第27話
「驚いた。まさかお嬢ちゃんが幻色人種だったとはな」
結局、数分後にようやく来た救援の車は怪我人ではなく遺体を載せて撤収することになった。ドックの中の調査・復旧は外からの作業になるため、ザギ達が居る側ではドックの扉の前には立ち入り禁止の立て札が置かれるだけだった。引きずった血の跡だけが事故の生々しさを残している。
「あいつの名前がダイスケだって知ってたのか?」
作業の指示を終えてドックの前に戻ってきた親方が感心したように、レイオに向かって言った。レイオは既に黒髪の少女の姿に戻っている。レイオは遠慮したのだが、救援が来る前にザギが無理やり彼女の血まみれの手を握ったのだ。
レイオは焦燥した顔で、首をゆるゆると横に振る。
「……手を握ったら、何となく分かっただけです」
「幻色人種を見るのは初めてって訳じゃねえが、すげえもんだな」
「……でも、助けられなかった」
レイオの声は暗い。助けるつもりで励ましたというのに、逆に親しい人の姿を見させて気を緩めさせ、彼の死を早めてしまったという罪悪感に苛まれている。
「いや、元々助からなかったさ。最期に嫁さんの顔を見ることができてあいつも少しはいい気分で逝けただろうよ」
「だと、いいんですが」
それでも表情を曇らせているレイオの頭を、ザギが空いている方の手でわしわしと撫でる。もう片方の手は、ずっとレイオと繋いでいた。
レイオの服にも、作業員の血が染みている。一応ザギがいつ『変わって』もいいようにと伸縮性の良い服を着させてはいるものの、それが役に立ったのは今日が初めてだった。
「ああ、そうだ、坊主」
視点をレイオからザギに移した親方。その声にザギはぞんざいに応じる。
「……何だ」
「あのとき聞きそびれたが……お前さん、どうしてあの船に必死になってたんだ。確かにいい船だとは思うが、そんなに急いでもいいことないぜ」
ザギは数秒の間、レイオの頭を見下ろした後、親方をまっすぐ見つめながら静かに告げた。
「こいつに『帰る場所』を作ってやるためだ」
「!」
するとレイオが驚いて顔を上げる。ザギが船を欲しがる理由を聞かせていなかったためだ。
ザギは、家族や家の記憶の無い彼女に、帰るべき場所、帰結すべき存在を作ってやりたかったのだ。それゆえ、彼女自身を売って金を手に入れ、その金で船を買っても何の意味も無かったというわけである。
「……なるほどな」
親方はそう言って深く頷いた。険しい気配が、いつしか和らいでいる。
「それじゃ、俺があいつに話をつけといてやる。少しだけ待ってやれってな。いくつか貸しがあるから丁度いい」
「!」
唐突な申し出に、ザギとレイオ、二人の視線が親方に釘付けになる。親方はその視線を甘んじて受け、疲れた顔で僅かに笑った。
「お嬢ちゃんに感謝しろよ」
海でなく宇宙を旅するようになっても、船乗り達が縁起を重んじるのは変わらなかった。そして些細な要因でも事故の確率が跳ねあがる宇宙空間においては、一度事故を起こした場所というのは配管などもツギハギになるため、敬遠されがちだった。
跳ねあがるといっても0.0001%が0.001%になるといった程度ではあるが、その0.0009%の上昇のために使用料なども大幅に引き下げられ、それでも買い手がつかないこともある。
ザギとローレライ号が41番というかなりの好立地のドックを専有できたのもそのためだった。また、その裏には親方の厚意もあった。
そして帰るべき場所、ただいまと言うことのできる場所のできた幻色人種の少女は、やがて自分を大切にすることを覚え、かけがえのない船員としてザギと共に旅をするようになった。
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