第33話

 簡単な自己紹介の後、デイビッドは船の操縦室で男三人に囲まれ縮こまるようにしてラムゼイ側の現在の状況を話した。審問会のこと、レイオが失踪したこと。アイリーンが追い詰められつつあること。


 デイビッドが驚いたのは、一番の当事者であるはずのアルフレッドが、審問会よりもレイオのことについて反応を示したことだった。既に指名手配を受けていることについては知っていたらしいが、詳細を語るとどんどん顔が曇っていった。


「……それでレイオは見付かってないのか」

「はい。本社内はくまなく探しましたし、周辺の交通機関なども調べたんですが……」

「居なくなったのが午前の9時頃だね? 過去5時間分のラムゼイ本社の出入りを確認してるけど、少なくとも正面玄関から出た人間の中にアルフ君や、あと不審な人物も居ないねぇ」


 その声で俯き気味だったデイビッドが顔を上げると、ジリアンと名乗った冴えない眼鏡の男が船のコンソールを使いラムゼイ本社の上空からの映像をディスプレイに投影しているところだった。午前8時から午後1時まで、夥しい人数がラムゼイ本社の正面玄関から出入りしているが、画面上では早送りにも関わらずその一人一人の顔を拡大し、アルフレッドの顔と照合している。


「地下駐車場からの車の出入りも見てるけど、こっちにもアルフ君は乗ってない。精度は落ちるから確定ではないし、もし温度カモフラージュされた箱にでも詰められて外に運ばれてるのならこれじゃ確認しきれない」

「わぁ……」


 乗用車の中の人物の人相まではっきりと映し出されるほどの鮮明な映像と顔の照合スピードにデイビッドが感心していると、ジリアンは画面の方を向いたままで笑う。

「大丈夫、これはただの連邦軍の監視衛星からの情報だよ。ラムゼイは基幹情報をスタンドアローンでやってるからね、僕でもそこまで見ることはできない。ほら、これ君かな」


 ジリアンが、ブリーフケースを抱えて本社からそそくさと出てくるデイビッドの映像を示す。左右をきょろきょろと見回したりして明らかに挙動不審だった。デイビッドはアングルもあるのだろうが予想以上の映りのよさにため息を漏らす。

「……丸いなぁ」

「あはは」


「笑ってる場合じゃねえだろ」

「あだっ」

 サングラスの男、ザギの拳骨がジリアンとデイビッドの脳天に降ってきた。連帯責任らしい。

「いたた……あの、連邦警察の手配情報では自分から逃げたことになってますけど、マクシミリアン補佐に攫われた可能性もあるみたいなんです。もしかしたら、幻色人種(ミラージュ)とバレてて姿を変えさせられてしまったのかもしれません……」

「そりゃ自分から逃げるような奴じゃねえからな」

 涙目のデイビッドが口にした推測に、ザギはむっすりした顔で頷く。サングラスで目が隠されていても、彼が明らかに機嫌が悪いのが分かる。


「そうなると情報だけでは追えないから厄介だねぇ。人身売買のオークションとかに幻色人種の出品や問い合わせがないか一応調べるけど、流石に全部のオークションを把握してるわけじゃないからね」

「もしそいつがラムゼイに居た坊やをアルフレッドではないと知った上で指名手配までさせてんだとしたら、これで指名手配は王子様本人に対するものになったわけか。うまいもんだな」


 ザギが賞賛する言葉とは裏腹に苛立たしげに言った。レイオが彼女の正体を知る何者かに攫われたという前提だと、アルフレッドの顔をしたレイオを失踪させ、連邦警察に手配を依頼することによって、結果的にアルフレッド本人を指名手配したことになっているのだ。


 これでアルフレッドは地球どころか太陽系のどこに居ても連邦警察に見つかり、そして捕まってしまう。治外法権都市のムーンベースですら、連邦警察の目は届いている。

 そして、たとえ今後アルフレッド本人がラムゼイに戻ったとしても、「審問会から逃げた」という事実だけは今後ずっと背負わされることにもなる。


「それで、審問会なんですけど……もう時間が無いのでひとまずはアルフレッドさんに来ていただきたいんですが……」

 レイオの話題の中、デイビッドが言いにくそうに切り出すと、ザギがぱたぱたと手を振って茶化した。

「んで、坊やはめでたくラムゼイに返り咲き、不慮の事故で王子様に化けた不届き者は闇に葬られると」

「……そんなことは、しない。審問会で俺の立場がまずくなることなんてどうでもいいから、レイオを助けないと」


 アルフレッドの真剣な声に、ザギはふんと鼻を鳴らした。ジリアンが映像からの捜索を続けつつ口を開く。

「でも、どうする? レイオが見付からないことには僕らは身動き取れないよ」

「難しく考える必要はねえよ。三日待ってようやく状況が知れたんだ。『見つける』と『乗りこむ』を同時にやるしかねえだろ」

「じゃあ、僕『見つける』の方ね」

 ジリアンとザギが以心伝心という風に頷き合い、そしてジリアンのシートに凭れていたザギは身を起こし、扉に向かう。


 その途中、立っているアルフレッドの肩に手を置き、言った。

「お前は俺と来い。地球に行くぞ」

「……分かった」

「あ、僕も行きます」

 連れだって早速出て行こうとするザギとアルフレッドを呼び止め、デイビッドは挙手した。するとザギが振り向き、意地悪くにやりと笑う。


「今からよその船をジャックしてシティ空港に乗りつけるつもりなんだが、一緒に来るか?」

「…………ええと、遠慮しときます」

 途端にビジネスマンらしい愛想笑いを浮かべて辞退するデイビッド。柄の悪い船はもうこりごりだったのだ。デイビッドのあまりの固辞っぷりに、ジリアンがくつくつと笑っている。


「あと一日あればどうにかこの船も飛べるから、そしたら送ってあげるよ。それまで僕の手伝いをお願いしようかな」

「は、はい、僕にできることがあればっ」

 ぶんぶんと首を振るデイビッドに向かって笑いかけてから、ジリアンは背後のザギを仰いだ。


「マクシミリアンって奴がアルフ君を陥れるためにレイオを攫ったんだとしたら、もしものときに利用するために、一応近くに隠してあると見るのが妥当だね。ロンドンはともかく、少なくとも地球は出てないと思う。気をつけて」

「おうよ」


 頷き再び退出しようとするザギに、今度は隣のアルフレッドが声をかけた。

「……俺はそのジャックとやらに強制参加か」

「当たり前だ。お前が主役じゃねえか」

 そして、ザギは大きな掌でアルフレッドの背中を叩き、むせかえる彼の襟首を掴んで意気揚々と出て行ってしまった。

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