ウメのドキドキ英学塾?!

・ウメは思い悩んでいた。リマは動物会話、セキは身体鍛錬、シャルは占い小屋。神さま見習いはそれぞれの特性を活かし、フロイデの討伐を円滑に進めている。


ウメ「ワタシだけ、なにもしてない。ワタシもみんなの役に立てること、あるだろうか」



・ウメの前世は日本初の女子留学生であり女子大学の創設者、津田梅子である。自身の過去をしのび苦心した末にウメは名案を得た。


ウメ「そうだ。もう一度、英学塾つくろう」



🌸



・メガネを何度もおし上げて、宣が気もそぞろに歩いている。たどり着いたのは空き地にこつ然と現れた小さな平屋で、アンティークな扉には『津田ウメの英学塾 入り口はコチラ』と書かれたポスターが貼られていた。


宣「まさか偉人に直接教えを乞う日が来るなんてなあ。受験も控えてることやし、苦手な英語を克服できるとええんやけど」



・宣がドアをノックすると、明るい声とともに受付役のリマが顔を出す。


リマ「いらっしゃい!今日は体験授業を受けにきたのよね。どうぞこちらへ!」

宣「はい、よろしくお願いします!」



・リマの案内にしたがって教室のドアを開けた宣は、中からとび出してきたスーツ姿の男性を反射的に背負い投げする。


宣「わーッ!すみませんすみませんッ!おケガはありませんかッ?!」



・立てひざをつき手をさし伸べた宣に、男性は怯えた視線を向ける。


男性「あなたも早く逃げてください!ここはふつうの塾じゃないっ!」

宣「ど、どういうことですかッ?!」



・部屋は緊迫した空気に包まれていた。席に着く三人の生徒はいずれも大人の女性で、手元のプリントを注視している。実体化したウメが白板の前で生徒の様子を巡視する。コツコツと、ウメの靴の音のみが規則的に反響する。


ウメ「貴方、最初の一文を音読して」

男性「ひいっ!……ふぉあひーうぃるぷっとひずえんじぇるず、いんちゃーじおぶゆぅ、とぅーがーどゆぅ、いんおーるゆぅあうぇいず!」



・ウメはにこりとほほ笑むと、手に持っていた鞭を教卓に打ちつけた。


ウメ「発音アクセント全てダメ。For he will put his angels in charge of you, to guard you in all your ways. 貴女、訳して」

女性A「はい。『主はあなたのために、御使いに命じてあなたの道のどこにおいても守ってくださる』」

ウメ「素晴らしい。では次の文も同じ人が読んで」

男性「えっ……私ですか?」

ウメ「そう。初日の授業だろうと容赦しない。日本語のなまりが消えるまで居残り補習だ」



・休憩を告げるチャイムが鳴る。ウメが立ち去ったあと、男性はほふく前進で玄関のドアまで移動し逃亡してしまった。彼のあとに続こうとする宣を教室にいた一人の女性が引きとめる。その女性に宣は何度もお世話になったことがあった。


女性A「やあ宣くん!ハロウィンパーティぶりだね」

宣「恵実さんのお母上!本日はどうしてこちらに?」

女性A=恵実母「久々に英語を学びたくなってね。恵実の友だちが塾を始めたっていうから、いい機会だと思ったのよ」

宣「そうでしたか。ところで、俺の肩から手を離してもらえませんか」

恵実母「だって宣くんが帰っちゃったら寂しいじゃないか。二人もそう思うよね?」



・恵実の母が目くばせすると、桃髪のロングヘアの女性と黒髪のベリーショートの女性が立ちあがり、宣の目の前で布陣を組む。


女性B「你好!うちの子から話は聞いてるわ。クルーズ船でのことは気にしないでね」

宣「あの、もしかして、メィさんのお母上でしょうか」

女性B=メィ母「うふふ、ご名答♡」

女性C「目もとや髪質といい、奥さまとお嬢さまは瓜二つですからね」

メィ母「ウリフタツって、一模一样?」

女性C「就是那样。容貌和姿态极其相似」

メィ母「明白了。ありがとう」

女性C=ルカ母「宣くんはじめまして。私はルカの母です」

メィ母「ルカくんのお母さんはね、日中英仏の四カ国語を話すことができるのよ。ワタクシの自慢の親友よ!」

恵実母「場も温まったことだし、さっきの英文をもう一回朗読しない?」

ルカ母「ウメ先生の発音ってすごくキレイですよね」

メィ母「耳に残っているうちに復習しておきましょう♡」



・流暢な英語を披露する三人。妙齢の女性に囲まれ、宣は心臓の激しい鼓動を感じていた。かたや医師、かたや社長秘書、かたやマルチリンガル。三人のハイスペックに比べて高校生という不相応な身分に、宣は身がすくむ思いを味わっていた。


宣(はやく帰りたい……)



・一方そのころ、受付のテーブルに置かれた蝶型のクッキーにウメは目を奪われていた。


リマ「お仕事おつかれさま!アタシからの差し入れよ!」

ウメ「これ、リマの手づくり?」

リマ「ええ!ハロウィンパーティで余ったかぼちゃを使ったの」

ウメ「嬉しい。ありがとう」



・リマはクッキーを一枚手にとり、ウメの前にさし出す。


リマ「はい、あーん!」

ウメ「え、その、えっと」

リマ「手づくり嫌だった?」

ウメ「じゃなくて……恥ずかしい」

リマ「あら……そっか、なら仕方ないわ。あはは、無理強いはできないもの」



・空笑いしたリマは力なく腕をおろす。恋人らしいことしたかったな、と独りごつのをウメは聞き逃さなかった。クッキーを箱に戻そうとするリマの手に自分の手を重ねる。


ウメ「前言撤回。やっぱり、たっ、食べさせて」

リマ「もちろんよ!なら改めて、あーん……どう?お口に合うかしら?」

ウメ「うん、世界で一番おいしい」



・リマの笑顔がはじける。恋人のあどけなさをウメは愛おしいと思った。自身の胸の高鳴りを心地いいと感じた。


セキ「あーおとり込み中のところ悪ィが」

ウメ「後にして」

セキ「オイオイ話くらい聞けよォ。授業のレベルだが、もう少し下げてもいいんじゃねェの。今日までで塾の脱落者は八人だァ」



・セキの肩には、口から泡を吹いて失神した宣が担がれていた。


セキ「ほれ見ろォ。恵実のお袋たちの熱気にあてられて、すっかり正気を失っちまってる」

ウメ「だから何。上の存在を知り自信をなくしてなにが悪い。挫折は成長につながる」

セキ「あ゙ぁン?難しいことはよくわかんねーが、テメェはオレがおかしいって言いたいのかァ゙?」

ウメ「塾長はワタシだ。教育方針を変えるつもりは毛頭ない」

リマ「二人とも落ち着いて……!」



・若いサラリーマンの男性が肩を落として歩いている。ウメの塾が想像を絶する厳しさだったとはいえ、断りすら入れずリタイアしたことを悔いていたからだ。道を引き返そうとした刹那男性は憎しみの魔女に捕まってしまう。魔女はそのような英学塾の脱落者たちの心から、アメリカの自由の女神像を模したフロイデの怪物を誕生させた。怪物は空高く飛行し、ウメたちのいる塾の建物へと急降下した。



・リマが母親たちの避難を促しているうちに、騒動を聞きつけた恵実がライトニング・エンジェルに変身する。恵実はライトニング・スピアで技を射出したが、女神の左手で抱える書物に吸収されてしまう。


セキ「な、なんだとォ?!」

恵実「こんなこと今までなかったよ?!」

ウメ「やはりセキでは力不足。恵実、ワタシが手を貸そう」

セキ「チイッ!」



・恵実はバタフライ・エンジェルにフォームチェンジし浄化技を打ったものの、またもや無効化されてしまう。


セキ「ハッ、所詮は口だけじゃねェか」

ウメ「なんだと!」

恵実「二人ともケンカはやめて〜!」



・セキとウメの仲たがいに気をとられ、怪物の対応がおろそかになっていた恵実。ふり向いたころには、女神の右手の松明が恵実のすぐそばまで迫っていた。セキとウメの位置では救出は望めない。視界の片隅で憎しみの魔女が嗤う。


魔女「さらばだ、憎き小娘!」



・その瞬間、恵実のまわりの時が停止した。恵実の目前にある銅製の松明がきらりと光ると、憂の姿を映しだす。


憂「無事か?!」

恵実「憂!やっぱり助けてくれた!」

憂「恵実、事は一刻を争う。怪物との距離をとって次の攻撃に備えろ。これが戦闘の流れを変える最後のチャンスだ」

恵実「わかった、ありがとう!憂はあたしのヒーローだね!」

憂「ああ、そうかもしれないな」



・憂の意外な返答に恵実は目を丸くする。


恵実「素直に受け入れるなんて珍しいね」

憂「たまにはそんな日があってもいい。ほら、もうすぐ時間が動き出すぞ」

恵実「ふふ、憂ったら変なの。じゃあまたね!」

憂「……またな」



・松明をふり下ろした先に恵実の姿はない。瞬間移動した恵実にいら立った怪物がビームで追撃すると、それを恵実はバタフライ・エンジェルの力ではね返し怪物にぶつける。


魔女「怪物よ、フロイデをおかわりしてさらにパワーアップじゃ!」



・恵実との連絡が途絶えたアジトで憂は渾身の魔力をこめる。憂をしばる鎖はフロイデでできており、外界にいる魔女との魔術的なパスがある。いやはやしかし、先ほどの時の魔法は小規模であるため魔女に気づかれることなく発動できたのだが、今回はそうもいかないだろう。


憂「さようなら」



・憂の放った魔法は鎖を介して憎しみの魔女へと到達し、魔女と怪物の魔術回路を暴走させる。恵実の反撃でダメージを負っていたこともあり、フロイデの怪物はなす術もなく崩壊していった。


魔女「おのれおのれおのれ!!憂!!キサマ゙ァ゙!!神のなり損ないの分際でェ゙!!絶対に、絶゙対゙に゙許゙じでや゙る゙も゙の゙がァ゙!!」



・憎しみの魔女は狂乱したままアジトに撤退した。恵実が放心状態で空を見上げていると、セキとウメ、そしてリマに抱きしめられる。


セキ「恵実、すまなかった。オレたちがいがみ合ってたせいで、恵実を危険にさらしちまったァ」

ウメ「本当に、ごめんなさい。でも恵実ががんばってくれたおかげで、フロイデを倒すことができた」

恵実「そんな、あたしは大丈夫だよ!それに今回勝てたのは憂の、」

リマ「恵実は許してくれたけど、まだアタシは怒ってるわよ。二人ともそこに正座しなさいっ!」



・リマにこっぴどく叱られたセキとウメは無事に仲直りすることができた。後日、復旧した英学塾の門をたたく者がいた。


ウメ「はい、どちらさま」

?「私です。……その、覚えてますか?」

ウメ「ああ。宣に投げ技をかけられたお方」

?=男性「はい、しがないリーマンの男です。差し出がましいお願いなのですが、またあなたの授業を受けさせてもらえないでしょうか」

ウメ「構わない。個人の能力に合わせてクラスを増やした……英学塾たるもの、門戸を広く開いておかなくてはならない。まずは入塾テストをして貴方の能力を拝見する」

男性「はい!ありがとうございます!」



・男性は案内された部屋で宣と再会し、はにかんで会釈をした。その横の教室では仕事帰りの恵実とメィ、ルカの母たちが集まって発音練習をしている。現代日本ではすべての女性に勉学の自由があり、明治時代と比べて社会的地位も向上している。前世の行いが少し報われたような気がしてウメは誇らしく思った。



🌸



・薄暗がりの中で憂が眠っている。憂が横たわるのはベッドの上ではなく、無数のフロイデのたまり場の中だ。全身を沈ませるように、憎しみの魔女が憂の青白い顔を踏みつける。憂は魔女にされるがまま、ゆっくりとフロイデの海に飲まれていく。


魔女「お主は用済みじゃ。これからはわらわの好きなようにさせてもらう」

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