第35話
テムズ河沿いにあるロンドン・シティ空港は、土地の関係もあるためかなり小規模で、宇宙港としての機能は無い。主にビジネスマンがロンドンから世界へ羽ばたくための足場として利用されている。
しかし小さい空港といえど、滑走路は人が歩くには十分すぎるほど長く広い。そのど真ん中にザギとアルフはぽつんと立っていた。二人の側には一つの大きな荷物がある。
ジリアンが悪知恵を働かせて航空機を全て排除したそこに、ザギに操縦桿を奪われた密航船は無事に着陸した。
その後明け渡した密航船がそそくさと再発進したのを笑顔で見送ってから、ザギは小さなものをアルフに投げてよこした。とっさに受け取ったアルフは、それの正体を知り、首を傾げながらザギを見る。
「……これは?」
「乗ってけ」
「乗れって言われても……」
それは、小さなキーだった。
そして、二人の横にある巨大な荷物。それは、大気精製に苦労している木星の衛星あたりだと一ふかししただけで警察が飛んできかねないレトロな大型バイクだった。エンジン部分は露わになっており、車体はロンドンの空のように鮮やかな青色をしている。
「もう時間がない、審問会とやらに乗りこんでこい」
「でも、レイオは……」
戸惑うアルフの背を、ザギが叩く。
「これがレイオを探す手立てだ。お前が思いっきり目立て」
そしてアルフの心中を射抜くような冷たい声を発した。
「お前、王子様の割に目立つのが嫌いだな」
「……!」
アルフは思わず息を呑む。図星だったのだ。
人前に出て、その場に相応しい行動をする――それが何よりも苦手だった。事故の前には『何か事故が起きて自分の代わりにしっかり者のアイリーンがラムゼイの当主になってくれないものか』などと不謹慎なことを思っていたことすらある。
奇しくもその願いがかなってしまったわけだが、それでアルフがラムゼイの呪縛から解き放たれて悠々自適に暮らしているかと言えば決してそうではない。
ザギは口調を強くする。
「だがな、今はンなこと言ってる場合じゃねえ。お前はここからラムゼイ本社まで突っ走れ」
「!」
まっすぐに西を――滑走路が続く方向を指し、ザギは黒いグラスの先から真っ直ぐにアルフを見つめてきた。
「連邦警察もヤードもぶっちぎっていけ。それなりの速度は出る」
ザギがふざけているわけではないことを悟り、アルフは小さく頷いた。
「……分かった。でも、あんたは?」
「ヒッチハイクするさ。それと、審問会じゃあ流石にそれは使わねえだろ、よこしな」
ザギが相変わらずの悪い笑みを浮かべ、アルフの手元を指した。
「あ……」
アルフはハイジャック時に脅しとして使っただけの、サブマシンガンをまだ提げていたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――はいはい。頑張ってくれたまえ」
ローレライ号の操縦室にて、ザギとの通信を終えたジリアンは隣席についているデイビッドの方を向いた。
「今からアルフ君がラムゼイ本社まで行くから、検問とかバリケードとか全部解除するよ」
「あ、はいっ」
コンソールを撫でながら画面とにらめっこしていたデイビッドは慌てて手を離し、頷いた。
「何を見てたの?」
「え、ええと、ヴィーナスムーン事故の資料です。関連会社に残ってたものですね。外部から見られるレベルのものですから機密性はないですけど」
そう言って、デイビッドは眼前の画面をジリアンに示した。
ザギとアルフが穏便な手段でロンドンに向かう中で自ら留守番役を買って出たデイビッドは、演算系の扱いに長けていることを見抜かれジリアンの手伝いを任せられていた。
ちなみにジリアンによると、そう見抜いた理由は「僕と同じ系統の人だと思ったから」とのことだった。さらに「君って学生時代は友達のお願いで買い物とかするの得意だったでしょ」とまでぬかす始末だった。
モニタにはいくつかの文書の画像が表示されていた。いずれも綺麗に形式を守っているビジネス文書である。
「何か探してるの?」
「ヴィーナスムーン建造に関しての文書などは、前総帥のアルバート様が極秘として封印してしまったんです。事故後の処理関係のものなら山ほどあるんですけど……。ここの端末からならその原因が調べられるかなーと」
するとジリアンは自嘲気味に笑い、デイビッドの画面から目をそらした。
「こんなことをしてる僕が言うのも何だけど、『知る』という行為に対しても責任は発生するよ。気をつけないとね」
「……?」
彼の言わんとするところが理解できずにきょとんとするデイビッドに、ジリアンは明るく声をかける。
「さあ、高速道路のバリケード解除から始めるよ」
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