第39話

 乱暴に模擬法廷の扉が開け放たれた瞬間、全員の視線がそこに集まった。

「!!」

 現れた人物を見て、どこからともなく感嘆の吐息が漏れる。


「遅くなって申し訳ありません、皆様」

 不敵な笑いを湛え、模擬法廷に真っ直ぐに入ってきたその少年は、中程まで来たあたりで堂々と宣言する。

「アルフレッド・ヨセフ・ラムゼイ。ただ今参りました」

 木調の空間に凛とした声が響いた。


 衣服や髪は千々に乱れているというのに、その佇まいはアイリーン同様ラムゼイの当主としての気品と威厳を感じるに十分足るものだった。

「……お兄ちゃん!」

 弁護人席に座っていたアイリーンが弾かれるように立ち上がり、アルフに駆け寄ってきた。自分よりも背が高くなってしまった妹を、アルフは両手を広げて受け止める。


 しがみついてくる妹の背を、アルフは優しく撫でてやった。

「待たせたな、アイリーン」

「あなたはお兄ちゃんよね。実は――」

 10年ぶりの再会の喜びを噛み締めるふりをして事情を話そうとするアイリーンの口を、アルフは掌でそっとふさぐ。


「分かってる。大丈夫だ、そっちにも人が向かってるはずだ」

 そしてアイリーンを離し、アルフは周囲を見渡す。

「とりあえず、この場をどうにかする」


 模擬法廷内の全ての人の視線がアルフとアイリーンに集まっていた。

 人の前に立つことに対する恐怖心は、バイクでハイウェイを疾走する内にどこかで落としてしまったようだ。大勢の視線に囲まれてもアルフはちっとも怯まなかった。そして自信に満ちた顔でそれぞれの顔を確認する。


「お久しぶりです、リロイおじさんにアンソニーおじさん、それにティモシーおばさんまで来てくれたんですか。膝の調子は大丈夫ですか」

 目が合った親族にそれぞれ会釈し、最後に横目で見ているマクシミリアンに強い視線を向け、アルフは前に足を進めた。そして、被告人席の前に胸を張って立つ。


 親族はそれぞれ名を呼ばれ、あっという間にアルフのことを信頼したようだった。未だに訝しげな視線を送ってくるのは主にアルフと接点が少なかったり、ヴィーナスムーン事故後の再建でマクシミリアンと縁の深い工業部門の重役くらいだった。


 そのとき、開いたままだった入り口から数人の警官が駆け込んできた。直後、ラムゼイのガードマンも彼らを連れ戻すべく乱入してきて、模擬法廷はにわかに騒がしくなる。

「!」

 堂々と顔を出してスピード違反をしてきたアルフを追ってきたのであろう警官達は、真っ直ぐにアルフに向かって走ってきた。


 アイリーンが咄嗟に前に出てアルフを庇おうとするが、それを横から手で制した人物が居た。

 その手はそのまま警官達をも阻む。鼻白んだ警官達に向かって、腕の主――マイアはゆらりと歩み寄り、そして鮮やかな唇を動かす。


「ここは連邦警察の管轄だ。お引き取り願おう」

 まるで雷鳴だった。


 小柄な女性が、ただその一声だけで大の男を何人も萎縮させたのだ。

 後ろで聞いていたアルフすら思わず息を呑んでしまうほどの迫力の――もっとストレートに言うならば、ドスの利いた声だった。傍聴席の誰もが、目を見開いていた。

 すっかり毒気を抜かれた警官達がガードマンと共に退場した後、マイアはくるりと振り返った。その鋭い目に捉えられたアルフは一瞬怯むが、すぐに小さく会釈して謝辞を現す。


「……さあ、続きを」

 挑戦的な笑みを浮かべたマイアに向かって頷き、アイリーンの心配そうな眼差しを笑顔で受け、アルフレッドは覚悟を決めて顔を上げ、口を開く。

「さて、何でも質問をどうぞ。何なら生体情報の照合もやってくれても構いませんよ」

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