第37話
同時刻、13号線道路にて。
やけに空いている道路を、アルフと彼の駆るバイクは疾走していた。後方からはサイレンの音が耐えず聞こえ、前方では非常事態をあらわす目に痛いランプがどこでも点灯している。
無理もないことだった。連邦警察に指名手配を受けている人間がヘルメットもなしにスピード違反をしてバイクで突っ走っているのだ。
検問などはジリアンのサポートにより解除されているが、パトカーに追われることと、目を開けていられないような風圧だけはアルフ自身がどうにかしなければならない問題だった。
ヘルメットを用意してくれていなかったザギを少し恨みながら、アルフレッドは必死でハンドルにしがみついていた。冬の空気がアルフの全身を切り刻むように打っていく。
「くっ――」
少しでも油断すればあっという間に脱落してしまいそうだった。アルフは懸命に目を開け、遠くに見えている目的地のビルを睨み付ける。
目指すはこの先数㎞にあるラムゼイグループの本社、その第六会議室だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ザギは早足で歩きながら、端末でジリアンとこまめに連絡を取り合っていた。
『アルフ君は13号線で40キロのスピード違反をして監視映像から30秒で連邦警察に連絡がいったね。で、そこからラムゼイに回ったのが2分。反応があるならそろそろだと思う。っていうかもうアルフ君着いちゃうよ。もう一般道に降りる。シティ空港ってビジネス街から近くて便利なんだねぇ』
「よーーーく見とけよ」
『もっちろん』
どうやらシティ空港にはジリアンが偽の爆破予告をしていたらしい。滑走路だけでなく空港ビル内までもが静まり返っており、時折重装備の爆弾処理班やら探知犬やらが行き交うのみだった。ザギはそれらから身を隠しながら、空港の一般駐車場へと向かっていた。
『来た。14時35分時点でのラムゼイからの通信先を全て把握した。会社がほとんどだから分かりやすい』
ジリアンが興奮した声で続ける。
これが彼らのプランだった。失踪して指名手配したはずの人物を堂々と披露することで、レイオを攫ったと思しき人物の反応を伺ったのだ。ギャンブルじみた作戦ではあったが、結果として見事成功し、アルフが顔を見せた途端、確認のためと思しき通信を行ったところをジリアンが傍受したというわけだった。
『……これは盲点だったなぁ。これじゃ車の出入りを確認しても見つからないわけだ』
「どこだよ」
思わせぶりに喋るジリアンに苛ついたザギは強く言うが、ジリアンはそんなことお構いなしに極めて端的な情報を口にする。
『ノア』
「ノアだぁ? 箱船かよ」
ザギが素直に反応すると、ジリアンはスピーカ越しでも分かるような溜息をつく。
『これだから君は……学のない男は嫌われるよ』
今度はザギが溜息をつく番だった。ゆっくりと息を吐いた後、泣く子をさらに泣かせてしまいかねない怖い声を喉の奥から発する。
「学があっても嫌われてる男なら一人知ってるぜ。さっさと結論から言え」
『河口だよ、テムズ河の。ノアの反乱って地球史で習ったりしなかった? そこの工場跡だね。まさか船で下ったとは思わなかったなぁ。今座標を送る』
ザギの恐ろしい声には全く動じていないジリアンだが、声色は僅かに真面目になっている。ザギは通信端末に送られてきた座標データを確認し、返事をする。
「了解、行ってくる」
『あ、それと』
「何だよ」
空港ビルから駐車場に出て駆け出そうとしたザギだったが、ジリアンの声で一旦足を止める。
『傍受してる途中で嫌なノイズが入った。あんな下品なノイズを入れる奴は僕の知る限り一つしかない。気をつけて』
「おうよ」
そして通信を終え、ザギは手頃な所に駐車している一台の車に目をつけた。
爆弾騒ぎで空港からの待避勧告が出ているのだろう、運転席や後部座席に追い出されたらしき乗客が乗っている車が多かった。ザギはその一つに駆け寄る。
選んだ理由は単純だった。冬だというのにその車だけ窓が開いていたのだ。
「よう、オニイサン。この車保険入ってる?」
そう言って、覗き込むついでに短機関銃の銃口も窓の中に向ける。
「ひっ!?」
車内で煙草を吸っていたらしきスーツ姿の中年の男性が、驚いて煙草を取り落とした。
「おっと。できれば盗難のやつな」
ザギは彼が火傷する前にひょいと手を伸ばしてそれを拾い、車外に放り投げた。
「た、たしゅけ……っ」
「こら、動くな」
がたがたと震える男が財布かはたまた護身用の武器かを取り出すべく鞄を漁り始めたので、ザギは銃口を男のこめかみに押しつける。男はさらに震え上がるが、流石にそれ以上手を動かそうとはしなかった。
「ひいいい……」
ひたすら怯える男をなだめるように、ザギは呆れ声を出す。
「いや、あんたの命とか興味ないから。で、保険は?」
「は、入ってますぅ……」
するとザギはにやりと笑い、扉のへりに手をかけた。
「よっしゃ、じゃあこれ借りんぞ」
「え……えっ?」
「鍵は刺さってるか。貴重品は持ったな? んじゃ、保険会社に連絡しといてくれ。全額降りるようにしとくから安心しな」
言いながら、手早くドアのロックを解除し、男を引きずり出し、未だに状況が理解できていない男に鞄を手渡すザギ。
「さて、と……思ったより遠いな。こんなことならあの船返すんじゃなかったか」
男と入れ替わりに車に乗り込んだザギは、もう一度端末でレイオが居ると思われる座標を確認した後、エンジンをかける。
「…………ドロボー……」
そして鞄を抱えた男が呆然と呟くのを背に、ザギはいかにも家庭用の白い乗用車のアクセルを思い切り踏み込み、タイヤを唸らせながら急発進して颯爽と空港駐車場から去っていった。
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