第43話
アイリーン・『マリア』・ラムゼイと、アルフレッド・『ヨセフ』・ラムゼイ。
生まれたときから将来ラムゼイを背負うことになることを運命付けられている双子の名は、祖父である総帥アルバート・『ヨシュア』・ラムゼイが直々につけたものだった。少なからず意味を持たせた大事な名なのだろう。
比べて、自分はどうだろうか。ミドルネームすら与えられず、ファーストネームも親がその日新聞の一面に載っていたホッケー選手から適当に取ったと言って憚らなかった。
生まれたときから、マクシミリアンと直系の二人は違ったのだ。
そして今日、改めてそれを痛感させられた。
マクシミリアンがどれだけ策を弄しても、結局は颯爽と現れたアルフレッドの一言でそれは呆気なく吹き飛ばされてしまった。
親族も重役も皆、かつての総帥によく似た少年のことを無条件で受け入れた。
月の光が窓から差し込んでいた。静かな夜だった。
「――アイザック、アイザック。おい!」
その微かな灯りの中、いつの間にか目の前にドナが居て、酷く緊張したような顔でマクシミリアンを覗き込んでいた。
「……ドナ」
乾いた唇から漏れた声に、ドナは表情を緩める。
「やっと気付いたか。どうしたんだよ」
そしてドナは周囲を見渡す。マクシミリアンは審問会が無事に終了して夕方に帰宅して以来、着替えも食事もせず、それどころか照明もつけずに自室に佇んでいたのだ。
壁の時計を見やると既に深夜となっている。
「帰ってからずっとここでじっとしてたろ。心配したんだぞ」
「……すまない」
自分でも驚いてしまうほど、弱々しい声だった。ドナは眉根を寄せる。月の光を受けたブルネットは、まるで絹布のように艶やかだった。
「何かヤなことでもあったのか? 仕事で失敗でもしたのか?」
「……そんなところだ」
すると、今度は破顔する。慰めのための優しい表情などではない。ただにっこりと笑ったのだ。若さと健康と、そして美しさを湛えたその顔で、ドナは何のてらいもなく全力で、マクシミリアンに笑いかけていた。
次に彼女の口から発せられた言葉は、マクシミリアンを深海の底から引き上げるような力強さがあった。
「じゃあ、逃げようぜ」
「……っ」
それは、至言だった。考えまいとして最初に頭の中から追い出していたその言葉を、ドナはいとも簡単に言い放った。
「全部ほっぽり出して逃げよう。別にいいじゃん、責任とか何とかは。世の中、一人居なくなったくらいで回らなくなるもんじゃないよ」
母親よりも世界の誰よりも、その笑顔は頼りがいがあるような気がした。すがるようなマクシミリアンの眼差しを、ドナは微笑んで受けてくれた。
「誰が怒ってたとしても、あたしが許すよ。行こう」
そう言って差し伸べられた手を払うことなど、マクシミリアンにできるはずがなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『今、10号線を北上し始めたよ』
「ありがとう。何から何まで世話になって、済まなかった」
『気をつけてね。それと、元気で』
話し終えたアルフは携帯端末をしまい、そして青色の大型バイク――この本社に乗り込むためにザギに借りたそれにキーを刺す。
審問会が終わった後、ローレライ号との通信制限を解除し、アルフはジリアンに一つの頼み事をしていた。それは、ある人物の追跡だった。そして今、その人物が動いたという情報をジリアンから貰ったのだ。
これからアルフは、地球で最初にやろうと思っていたことを成し遂げに行くところだった。
準備を終えたアルフがハンドルを握ろうとしたそのとき、後ろから彼を呼ぶ声がした。
「待って、アルフ」
「……レイオ」
振り向いた先には、華奢な幻色人種の少女が立っていた。胸の前に手を置いて不安そうにアルフに駆け寄ってくる。
地下駐車場の、目の焦点が合いにくい、どこかぼんやりとした照明の中、アルフとレイオは向かい合った。
「私も行くよ」
行くなと言われるとばかり思っていたアルフは、僅かに驚きつつも首を横に振った。
「ジリアンから聞いたのか……俺一人で行く」
「駄目だよ」
今度はレイオが首を横に振る。アルフは彼女にだけは言わなかったことを――彼女を騙してまで地球に連れてきてやろうとしたことを言おうとする。
「俺はこれから――」
「つれてって」
「……っ」
最後まで言うことができなかった。レイオが距離を詰め、アルフの腕を掴んだのだ。その、思ったよりもずっと強い力と眼差しに、アルフは腕を振り払うことができなかった。
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