第5話
だが、数千万㎞を往路16分、さらに相手が返答を考える時間プラス復路16分、合計して一時間弱を待って返ってきたラムゼイ本社からの返事は、非情なものだった。
「すげェな、『信じないから証拠を出せ』っつーならまだ分かるが、『死んでる奴を騙るな訴えるぞ』と来たか」
微かに煙草の残り香を纏ったサングラスの男――船長のザギが呆れたような声を発する。シートに背を預けて茫然とするアルフの横から身を乗り出し、その信じられないような通信内容を見ていた。
アルフのホームたる地球のラムゼイ本社からの返答は、こうだった。
アルフレッド・J・ラムゼイは10年前の事故で死亡している。偶然拾得した遺品の類を受け付けることはできるが、それと引き替えによる金品の要求には応えられないし、もし他の場所で不正に利用するならばラムゼイの管理領域に無断で入ったことも含め法的手段も辞さない。
「本物の認証カードを持ってるとか本人の映像を送るとかもちゃんと先に言ってあるんだけどねぇ……すっかり盗掘者かつ詐欺師の扱いだよ」
隣席のジリアンが溜息混じりに言う。返答を見て船長を呼び出したのは彼だった。
「君、本当にアルフレッド君だよねぇ?」
「……そのつもりだけど」
ジリアンの軽い言葉が重い意味を持ってアルフの胸を抉る。
「疑われんのは仕方ないにせよ、少しくらいはこっちの話を素直に聞けってんだ」
「まあ企業としては事故の可能性の高いところまでは潜れないからねぇ……探せるところに居なかったら死んだ扱いにしてるのかな」
他人事のように言葉を交わすザギとジリアンの横で、アルフは身動きもできずモニタに映し出された文字の羅列を見つめていた。帰るべき場所に拒絶された。その事実が、両親の死という事実とともにアルフの胸の内に深いヒビをつくっていた。
「んっんーどうする、せんちょーさん」
たいして深刻でもなさそうに、ジリアンが背後のザギを仰ぐ。
「拾っちまったもんは仕方ねェだろ。とりあえず地球までは送ってやるさ」
「了解ー。じゃあ入港の申請出しといてねん」
「おうよ。ほら、王子様。もう休め」
ザギがアルフの二の腕をつかみ、立ち上がらせた。そしてちょうど操縦室に入ってきた幻色人種の少女レイオに、彼の案内を頼む。
「悪いが何から何まで世話してやることはできねェからな。地球に降ろしてやるからあとは自分で何とかしな。別に謝礼なんざいらねェよ」
ザギの突き放すような言葉に背を押されながら、アルフは操縦室を退出した。
それからアルフはレイオに促され、船内の通路を進んだ。未だ心の整理がつかず、去り際に操船だか防衛だかに没頭している二人に「頼む」とも「済まない」とも声をかけることができなかった。
地球に行ったとして、果たして自分の帰る場所はあるのだろうか――
「――うわっ」
考え事をしながら部屋まで歩いていると、不意に膝の力が抜けてしまった。アルフはそのまま通路の床にくずおれ、蹲る。
前を歩いていたレイオが慌てて振り返り、手を差し出してきた。
「大丈夫?」
「……」
だが、アルフはその手を取ることを躊躇った。
彼女が幻色人種であることを意識してしまったのだ。
幻色人種は相手の手を握ることにより心を読み、望む姿に変貌すると言われている。見た目こそ可愛らしい少女のなりをしていても、目の前にいるのは幻色人種なのだ。たとえ先程既に一度心を読まれていたとしても、やはり再び手を握るというのはいい気分では無い。
「……今は、触っても平気だよ。変わらない。『てぶくろ』してるから」
手を握らずともアルフの考えていることが分かってしまったのだろう。レイオは自分の掌に目を落とし、口の端だけで小さく笑った。普通の女の子と何ら変わらない、そして少し悲しそうな笑みだった。
さすがにそこまでされてさらに拒むこともできず、アルフは恐る恐るではあったがレイオの手を取り、彼女の力を借りて立ち上がった。
久しぶりに自ら握った女の子の手は、冷たく、柔らかかった。
黒髪の少女は姿を変えることなくアルフの手を引き、そのまま部屋に着くまで支えてくれた。
「それじゃ、しばらく休んでね。お手洗いは外に出て右の方。お腹がすいたらそこのスピーカをつけて呼んでくれれば何か用意するから」
アルフは先刻まで寝かされていた部屋に案内された。行きは果てしなく長い道のりに感じられた通路だったが、レイオに支えられて歩くとほんの数メートルでしかなかった。
「それじゃね」
「あ、待ってくれ」
部屋にてまるで子供のように寝台に寝かしつけられたアルフは、足早に立ち去ろうとするレイオを呼び止める。
「済まないが、今の状況が分かるものを貸してほしい」
「あ……そうだね。わたしの端末持ってくる」
レイオはそう言って部屋を出て行き、しばらくして小さな端末を手に戻ってきた。
アルフの両の掌を並べたくらいの大きさをした端末のディスプレイには、可愛らしいデコレーションケーキの作り方が表示されている。レイオは真面目な顔をして一度その画面と睨めっこして作り方を確認した後、表示をリセットしてアルフにそれを手渡してきた。
「過去のニュースの確認ならこれで船のライブラリを参照すればすぐに見られるよ。誰かとお話したりするのはここからじゃちょっと遠いけど……」
「いや、これで十分だ、ありがとう」
アルフが問題無く端末を操作できるのを見たレイオは、今度こそ退出しようとする。
「あのさ……もう一つだけ……聞きたいんだけど」
「うん?」
くるりと振り返ったレイオに、アルフは喉の奥から、言いにくそうに声を発した。
「俺の隣に三つ、救命ポッドがあったはずなんだ。そのうちの二つに俺の両親が入ってたはずだけど………………、どう、なってた?」
言葉の途中で既に、レイオは悲痛な顔をして、そしてアルフも悟る。
少しした後、レイオはゆっくりと首を横に振った。
「ごめん」
「いや、君が謝ることじゃない」
そう言ったものの、レイオがそれで表情を明るくする気配は無かった。
「ポッドは、君が入っていたものの他に、一つだけ残ってた。けど、もう、破損してたから……持って来なかった」
「……そうか。ありがとう」
レイオは僅かに俯き、続けた。細く透き通った声が室内に響く。
「ラムゼイの人にこんなこと言ったら怒られそうだけど……一昨日、あの残骸の中から捜し物をする仕事があって、船であの中に潜ってた。私が船外活動の担当で、船を目当ての残骸に寄せて貰って、そこから外に出て捜し物をするの」
「……」
ジリアンにも聞いていたが、幻色人種の少女が船外活動をするということがアルフには奇妙に感じられた。少なくとも、世間一般に知られている伝説の人種の存在意義とはかけ離れているからだ。だが、わざわざ相手の話を中断させて尋ねるほどでもないので、黙って彼女の言葉を待つ。
「探してた物は見つからなかったけど、その代わり、別のところで、救難信号をキャッチして……君の入ってた救命ポッドがあった。10年もヴィーナストルクの中を漂ってたのに無傷で、まるで、破片になったラムゼイの建物に守られてるみたいだった。粉々になった救命艇や……その中に乗ってた人も見たけど、君だけ本当に奇跡みたいだった」
「……」
「でも、ギリギリだったんだよ。ジリアンじゃなきゃ潜れないような、凄く深い……大気圏に近いところだった。あと1年もしない内に多分、金星の大気圏に落ちて燃えるか溶けるかしてたと思う」
そしてレイオは僅かに目を伏せた。黒い睫毛が瞳の輝きを覆い隠す。
「ありがとう。……じゃあ、少し休むよ」
「うん。家に帰れるといいね」
操縦室に来た時点で事情は察していたのだろう、レイオは最後にそう言って、扉の先に姿を消した。その背を見送り、扉が完全に閉ざされてから、アルフは手にしている端末に目を落とした。
そして、どうにか上げていた口角をおろし、一文字を作り、端末の操作に集中する。外部の音が消失し、自分がキーを叩く音だけが耳に届く。
「家、か」
思わず呟きが漏れる。心はまだ、今の出来事に追いついていない。だが、そんな自分だからこそしなければならないことがある。世間では10年という歳月で摩耗したであろう事故への、犠牲への悼みを、自分はたった今から抱えていくのだ。
たとえ、帰る場所が無くとも、アルフにはこれから成すべきことがある。眠る前に誓ったことを、果たさなければならない。
アルフは10年分の情報を、出来事を、吸収し始めた。めまぐるしく表示される全ての文字を、映像を、頭にたたき込んでいった。
自分がこれから復讐すべき相手が誰なのかを見定めるために。
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