第23話

 アイリーンとのアポイントを取ろうにも彼女の忠実な秘書達によりすげなく断られてしまった連邦捜査官達を、マクシミリアンは自身のオフィスに招いていた。総帥たるアイリーンのものに比べれば流石に見劣りするが、一個人が社内に設ける部屋にしては十分すぎるほどの広さはあった。


「連邦捜査官のトリス・レグナスです」

 銀髪の男がそう言って、向かいのソファに座っているマクシミリアンに向かって旧時代的な紋章入りの身分証を提示した。真面目を通り越して神経質さ感じてしまうような男だった。

「よろしく……ええと、トリス中尉」

 マクシミリアンが身分証にあったとおりの階級で呼ぶと、しかしトリスは怜悧な表情を変えないままで首を横に振った。

「捜査官とお呼び頂けますか」

「ああ、そうでしたね。申し訳ない」

 連邦警察は連邦軍の一部門であるためその構成員には全て連邦軍での階級が存在するものの、現場での捜査官は階級呼びをきらうことが多い。


「いえ。こちらはマイア・ミューラー……捜査官です」

 マクシミリアンに向かって断ったばかりだというのに同僚を呼び間違えたトリスは、そこで初めて表情を崩す。

 マイアと呼ばれた理知的な眼鏡の女性は、咳払いの後気まずそうに言いなおしたトリスに苦笑する。グレーのスーツに薄化粧、そしてブラウンの髪を一つに結い上げており、捜査官というよりは事務員といった印象だった。


「よろしく」

 トリスを通じて紹介されたマイア捜査官の身分証も確認してから、改めてマクシミリアンは二人と握手した。

「では早速ですがいくつかお伺いしたいことが」

「ええ、どうぞ」

 トリスがよく通る声で、昨日の出来事についてマクシミリアンの立場からの話を確認している間、マクシミリアンは流暢に返事しながらも目の前の二人の捜査官の関係を推察していた。


 マイア捜査官の身分証には少尉とあった。立場的にもトリスの補佐を任せられている様子だった。だが、見たところトリスよりはマイアの方が五歳ほどは上だろう。特定の性別の処遇について旧時代の悪しき習慣が残っているらしき捜査局の程度が窺い知れた。


 ◆


「――あとは、本人に確認するのが一番でしょうね」

 マクシミリアンはいくつかの質問に答えた後、元も子もないことを呟く。結局彼が答えられるのは、偽物と思っていた人物からの生存情報を通報したことや、ロイヤルオペラハウスでのほんの数分の出来事くらいのものだからだ。


 ラムゼイに届けられた、アルフレッドの救命ポッドのサルベージ及びその生存という通信を受けたのは、マクシミリアンだった。すぐさま連邦警察に連絡し、盗掘と詐欺の可能性による警戒を依頼したのだ。

 アナログな手帳を繰っていたマイアが頷きながら困り顔で応える。

「ええ。ただアイリーンさんがご多忙のようで……アルフレッドさんとの面会の許可が頂けなくて」

「……」

 直後に口角を引き上げ、人の良い笑みをつくったマクシミリアンは、さも当然であるかのように、事情など何も知らないという風に、明るく声をあげた。

「それでしたら、アルフレッド本人に聞けばいいでしょう」

 一旦顔を見合わせた後、僅かに期待のこもった眼差しを向けてくる捜査官二人に微笑みながら、マクシミリアンはゆっくりと立ち上がった。


 ◆


「アルフレッド」

 背後からそう呼びかけると、応接室の日の差す窓際でぼんやりと立っていたはびくりと反応し、マクシミリアンの方に振り向いた。

「!!」

 そして、声の主に気付き、さらに驚く。丸くなった目のふちは、前夜からの疲れのためかわずかに赤い。日の光を受けた王子様の金髪は、冠を戴くことなど必要とせず、褪せた髪色のマクシミリアンには眩しすぎるほど輝いていた。


「……マクシミリアン」

 アルフレッドは親しみ深い親族の名を、どこかぎこちなく呼んだ。

 補佐という権限を利用して半ば無理やり入った総帥のプライベートルームの床を、マクシミリアンは我が物顔で踏み進む。

 アイリーンがアルフレッドを置いて秘書のデイビッドとともに関連企業との会食で外出したのは確認済みだった。そのお膳立てをしたのは他でもない補佐のマクシミリアンである。


「やあ。覚えていてくれたんだね。連邦捜査官のお二人がどうしても君と面会したいと言うのでね」

 そしてマクシミリアンは背後の二人をアルフレッドに示す。物差しのごとく直立している二人を見てアルフレッドが身を固くし、目に見えて緊張する。

「トリス・レグナスとマイア・ミューラーです。よろしく」

 トリスが代表して差し出した手を見て、アルフレッドはさらに戸惑ったようだった。その様子に、マクシミリアンの脳裏にひっそりと佇んでいた推測が、芽を出す。


アイリーンが特に生体情報の照会に難色を示していたこともその発芽を助けていた。

 現代の技術ならば骨格ごと顔を変えることなど容易い。そして握手して触れあった部分から遺伝子を採取することも同様だった。マクシミリアンはその推測を元に、アルフレッドの一挙一動を見つめる。

「……よろしく」

 手を差し出したままのトリスの鋭い視線と、アルフレッドの揺らぎがちな視線が数秒の間交錯した。

 結局、握手はせずじまいだった。トリス捜査官は手を残念そうに引っ込める。


 短い会話だけでも、アルフレッドは十分すぎるほど緊張し、怯えていた。それが連邦警察の捜査官に対するものか、はたまた自分に対するものか。いずれにせよ、後ろめたい何かがあることを邪推せざるを得ない反応だった。

「座って話さないか」

 マクシミリアンがそう言うと、アルフレッドはおずおずと頷く。

「でも、まだ何も思い出せなくて……」

「構わないよ、とりあえずロイヤルオペラハウスでのことだけでも」

「……はい」

 優しい親族。妹の婚約者。マクシミリアンが外部から見た関係性のままの役割を振舞うと、アルフレッドは素直に頷いた。その反応で、マクシミリアンの心中の推測がやがて根をしっかり張る。思わず笑みがまたこぼれるが、それも人の良い微笑みで覆い隠す。


 そしてマクシミリアンが10年前とは打って変わって殊勝なはとこを応接椅子に座らせようとしていたそのとき、ドアがまるで蹴破られるかのように乱暴に開き、怒号とともに一人の女性が部屋に飛び込んできた。

「何をしているの!」

 もちろん、アイリーンだ。

 上品なスーツ姿の彼女は、スカートであることなどお構いなしに大股で歩き、そしてマクシミリアンの側に居たアルフレッドをひったくるようにして自らの背後にかばった。


 マクシミリアンは自身の身分と連邦警察という権威をかさに着て、警備や秘書達を言いくるめてプライベートフロアに乗り込んでいたのだ。アイリーンに連絡が行くことはもちろん想定していたが、むしろ予想よりも遅いくらいだった。

 アルフレッドは心底ほっとした顔で、アイリーンの細い背中に寄り添っている。


「君が忙しそうだったから、私が代わりに立ち会って話をしてもらおうかとね。君の方こそディースの会食は?」

 帰社した婚約者を歓迎するように手を広げてみせるマクシミリアンだが、迎えられた方のアイリーンは険しい顔を緩める気配は無い。

「誰かさんのおかげで連絡を貰ってから引き返してきたの。先方には事情をお話しして延期してもらったわ。お兄ちゃん。大丈夫?」

「あ、ああ」

 アルフレッドは返事をしながらも、マクシミリアンや連邦警察の二人の視線を避けるように目を伏せた。始終おどおどしており、まるで兄ではなく弟のようだった。


「昨日申し上げたとおり、兄はまだ長期の人工冬眠の影響で記憶が混乱している状態です。落ち着けばこちらからちゃんとお話ししますから」

「……」

 捜査官の二人に向かって、断罪するかのように毅然と言い放つアイリーン。半ば無理矢理押し入ったため立場が非常に弱いことを認識していた捜査官の二人は素直に詫び、そして退散していった。


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