第7話
キッチンでの失態もあり、部屋に戻って冷静に情報収集をする気にもなれなかったので、アルフはひとまず船の前方にある操縦室へ向かった。
各部屋を繋いでいる通路はこの規模の船にありがちな、狭く通りにくいものだった。ところどころで配管があらわで、中にはゴウゴウと物騒な音をたてているものもあり、すばらしく金のかかっている客船に乗ることがほとんどのアルフには珍しいものばかりだった。
操縦室に入ると、既にザギとジリアンがシートに着いていた。先程のおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、真面目に航路の相談をしているようだった。
「あ……ごめん、邪魔したかな」
二人が話し合いを中断して自分の方を向いたため、アルフは慌てて謝った。
「いや、謝らなきゃいけないのは僕らの方……なのかな?」
「合わせ技だろうな。丁度呼ぼうと思ってたとこだ」
そう言って、ザギはアルフに前面のモニタを示した。
そこには先日と同じく文字による通信画面が開いており、そして一際目につく大きな表示で、一つの通知あった。
「連邦軍犯罪捜査局からの要請による入港拒否」
アルフが読み上げると、ザギが頷く。
「一応理由を訊いてはいるが、返答を寄越す気配はねェな」
「サハリン空港は唯一僕らの船を発着させてくれるところだったんだけどねぇ」
「連邦軍犯罪捜査局って……」
拒否という文言が目に痛い。
「ラムゼイから連絡が行ったんだろうな。この船の奴らが盗掘しましたっと」
察するに、地球の空港への着陸を拒否されたのだろう。たいていの宇宙船は空港を使わず開いている土地にランディングすることも可能ではあったが、地球上に連邦軍の網にかからない場所はもはや存在しない。つまり、この通知一つで事実上地球への自由な着陸は不可能になったということだった。
「こうなったら地球に降りるにゃあ連邦軍のエスコート付きになっちまうな」
「俺のせいで……」
アルフが責任を感じて俯くと、ジリアンがひらひらと手を振ってみせる。
「気にすることないよ。むしろ僕らが君に謝らないといけないかもしれない。連邦軍にマークされたといっても、君が悪いことしてるわけじゃないんだしね」
そしてザギがジリアンを指しながら続ける。
「俺らっつーかこいつがお尋ね者だから余計に話がややこしくなっちまったんだ。ま、結局はお前さんを拾った俺のせいさ」
「それを言うなら見つけたレイオのせいじゃない?」
すかさずジリアンからの横槍。するとザギは表情を変えずに言い返す。
「うるせえ。船長責任だ」
「本当にキミはレイオに甘いな」
「それ以上喋るとおつむグチャグチャにすんぞ」
「はいはい月から返事来るまで黙ってますよ。ま、すぐだろうけど」
言うが早いか、小さなアラームと共にモニタに受信の表示が現れる。ジリアンはふふんと得意げな顔になってそれを開き、内容を読み上げた。送信者には『ムーンベース管制』とある。
「《連邦軍犯罪捜査局からの要請により入港拒否》」
「――《ということになってる》」
数行を空けた後の追伸部分を読んだのはザギだった。サハリン空港からの返事と同じ文面にドキリとしたアルフだったが、全文に目を通してからはぽかんと口を開ける。
それはどう見ても、空港からの事務的な通信ではなかった。
「どうする?」
隣席を仰ぐジリアンに向かって、ザギがにやりと笑った。サングラスをしていても挑戦的な目つきをしているのが分かる。
「『許可』が出てるんだからそっちに行くしかねェだろ。いくらふんだくられるか分かったもんじゃねェがな」
アルフはおずおずと口を挟む。
「あの……俺がラムゼイに戻れたら……いや、戻れなくても、しかるべき礼はするよ」
「その前に手動緊急着陸時の訓練プログラムにでも目を通しといてくれ。こうなったら金の話は後回しだ」
「……手動?」
ザギの言葉に目を丸くするアルフ。
意味は知っていても聞き慣れてはいない言葉だった。
宇宙船においては航行も離着陸も全て演算系による制御を受けた自動操縦であるこのご時世に、手動という人間依存の操縦はよほどの非常事態でない限り行われることはない。太陽系という広大な範囲を移動するようになったため、たとえ手動で髪の毛一本分航路がずれただけでも目当ての星にたどり着くことは出来ない上に、莫大な燃料を無駄にすることになる。
また、互いの航路や障害物の情報を管理するネットワークに演算系を通して繋いで航路の微調整をしなければ、下手をすると相対速度時速650万キロで他の船と正面衝突する羽目になりかねない。
演算系が無ければ、宇宙に出ることができないのと同義に近いはずだった。
「そ、手動。5時間後をお楽しみに」
ジリアンが訳知り顔でザギの言葉を継いだ。
その後アルフはさらなる説明を求めたのだが、二人は悪巧みをしているような笑みを浮かべただけで何も教えてはくれず、結局アルフは割り当てられた部屋で落ち着かない五時間を過ごすことになったのだった。
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