宣の怒りと母の願い?!前編

・宣が仏壇の前で手を合わせている。宣は高校の鞄から紙をとり出し、一枚の遺影に向けてさし出した。


宣「母上、模試の結果が返ってきました。……やっぱり俺大学はあきらめます。父上の望む通り、家業を継ぐことにします」



・塾へと向かう途中、宣は放心状態で商店街を歩いていた。そのとき喫茶店から飛び出してきた人影にぶつかり、相手の持っていたコーヒーが宣のシャツに掛かってしまう。


?「ごめんなさい大丈夫だった?!」

宣「あっ、いえ……俺がぼーっとしてただけなんで。お気になさらず」

?「お詫びしたいんだけど今から急患を診ないといけなくて。またあなたから連絡くれる?」



・女性はクリーニング代と名刺を宣におしつけ足早に去ってしまう。宣は名刺から相手が医師であることを知り、記載されている連絡先にメールを送った。


宣(苗字の桜貝って、あの人はもしかして恵実さんの親戚やろか)



・宣は例の女性からランチに誘われることになる。


?「今日はあたしの奢りだからいっぱい食べな!」

宣「あ、ありがとうございます」

?「そういえば宣くん、セキくんってご存知?うちの娘のお友だちなんだけど、すごく顔が似ててねえ。双子かなってくらい!」

宣「よく言われるんですけど他人の空似なんですよねぇ」



・相手が恵実の母であることを確信した宣は、自身も恵実の友人であることを自白し、クルーザーでの一件を謝罪した。二人は恵実との思い出話でひとしきり盛り上がった後、話題を宣の学校生活にうつす。


?=恵実母「宣くんは高校三年生なのね。もしかして医学部志望だったりする?」



・宣は飲んでいた水でむせてしまう。恵実の母の指摘が図星だったからだ。


恵実母「テキトーに言ったんだけど、まさか正解だったとは」

宣「すすすすみませんッ!!白状します、もしお医者さんと仲良くなったら、受験勉強の秘訣を教えてもらえたりできるかななんて考えてましたッ!!」

恵実母「ふーん。この時期だ、模試の結果が悪かったのかな?」

宣「うう、おっしゃる通りです……」

恵実母「わかるわぁ藁にもすがりたくなる気持ち。あたしも昔そうだったから。そうだ!せっかくの縁だし、これから病院見学に来てみない?」

宣「ありがたいんですけどこれから塾で、」

恵実母「一日ぐらいいーじゃん!塾なんてサボっちゃいなよ!」



・宣は恵実の母が勤めている桜が丘市民病院を訪れる。エントランスから患者さんのいる待合室を通り、エスカレーターを使って病棟の中を上がっていく。途中で看護師さんと一緒に歩いている女の子に手を振られ、宣と恵実の母は手を振りかえした。


恵実母「あの子はあたしの受け持ち患者さんだ」

宣「えっあっ、俺に対して手を振ったんじゃなかったんですね……」

恵実母「あはは、あの子だって嬉しかったはずだから落ちこむなって。しっかしまあ、病院の中を散歩できるくらい回復したのねえ。こりゃ退院も近いぞ〜!」

宣(すごく嬉しそうや。俺もあなたみたいに、患者さんに寄り添えるお医者さんになれたらよかったのに)



・宣と恵実の母は医局に到着した。この病院で働く医師のデスクがずらりと並んでおり、宣は気後れしてしまう。


恵実母「医局っていうのは学校の職員室みたいなところよ」

宣「ホントに俺なんかが入っていいんでしょうか」

恵実母「あたしのお客さんだから大丈夫よ。さあソファに座って!お菓子食べる?」



・宣にクッキーを渡した恵実の母は、忘れられない過去の体験を語り始める。


恵実母「少し聞いてほしい話があるの。あたしが研修三年目のとき、救急車で男の子とそのお母さんが運ばれてきた。どちらも出血がひどくて、男の子は特に危険な状態だったの」



・恵実の母は手が空くごとに意識のない男の子のそばに寄り、がんばってと声をかけた。緊急手術が終わると親子は集中治療室に入る。恵実の母は仕事の合間を縫って男の子の部屋にくり返し足を運んだ。ある夜恵実の母は、男の子のとなりの部屋にいる母親から呼びとめられる。


男母「ちょいとアンタ」

恵実母「は、はいっ!」

男母「うちのせがれの容態はどうや?」

恵実母「ええと、息子さんのバイタルは安定しております。手術は成功していますので、明日に目を覚ます可能性が高いかと」



・集中治療室の部屋はカーテンで仕切られているのみだ。男の子の母親は半日前に目が覚めたばかりで、何本ものチューブにつながれて身動きがとれないものの、カーテンの向こう側にいる恵実の母をベッドの上から呼ぶことは可能であった。


男母「ほうか、それなら間に合わんな。ウチはもうお迎えが来る」

恵実母「な、なにをおっしゃるんですか!あなたの手術も成功して、」

男母「この道に数十年いるとわかるんや、死の臭いってやつがな」



・母親から発せられる言葉には、四十代半ばとは思えないほどの重みがあった。この親子はヤクザの銃撃戦に巻きこまれて負傷した、というウワサを聞いていた恵実の母はごくりとつばを飲む。


男母「アンタ、ウチのせがれのことごっつ心配しとるな」

恵実母「はい。あたし子どもが大好きで、将来は小児科に進みたいんです。だから息子さんのことが気になって何度も様子をうかがいに来ちゃうんです」

男母「……ほうか。それなら伝言を頼まれてくれんか。これはせがれが将来進むべき道に迷ったときに伝えてほしいんやが、」



・深い傷を負っていることなど感じさせないほどに、母親は凄まじい気迫で声を張り上げた。


男母「組長の息子だとか、子分に申し訳が立たんとか、そんなことはどうでもええ。アンタの人生や、アンタの好きなようにやれ。あのひとも最初は反対するやろうけど、アンタの味方になってくれるはずや」



・母親は息をつく。そして一言、あの子は賢いんやけど気が弱いから心配や、と浮かべた表情は、どこにでもいる母親が我が子を案じるものであった。


恵実母「……あ、あたしには荷が重すぎませんか?!」

男母「ええんや。こんな内容、組のモンは絶対に伝えてくれへんやろうし、子ども想いのアンタに任せるんがちょうどええ。それにせがれはこの街にずっといるんや、またどこかで会うやろ」



・恵実の母いわく、男の子の母親は翌朝に急変し、眠るように息を引きとったという。


恵実母「あの人の言葉を十二年間忘れたことはない。今日宣くんの名前を知って驚いたよ。きっとお母さんが導いてくれたんだね」



・恵実の母は宣にティッシュを手渡す。宣は涙を拭いて鼻をかみ、ぐちゃぐちゃになった顔が床につく勢いで深々と頭を下げた。


宣「本当にありがとうございます。恥ずかしながら、母上は抗争中に致命傷を負ったきり目が覚めることなく亡くなったと父上から聞かされておりました。母上の遺した言葉があったなど想像したこともありませんでした」

恵実母「まあ仕方ないよ。ニュースでとり上げられるくらいの大事件だったんだもの、お父さんは忙しかったんだろうね。お父さんがお見舞いに来てくれたのは、お母さんが亡くなった後だったよ」

宣「いえ……俺がもう少し早く意識をとり戻していれば、いや現場でうまく立ち回っていれば、母上は今も元気に、」



・恵実の母は片手で宣の口をおおう。


恵実母「なに言ってんの、あなたは当時まだ五歳の子どもなのよ。よくがんばったわね。きっとお母さんも喜んでる、あなたが生きててくれてよかったって」



・宣は無言でうなずき、熱くなった目頭をおさえる。恵実の母が手を離してくれたので、宣は再び腰を折って一礼する。


宣「俺、心を決めました。俺の進路について、今から父上と話し合ってきます」



・涙がこぼれ落ち視界が晴れてからやっと、恵実の母が床に倒れこんでいることに宣は気づく。憎しみの魔女の姿は宣の網膜に映らない。宣の視点では、突然うさぎのぬいぐるみの外見をした巨大な怪物が現れたことになる。医局にいた人たちは全員外に逃げ出してしまった。宣はホルスターからピストルをとり出し、うさぎの眉間にねらいを定める。宣は憤怒していた。


宣「そこをどけ。お袋の言葉を聞いて、悩んでた自分の進むべき道がわかったんや。もう一度警告する、そこをどけ。俺の行く手を阻むヤツは、誰であっても容赦せんぞ」



・乾いた音がひびく。一発で眉間を撃ちぬかれた怪物が怯んでいるうちに、宣は恵実の母を抱きかかえて三階の窓から地上へと飛びおりた。


魔女「愉快じゃ愉快じゃ!こんなに激しく燃えるような感情、わらわは見たことがない!この小僧にわらわの可愛い子どもたちをとり憑かせれば、最強の怪物が誕生するのじゃ!絶対に逃さん!」



・魔女とフロイデの怪物が宣を追跡する。魔女がとき放ったフロイデは、その気配を察知した宣により全てかわされる。宣が街中を走っていると、ライトニング・エンジェルに変身した恵実と合流した。


恵実「あのね、あたしの服いつもと違うけど理由があって、」

宣「細かいことはどうでもええ!アレや、俺を助けに来てくれたんやろ?とりあえず恵実さんのお袋さんを安全な場所へ!」

恵実「でも怪物と宣をこのままにしておくのは」

宣「なに言うとんねん、お袋さんの方が大事やろ!俺のことはかまへんから早く!」

恵実「わかった。すぐに戻ってくるね!」

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