第24話
捜査官達が扉の先に消えていった後、マクシミリアンはアイリーンに向かって忠告した。
「ちゃんと話をしないうちは毎日こんなことになるぞ」
小声で交わされている会話を盗み聞きするに、どうやらアルフレッドは寝起きだったらしい。シャツの襟を正したり、甲斐甲斐しくアルフレッドの身なりを整えていたアイリーンは首だけを巡らせてマクシミリアンに言い返す。
「あなたも、出て行って」
「フィアンセだというのにつれないな」
だがそのフィアンセは軽口にすら付き合ってくれはしなかった。マクシミリアンは肩をすくめた後、捜査官の二人と同じく女王の私室から出て行こうとする。
「ねえ、マクシミリアン」
アイリーンがマクシミリアンを呼び止めたのは、彼がドアノブに手をかけたときだった。
「?」
振り向いたマクシミリアンに、アイリーンは真っ直ぐに視線を投げかけてきた。弾劾するような、鋭い視線を。
そして鮮やかな赤色の唇から、ひどく冷たい声色の言葉が紡ぎ出される。
「どうして、あの日に限って私を迎えに来たの」
「――」
アイリーンが言及しているのは、10年前の、数百の人間の命が散った日ではない。マクシミリアンにもそれは簡単に理解できた。そのさらに数日前、アイリーンが通っている学校の関係でどうしても家族と共に視察に行けず、一日遅れで金星に向かうことになった日のことだ。
当時秘書の立場を与えられていたマクシミリアンは次期総帥たる彼女の父親に付き添うことよりも、彼女のエスコート役を買い、遅れて出発することを選んだ。
その結果として、マクシミリアンは現在このような立場に居る。総帥の座は父親を飛び越えてアイリーンに渡り、自己はその婚約者として正式にラムゼイ一族の名を冠することを赦された。
アイリーンの視線を受けながら、マクシミリアンは曖昧に笑い、小さく肩を竦めた。
そして何の返事もせず、そのまま退出する。
ドアが締まる間際に振り返ったとき、アイリーンは依然として、まるで睨むかのようにマクシミリアンを見つめていた。
長年蓄積されていた疑念が噴きだしたのだろう。だが、もはやそんな視線で怯むような歳ではない。マクシミリアンは彼女が見えなくなる最後の瞬間まで、笑みを崩しはしなかった。
◆
人気のない濃紺の廊下を歩みながら、マクシミリアンはゆったりと考えていた。
地位など失ってもさほど惜しくはないと思ってはいたのだが、自分が10年来築いてきた物が瓦解するかもしれないと思うとやはり少しは欲が出てきた。むしろ、欲と言うよりは反抗心のようなものなのかもしれない。ラムゼイという雄大な血の流れへの。
諸手を挙げて王子の凱旋を歓迎し、宰相として王女と共に国の発展に努める――そんな選択肢もあるにはあるのだ。だが、マクシミリアンの腹の底の何かが、それを拒んでいる。
宇宙時代に入って何百年が経過しようとも、今だ血の力は強い。その事実がマクシミリアンを常に追い立てているのだ。
端末を取り出し、そして待機していた部下に連絡を取る。すぐに若い男の応じる声がし、マクシミリアンは静かに告げた。
「予想通りだった」
『では、手配を』
「ああ、頼む」
通話を終え、ふと前を見ると、銀色のエレベーターの扉にうっすらと自分の顔が映っていた。厭世的ともとれるような冷たい表情だった。
きっと10年前にヴィーナスムーンの責任者を急かしたときもこんな顔をしていたのだろうと思い、マクシミリアンは自嘲するように小さく笑う。
アルフレッドの生存の一報が来たとき、一応対策は講じたものの水際の入港拒否だけで防ぐことが出来るとは思っていなかった。事実、彼は何と自力で地球へ訪れ、阻止する暇も無く衆人の眼前で姿を現した。
だが彼が偽物であれ本物であれ、そしてアイリーンが何を思って彼を庇っていようとも、マクシミリアンには10年分のアドバンテージがある。打てる手立ては無数にあった。
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