの足が止まる。
「あたしは、そんな言葉じゃ怯まない。あんたはそんな言葉を使ってても、あたしを馬鹿になんかしてない。そんな言葉であたしは引き下がらない」
言いながらぽろぽろと涙をこぼし始めるドナ。だが、マクシミリアンは結局振り返ることなく車に乗り込む。
「……お前には、感謝しているよ」
乗る直前に発せられたその優しい呟きが彼女の耳まで届いたかどうかは定かではなかった。
◆
「いい娘じゃないか。もう話さないでいいのか」
そしてラムゼイ財閥の御曹司誘拐の容疑者を乗せた車はゆっくりと発進した。隣席に座ったマイアは首を巡らせ、後方で未だに暴れているブルネットの少女を横目でちらりと見る。
「彼女はただの人質ですよ。手厚く保護して差し上げて下さい」
「はいはい」
涼しげに言ったマクシミリアンに向かって、マイアは呆れたように肩を竦める。
「ただ……」
「ただ?」
マクシミリアンはふっと笑った。
「もし10年以上前に今の彼女と会うことができていたら……間違いなく彼女に求婚していたでしょうね」
その目に、もはや冷たい光はなかった。
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