第34話

「こんなものを持って行くのか」

 ザギが船を出るまえに持ち出した大荷物に、アルフは思わず感嘆の声を漏らす。


「いいだろ。お前いけるクチか?」

「もう少し小さいのなら何度か……」

 二人は早速商船エリアから密航船に乗り込んでいた。いくらかの特別料金を払い、すぐに発進してもらうことになっている。


 しかし、発進の時間は金でどうにかなるのだが、行き先だけはどうにもならない。この船はサンフランシスコ行きとのことだった。ただしそれも、発進してから数分後にクルーに『お願い』して進路を変えてもらう予定だった。

 ザギは巨大な荷物を一つ持ち込んでおり、それは客室という名の倉庫にアルフ達と一緒に格納されている。正面に座る形になった二人は必然的にそれを眺めて過ごすこととなった。


「それだけできりゃ十分だ」

 アルフはこのような状況だというのに、緊張の他に不思議な高揚感も感じていた。ただその血筋に生まれたというだけで負っているものではなく、一つの目的のために担った責任の重さがそう感じさせているのかもしれない。


 簡素な背もたれに身を任せ、アルフはこの数日間のことを思い出す。

 これまでの十数年間を全て凝縮してもかなわないほどの、刺激的な毎日だった。

 ラムゼイの王子様として大事に育てられたことに不満があるわけではない。それでも、家族でも友人でもない者と協力しながら宇宙船で暮らすというのは、癖になりそうなほど楽しい時間だった。


 ジリアンやザギにいびられ、レイオに慰められながら素人として船に乗ることと、ラムゼイの当主の一族として人員・金・情報・責任・名誉……その他様々なもの全てを背負って生きること――今のアルフには前者の方が想像しやすいほどだった。


 だが、そこまで考えを巡らせたところでふとアルフは気付く。ただラムゼイという巨大な現実から逃げたがっているだけなのではないかと。偶然アルフを乗せてくれたローレライ号の居心地に甘えているだけではないかと。

 それ以上何をしても堂々巡りで結論が出そうにもないので、アルフは考えるのをやめた。アルフの気持ちがどうであれ、今は直面している問題に全力であたるしかないのだ。



 そして、つつがなく発進して十数分が経った頃だった。

「さて、そろそろやりますかね」

 そう言って、組んでいた足を解いたザギがゆっくりと立ち上がる。通常この手の船では乗船前に火器チェックが行われるため、かつてアルフの頭に突きつけたあのハンドガンはローレライ号に置いてきている。


「見たとこ2、3人ぶちのめすだけで済みそうだし、王子様はそこらへんに隠れとけ」

 そして、体をほぐしながらザギが出入り口に向かった瞬間、


「動くな!」


 予想外の方向から、鋭い声が船内に響いた。

 客室に居た数人が驚いて顔を上げる。


「両手を上げろ。この船は我々が占拠した。これからリオデジャネイロに向かう」

「……へ?」

 声のした方を見ると、客室に控えていた船員が取り押さえられ、サブマシンガンを持った中年の男がそれを見せびらかすように振り回していた。汚れたシャツにすれたスラックス姿のその男は、くたびれた格好に似合わないほど目をぎらつかせてアルフ達を睨んできた。


「既に操縦室は制圧してある。お前達の命までは奪うつもりはないから安心しろ」

 乗客が一瞬ざわめく。

 言われてみれば、サブマシンガンの男には一人連れが居たはずなのだが、今は客室内にその姿は見えない。おそらくその連れが操縦室の方を押さえているのだろう。


 乗客達は狼狽しながらも、皆素直に従って手を上げている。アルフもひとまずそれに倣った。トイレに行くと見せかけて作戦を実行するつもりだったザギも、アルフの隣席に戻ってきた。そして、アルフに向かって呆れ声で囁く。


「(……先を越されちまったなぁ)」

「(何であいつらは銃を持ちこんでるんだよ。俺らはチェック受けたのに)」

「(知らん)」

 他の乗客らがおののいている中、大して表情を変えずに喋り合っているザギとアルフの姿が目に止まってしまったらしい。短機関銃の男がつかつかと二人に歩み寄って、そして銃口を向けてきた。


「何を喋っている!」

 少しでも彼が指を握りこめば、アルフもザギもあっという間に蜂の巣になってしまう。自分達もやるつもりだったためハイジャックの出現では驚かなかったアルフも、流石に銃口を目の当たりにすると動悸が速くなり、背中を冷や汗がつたう。


 しかし、横のザギはというと、不敵に笑っていた。

「いやね、凄いなーかっこいいなーって言ってただけですよ」

「っ、ふざけるな!」

 男が銃口をはっきりとザギに向け、脅すように突き付けた。ザギはそれでも笑みを消さない。


「そういやアルフ君よ。俺のことただのチンピラだと思ってるだろ」

「べ、別に……」

 突然話題を振られたアルフはうろたえつつも返事をする。

「そりゃジリアンみたいに太陽系全域のお尋ね者じゃないけどな。俺、実は」

「黙れっ」

 激昂する男と、笑みを深めるザギ。

「堅気じゃない奴らからのお尋ね者なんだよな」


 次の瞬間、ザギの長い足がサブマシンガンを跳ね上げていた。

「――!?」

 そこから先は、一方的だった。ザギは目にもとまらぬ速さで男の懐へ潜り込み、鋭い拳をその腹に叩き付けた。

 銃がゴトリと不気味な音を立てて落ちるのと同時に、男が無様に崩れ落ちる。少ししてから、暴発を畏れて身構えていたギャラリーが、何も無かったことを確認して恐る恐る顔を上げた。


「道具に頼るといかんってのが分かるいい見本だな」

 悶絶する男の真上でひらひらと手を払い、ザギは不敵な笑みを崩さぬまま、アルフレッドを仰いだ。

「じゃ、もう一人行きますか」


 結局、その声色通りの気軽さで、ザギは操縦室に居たもう一人のハイジャック犯も拳で倒してしまった。そこでは制圧時に少し悶着があったらしく、操縦士と用心棒らしき男がそれぞれ軽いケガを負っていた。


「済まない、助かった」

 ザギによって救出された密航船の操縦士が額ににじんだ血を拭いながら席に戻る。だいぶ消耗している様子だったが、操縦には支障がないと自ら言っていた。


 ザギはさりげなく操縦士の背後に近付き、

「一安心したとこ悪いんだけどさ、ロンドンに向かってくれねえかな」

 そして、デイビッドにしたのと同じように操縦士の首をがっしりと抱え込んだ。


「うぐっ……」

「な、お前ッ」

「はい、そちらをご覧あれ」

「…………!!」

 操縦士が目を丸くし、他の船員達が色めき立ったところで、ザギに目配せされたアルフは先程客室で押収していたサブマシンガンを構えた。撃ち方どころか構え方も知らないので適当に持っていただけなのだが、それでも効果覿面だった。


 あっという間に静まりかえる操縦室で、ザギはイタズラが成功した男児のように笑う。

「この船は我々が占拠した! なんつってな」

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