第21話
事故後幾度も生存者の捜索も行われたのだが、結局誰も見つけられず数年前には打ち切られていたらしく、レイオがトルクに潜りアルフを見つけ、そして他に生存者は誰も見つからなかったと言ったときにはアイリーンは悔しそうな表情を浮かべていた。
当たり前ではあったが、ジリアンとローレライ号のように個人が危険を承知で潜るのならともかく、企業が行う捜索では衝突の危険のある深さまで潜ることができない。また大量の金属片が電波を遮断したため救難信号もトルク外部まで届かず、せっかく無事にポッドに入っていたアルフを見つけることができなかったのだ。
月への着陸のこと、ムーンベースでのこと。レイオは一つ一つを丁寧に説明した。
その中で特にアルフのことを伝えるたび、アイリーンの表情は僅かに和らいだ。ただ、連邦軍への通報や通信の拒絶などは寝耳に水だったらしく、デイビッドと顔を見合わせながら真面目な顔をしてレイオの話を聞いていた。
「生存情報ならどれだけ信憑性の無い物でも全て私にまで上げるよう言ってあるのに……。それに、誰かが私に無断で細工してるなんて」
アイリーンは長い睫毛を伏せ、思案顔になる。
「すごいなぁ。連邦軍とやり合うなんて。電子戦ってどんな感じなんだろう」
「……」
「い、いえ何でもないです。話を続けて下さい」
場違いなほど興味深そうにしているデイビッドを、アイリーンは視線だけで黙らせた。
そうやってお互いが抱えている情報を共有しながら話しこむうち、時刻はどんどんと朝に近付いていった。結局、話が一段落してそれぞれ休息を取ることが決まった頃には、冬の空が白み始めていた。
「二時間くらいは寝れるかなぁ……仮眠室の枕硬いんだよなぁ」
窓の外を眺めながら伸びをするデイビッドの背に、アイリーンが声をかける。
「デイビッド。しばらく内密にいろいろ手伝ってもらっていい?」
「ここのランドリーサービスって糊付けが凄くてシャツがパリパリになりすぎるんですよねぇ。僕あれちょっと苦手だなぁ……」
「で、いいの? 嫌なの?」
アイリーンが刺すような鋭い声を向けると、デイビッドは慌てて振りかえり、こくこくと何度も首を縦に振る。
「い、いえいえ勿論喜んで手伝わせていただきます」
「ありがとう。助かるわ。今頼れるのはあなただけなの」
「は、はいっ」
そしてアイリーンは兄の姿をしたレイオに向き直る。
「それじゃあレイオさん、遅くまでごめんなさいね。疲れたでしょう、しばらく奥の部屋で休んでね。残りの話は起きてからにしましょ」
既に空は完全に朝の色へと衣替えしている。間違い無く疲れているはずなのに、それでもアイリーンはレイオにその素振りすら見せようとしなかった。
本当に強い女性だとレイオは思った。連邦警察の捜査官に見せた口の達者さなどではなく、どんな状況であろうとも守るべきものへの配慮を欠かさないという彼女の気高さがそう思わせたのだ。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いえ、これはこちらの問題だわ。むしろ私達が謝らないと。お兄ちゃんが出てきてくれるまで、しばらくお兄ちゃんのフリをしてもらわないといけないんだから……」
幻色人種であるレイオ一人の問題ならば、誰になるかは分からないがデイビッドの手でも握って変貌してからこのラムゼイ本社から出て行けば済む。しかし、ロイヤルオペラハウスでの一件でラムゼイの本来の当主であるはずのアルフレッドが生きていたということがあまりに公になりすぎたため、アルフの姿をしたレイオがすぐに居なくなるわけにはいかなくなってしまったのだ。
本来ならば本物のアルフと連絡を取りながら時機を見計らってすりかわることが理想ではあったが、連邦警察が目を光らせている上、本社内部にも通信を傍受してくるような輩が潜んでいるので迂闊に動くことができない――そこまでの状況を確認したところで、昨日から続いていた長い一日は時間切れになったというわけである。
そして、アイリーンはプライベートフロアにある寝室までレイオを案内してくれた。
ローレライ号でのレイオの部屋の数倍の広さの部屋に、これまた倍近い大きさのベッドが鎮座している。ソファと同じく、使用者を疲れさせないよう設計されているはずのそれは、やはり却って気疲れしてしまいそうだった。
寝室からの去り際、アイリーンはどこか言いにくそうにしながらレイオに問いかけてきた。
「レイオさんって、その、名前とか話し方からして女性だと思うんだけど……」
「はい」
「それで、今お兄ちゃん……男性の姿だけど、これまでにも男性になったことはある?」
「あります」
レイオが頷き返事すると、アイリーンはほっと安心した表情になった後、苦笑する。
「よかった。お兄ちゃんのことなら何でも覚えてはいるけど、トイレの仕方までは教えてあげられないから」
「背徳的だなぁ」
「……行くわよ」
何を想像したのか余計な一言を呟き、彼女の鋭い肘で小突かれたデイビッドを引き摺るようにして、アイリーンは寝室から出て行った。
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