第41話
長く黒い髪に黒い瞳。華奢な体格に、小さな顔。そして姿に似合わぬ防弾服。
少女の姿をして連邦警察と名乗るその人物は、レイオの声で――否、ザギが求めている少女の声で、レイオに話しかけてきた。
「……っ」
頭の中がぐらぐらと揺れ、レイオは思わず後ずさりする。
自分の本当の姿だったらいいのにと思っていたその姿が、他人に纏われて目の前にある。
悪夢を見ているような気分だった。
今のレイオは黒髪の少女ではなく、ケイトと呼ばれる女性の姿だ。自分が自分で無くなったような――自分だと思っていたものが自分では無かったような。幻色人種としての自覚と共に覚悟をしていたはずのことではあったが、いざ直面すると何も出来なくなるくらい震え、力が入らなくなってしまう。
その場にくずおれてしまったレイオに、その少女は黒髪を揺らして駆け寄ってきた。そして心底申し訳ないという顔をして、レイオに囁きかけてきた。
「前にお会いしたと思いますが、連邦警察のトリスです。あなたと同族です」
その言葉で、混濁の中にあったレイオの意識が浮上する。
同族。少なくともレイオが使うことは永遠に無いと思っていた言葉だった。何十億もの人に紛れ、密やかに生存しているという幻色人種だったが、幻色人種同士が互いに正体を明かして邂逅することなど奇跡にも等しい。
呆然と顔を上げたレイオに、トリスは少女の顔で心配そうに微笑みかけた。
「驚かせてしまってすみません。私は連邦警察で幻色人種絡みの事件の担当をしている者です。実は、あなたが幻色人種だということは前からおおよそ調べがついていたんです。あなたの船もそう言った意味で監視対象でした」
「……船が……」
「今回、幻色人種の案件で監視対象の船から10年前の死者についての生存情報が出たということで、悪用の可能性を考えて私がこの件の担当になりました。それで今、アルフレッドさんの姿のままでは動きづらいでしょうから、ザギという方からあなたの姿を借りたのですが……」
「ザギが、来てくれてるの?」
知った名が聞こえると、レイオの身体からするすると力が抜けていった。助けに来てくれたという事実だけで、心の奥にあった氷がほろりと溶けるようだった。
「ええ。外で誘拐犯の何人かを引きつけてもらっています。ですから、今のうちに私の手を。彼から可及的速やかにこの姿をやめろと言われていますので」
トリスはそう言って、華奢な手を差し出してきた。初めての角度から見る自分の手をしげしげと眺めてから、レイオは言われるままにその手を取った。
その瞬間、掌を通じて何かが行き交った。
「――!!」
初めての感覚だった。いつもならイメージのようなものが相手から流れ込んでくるだけなのだが、今回は自分の手からも相手に向かって流れ出し、そして混ざり合っていった。レイオはしばし陶然とし、その流れに身をゆだねる。
そして数秒後、トリスに促されて目を開けると、眼前には銀髪の青年が微笑んでいた。レイオは改めて彼の名を呼ぶ。
「トリス、さん」
「ミラージュ同士だとこういうことも可能なんですよ」
トリスの手を借りて立ち上がったレイオは、自らの姿を確認し、思わず吐息を漏らす。
「すごい……」
同族と手を繋いだ後、レイオはこの数年間馴染んでいる黒髪の少女に戻っていた。視線の高さ、声、腕の長さ。どれをとっても一番慣れている姿だった。たとえ直前までトリスに纏われていたものだとしても、やはり落ち着くことは確かだ。
レイオが掌を眺めて安堵していると、トリスが再び手を差し伸べてきた。
「その姿をしていいのはあなただけだと、彼は何度も言っていました。さぁ、ここを離れますよ」
「は、はい」
レイオは言われるままにトリスの手を借りて立ち上がる。
無限とも有限とも言われるただただ広い宇宙で、初めて出会った同族の手は、大きく、温かく、そして力強かった。
手を引かれて立ち去る間際、レイオは後ろを振り返った。そこにはジュノとリーダー格の男が倒れている。それぞれ急所ははずしているらしく、倒れたままの格好で呻いている。
「ここは応援を呼んでいますから、大丈夫です」
レイオの意図を察したかのようにトリスが言った。それに頷いたレイオは、最後に痛みだけから来るのではない嗚咽を漏らしているジュノに心の中で詫び、身を翻した。
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