第10話

「演算系は総取っ替えになるから、順調に行って4日……まあ5日は見て欲しいな。あと僕も休みが欲しいから6日。その間、船底の確認はそっちで頼むよ」

 根本の機能以外はすっかり駄目になってしまった操縦室にて、ジリアンが一同に向かって言った。


 外部モニタからの映像では、前方に見える黄色のレッカー船がローレライ号と繋がれて馬車馬のようにそれを引きずっている。月の砂――レゴリスの海にそびえ立つ数多の通信塔は、下から見ているとまるで巨大な森のようだった。

 高さ百メートルを超えるものもある通信塔への影響などもあるため、火星のような居住用の惑星とは異なり、月は局所的にしかテラフォーミングをしていない。人の住む区域以外は元もとの弱い重力のままである。ローレライ号の重力制御も壊れているので、まるで本当に液体の海を船で進んでいるような気分にさせられた。


「まあ妥当だな。レッカーの経費は船の金から出すとして、あとは演算系の修繕費用だが、4―6くらいでお前が出せよ。どうせまた趣味丸出しで高いの買うんだろ」

 シートの背を最大まで倒してくつろいでいるザギが釘を刺すように言う。ジリアンは肩をすくめた。

「さっき船長責任だとかなんとか言ってたくせにー」

「何なら3―7でもいいぞ」

「はいはい、分かりましたよ、出せばいいんでしょう出せば。まあ僕結構お金持ってるしネ」

 僅かに身を起こしたザギが黒いサングラス越しに睨むと、ジリアンはやれやれといった様子で苦笑し、頷いた。


 アルフは慌てて口を挟む。

「あ……俺のせいでもあるし、金のことは……」

「そうそう、ラムゼイにもう一度連絡しようとしたんだけどさ、拒まれたよ」

「――!?」

 絶句するアルフに向かって、ジリアンは世間話といった程度の、何ら深刻ではない風に語る。

「通信しようとしても繋がらない。怪しいやつってことでブラックリスト入りしちゃったみたいだねぇ」

「……」

「つまり、この船からじゃ家族と連絡は取れないよ。確か妹さんがいるんだろう? もう年上だろうけど」

「……ああ」


 アルフの双子の妹アイリーンは、アルフと両親に遅れてヴィーナスムーンに向かっていたため、すんでのところで爆発事故に巻き込まれずに済んでいた。10年経った今は26歳。アルフが船のライブラリから調べたところによると、大学で経営学を学んだ後にロンドンのラムゼイ本社でしかるべきポストに就いているとのことだった。

 アルフが最初にこの船で目覚めたときは時間の経過を知らなかったため、彼の手を握ったレイオは同い年の少女アイリーンの姿になったが、実際は既に10年が経過しており、本人は一人の大人として立派に成長しているようだった。


「ややこしいことになってるようだが、悪いがこれ以上の協力はできんぞ。自力で地球に戻っておうちに帰ってくれ」

「……」

「ま、レッカーでムーンベースに着くのが明日だし、それから落ち着くまでもう少しはこの船に泊まってもいいけどね。でも僕らも慈善事業やってるわけじゃないから。ここなら単発で働けるところも沢山あるし、地球までの船賃くらいすぐに稼げるよ。何せこの船と僕はもう地球に行けない身なんでね」

 ザギとジリアンの言葉に、アルフはゆっくりと頷くしかなかった。


 レイオがまた、心配そうな眼差しを向けてくる。

 数日の間に芽生えかけていた仲間意識のようなものが、粉砕された気がした。むろん、そもそも仲間でも何でもないただのお荷物だったのだから当たり前の扱いではあった。

 だが、アルフはうちひしがれている場合ではないと自分を奮い立たせる。

 そして、この二日間に練っていた冷たい計画を実行に移すべく、静かに決意を固めた。

 馬鹿げた計画だったが、勝算はあるつもりだった。

 その根拠は、心優しく頼まれごとを断ることができないという幻色人種の気質だった。

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