宣の怒りと母の願い?!後編

・宣は怪物を引きつれて、父のいる邸宅をめざして走る。宣の銃撃で怪物の動きが鈍り、駆けつけた恵実のパンチとセキの落雷が炸裂する。


セキ「トドメだァ恵実!」

恵実「うん!」



・幼い日の記憶がよみがえる。当時五歳の宣が両親と遊園地に行った帰り道、宣たちの乗る車が急停止した前の車に追突し横転した。薄れゆく意識の中、宣に覆いかぶさってくれた母の翠色の着物と道路上で飛びかう発砲音は今でも鮮明に思い出すことができる。



・母が帰らぬ人となって以来母の話題はタブーとされた。そして敵勢力から襲撃された屈辱を忘れないよう、宣はヤクザの立ちふるまいを叩きこまれた。宣が高校生になると背中に刺青を入れられた。ヤクザの生き方を嫌だと思ったことはなかった。射撃の腕を上げ強くなれば、命を落とした母への罪滅ぼしになる気がした。それと同時に母が負ったようなケガを治せる救急医になりたいとも思った。昔から宣には二つの夢があり、どちらか一つを決められずにいた。鍛錬と実績を積みいずれは黒緋組の組長になること。ヤクザとの関係を絶ち医師になること。


宣(でももう迷わへん。きっとあの事件からずっと俺の目は覚めてなかったんや。お袋のおかげで俺は、俺の意志で、十二年ぶりに前を向いて走ることができる)



・宣と恵実、セキは宣の自宅の前までたどり着く。恵実の浄化技でうさぎのフロイデの怪物は消滅した。変身を解いた恵実と宣がハイタッチをしていると、家の門から貫禄のある和装の男性が現れる。


?「なんの騒ぎや」

宣「父上!ただいま帰りました」



・宣に父上と呼ばれた男性はまゆをひそめて恵実を一瞥する。恵実は少しうろたえたが、すぐに姿勢を正して宣にならっておじぎをした。


?=宣父「そちらのお嬢さんは何者なにもんや」

宣「俺の友人です」

恵実「あの、桜貝恵実っていいます、よろしくお願いします!」

宣父「よろしゅう。恵実さんも宣もどないしたんや、そないに息切らして」

宣「父上に申し上げたいことがあって急遽帰宅しました。俺、本職から足を洗いたいです」



・宣がまたたきをする間に、恵実は宣の父の右肩に担がれていた。


宣父「なんやオマエ、極道辞めたいんか」

宣「……そうです」



・宣の父は目を見開き声を荒らげる。宣の離脱を認めない旨を告げた後、恵実を担いだまま宣の父は家の中に入ってしまった。宣が追いかけようとするが、大勢の部下たちが宣の行く手を阻む。そのとき宣の堪忍袋の緒がきれた。


宣「このアホ親父!!恵実さんは関係ないやろ!!セキさん、一緒にどっつきまわしに行くぞ!!」

セキ「言われなくても行くに決まってンだろォ?!テメェの親父の腐りきった根性、叩き直してやらァ!!」



・メガネを外した宣と実体化したセキが瓦屋根の門をくぐると、屈強な男たちが一斉に襲いかかった。宣とセキは互いに背をあずけて敵に肘鉄砲をくらわせる。セキのボディーブローによりふっ飛ばされた相手が周囲を巻きこんで倒れる。それを見て物怖じした別の相手の隙をついて宣の回し蹴りが決まった。二人の絶妙なコンビネーションにより、はたから見ると宣が一人で高速移動しているように錯覚する。


セキ「安心しろォ気絶させただけだァ」

宣「さすがセキさん、強力な一撃やな」

セキ「テメェも案外やるじゃねーか!その堂々たる戦いっぷり、気に入ったぜェ!」



・宣とセキは家屋の中へ侵入し次々と現れる黒緋組の構成員と戦う。そして宣の父がいる最奥の部屋を目前にして、二人を待ちぶせしていた憎しみの魔女にフロイデをさし向けられる。


宣「オイ!透明なバケモノ!そこを退けつっとるんが聞こえへんのかァ?!俺は親父に会うまでこの感情を抑えられんのや!!」

セキ「逃げろォ宣!フロイデの数が尋常じゃねえ!テメェじゃ避けられねェ、とり憑かれるぞォ!」



・セキの忠告を聞いてもなお宣は発砲をやめない。そこに魔女が接近しバレルに指をさし入れると弾づまりが起こってしまう。突然引き金が重くなったことに戸惑っている宣の右手首を魔女がつかみ上げる。三人の頭上には大量のフロイデが渦巻いていた。


魔女「わらわの可愛い子どもたち、ゆけ!」

セキ「危ねェッ!!」



・宣は憂の拘束に屈することなく、真っすぐに憂とフロイデを睨んでいた。反骨心をむき出しにする宣にかつての自分を重ねたセキは前世の記憶を思い出す。


セキ「オレのかつての名は樊崇はんすう。新王朝の政治に憤り、赤眉せきびの乱を起こした者。っクソォ……こみ上げる怒りがおさまんねェ!オイ宣さっさと左腕よこせェ!」

宣「いや、俺はもう手遅れや。セキさんこそ離れるんや!」

セキ「あ゙ァん?オレを誰だと思ってやがるゥ?オレは絶対に仲間を見捨てねェ!農民軍を率いた頭領の意地ってモンを見せてやらァ!!」



・セキと宣は互いの腕を交差させ新たな力を発揮した。二人から四方八方へとつき進む無数の火の矢は、ふりそそぐフロイデの全てを焼きつくす。炎に飲まれるより前に魔女は宣から手を離し、その場から退却してしまう。


セキ(まさか、この莫大な炎の力こそ、天の告げていた『同じ顔をもつ因果』が引きよせた産物ってことかァ……?!)



・たどり着いた柔道場では、着物を肩脱ぎした宣の父が仁王立ちして宣を待ち構えていた。露出した肌には龍が彫られている。手を出さんといてくれという宣の頼みを受けてセキは霊体化し二人の決着を見届けた。白シャツと黒インナーを脱いだ宣の背中から唐獅子が顔をのぞかせる。親子は同時に走り出した。相手に一発打ちこもうと手足が空を切る音が響き、互いに一歩もゆずらない膠着状態がつづく。


宣父「子分全員ブッ潰してここまで来たんは褒めてやる、宣」

宣「親父、俺はもう戦うんはイヤなんや。傷つけられたからって敵にやり返しても復讐の連鎖は終わらん。俺はそんな不毛なことしたくない!」

宣父「不毛やと?」

宣「せや!俺は人を傷つけるんやなくて、傷ついた人を癒やしたいんや。お袋は俺の意思を尊重してくれるはず、」

宣父「あいつのことを口にするなァ!!」



・宣の左頬に父の拳が入る。よろけた足を踏みしめる宣に向けて、宣の父は怒号を浴びせる。


宣父「宣、オマエはヤクザの息子やァ!俺と縁を切ったとてその事実は変わらん!」

宣「せやからって俺がヤクザにならなあかん筋合いはない!親父が組長やからって理由だけで俺は後継者になろうとしてた。他の理由は自分を納得させるためのこじつけやった。でもお袋の遺言を聞いて、俺が本当にやりたい仕事は医者やってわかったんや!」

宣父「この野郎ォ……言ってわからんならもう一発いくで」

宣「ああ、気がすむまで俺を殴れェ!!」



・宣の黒緋色の髪は今は亡き母譲りだ。宣の心優しくひたむきな性格は、厳格な宣の母の教育による賜物だ。少なくとも宣の父はそう考えていた。十五年前の秋の夜を父は回想する。コオロギの合唱に耳を傾けながら、自宅の縁側に腰かける母の端麗な顔が白い月に照らされていた。


宣父「月がキレイやな」

宣母「ふふ、なんだか愛の告白みたいですね」

宣父「アホ。……なあ、俺なんかと結婚してよかったんか」

宣母「はい。あなたに見初められたときから、ウチの運命はあなたと共にあります」



・宣の母は縁側に続く和室の方をふり返る。そこには掛け布団から片足を出して眠る幼い宣がいた。


宣母「ですが、宣の運命はまだわかりません」

宣父「どういうことや」

宣母「あなたと同じ道かそれとも異なる道か。宣は決断しなくてはならないのです。生半可な覚悟では長は務まらへんのですから」

宣父「なに言うとんねん。アイツはうちの組を継ぐに決まっとる」

宣母「……宣も同じ気持ちやとええんですがね」



・宣はたくましく成長した。背丈は父と同じ程度まで伸びた。戦闘のテクニックはまだ未熟だが、身体能力自体は父を上回る。宣の父は振りかぶった拳を力なく下ろし、宣と真正面から相対する。


宣父「よく聞け。任侠の世界から離れたとしても、逆恨みした三下がオマエの周囲の人に手をかけるかもしれんのや。恵実さんがさらわれたように、あいつが殺されたように。大事なモン守るために、俺たちは力をふるい続けるしかないんや。この世界は舐められたら終わり。それは宣もよくわかっとるやろ」

宣「……親父が恵実さんをさらったとき、俺は動けへんかった」

宣父「まだ修行が足りひんことがわかったやろ。オマエが一人前になるまでは、組から抜けることは許さん」



・目を輝かせる宣から、父はバツが悪そうに視線をそらした。


宣「一人前になるまでってことは、」

宣父「二度とは言わへんぞ」

宣「はい!俺、今まで以上に鍛錬を積んで、父上に必ず認めてもらいます!」



・宣の父と和解した宣はシャツの胸ポケットからメガネをとり出す。若頭補佐に案内され、宣は客間で恵実と再会した。真っ先にセキが走り出し宣もその後につづく。


セキ「恵実ィ!無事だったかァ?!」

宣「恵実さん!ご無事でしたか?!」

セキ「テメェ、今オレが恵実に話しかけてんだよォ。かぶせんじゃねェぞ」

宣「まあまあ。嫉妬しないでくださいよ」

セキ「ンだとォ?!」

恵実「わーっ!二人ともケンカしちゃダメ!あたしは元気いっぱいだよ!そういう二人は大丈夫だった?」

セキ「ハッ、これくらいただの準備運動だァ」

宣「ええ、これくらい全然平気です!」

セキ宣「「……」」

恵実「ありゃ、またハモっちゃったね」



・霊体化したセキの声を宣は認識することができた。今回の騒動を機に宣は、神様見習いやフロイデといった『人ならざるモノ』の姿が見えるようになったのだ。セキが神様見習いであることを知った宣は泡を吹いて倒れそうになったものの、どうにか意識を保つことができた。


恵実「顔色悪いけど大丈夫?!」

宣「ふふ、俺を誰だと思ってるんですか?指定暴力団のカシラですよ。今まで窮地に立たされたことは数知れず……あ、」

恵実「え?」

宣「あぁ〜ッ!!俺がヤクザだってこと、つい口が滑って言っちゃいました〜〜ッ!!」

セキ「うるせェ」

宣「あの、その、二人とも引いてますよね。もう俺が友人を名乗る資格なんてないですよね」

恵実「そんなことないよ!宣は宣なんだから、あたしたちはずっと友だちだよ!」

セキ「つーか全然隠せてなかったしなァ」

宣「恵実さん、セキさん……!はい、これからもよろしくお願いしますッ!」

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