ねらわれた学芸会?!

・恵実の小学校では、来たる学芸会でお芝居をすることになっている。恵実のクラスが演じる『白雪姫』の役決めの話し合いで、恵実は勇気を出して手を挙げた。


恵実「演劇、ちょっと興味あって……あの、みんなが良ければ白雪姫役に立候補したいな、なんて」

リマ「恵実すごいわ!みんなの前で自分の気持ちを伝えられてえらいっ!」

恵実「えへへ、リマにほめられると照れちゃうなあ〜」



・クラスのみんなから拍手が送られる。そして当然と言わんばかりに、つづいてルカが王子役に決定した。


恵実「あれ?!いつの間に黒板にルカの名前が書いてあるの?!」

ルカ「みんなありがとう。姫役が恵実なら、王子役は僕以外にありえない。それがクラスの総意というわけだ」

ルカ(口からのでまかせがこんなに上手いだなんて。僕ってやっぱり、スパイの素質があるのかも?)



・学芸会の準備期間に入ると、校舎のあちらこちらから大道具を作る音や役者のセリフが聞こえてくる。シャルはクラスの衣装係にまぎれて、恵実に合ったスカート丈を研究していた。


シャル「ドレスの裾を五センチ上げませんか?足首がしっかり見えるくらいの方が、恵実おねえちゃんに合ってると思うんですぅ」

衣装係A「たしかにそうかも!」

衣装係B「あれ?あんな子、わたしたちのクラスにいたかなあ?」

衣装係C「どっちでもいいんじゃない。猫の手も借りたいほどこっちは忙しいんだから」

シャル「さあ皆さん!お直しを始めますよぅ!」

衣装係「「「おー!!」」」



・恵実とルカは学校にいる間はもちろん、放課後や休日の時間も使って演劇の練習を重ねた。


ウメ「毒リンゴを食べた白雪姫が倒れ、小人たちが悲しんでいると、隣国の王子がそこを通りかかりました」

ルカ「ああ、なんて美しい人なんだ」

ウメ「そう言うと王子は白雪姫にキスをしました」



・ルカの端正な顔立ちはまさに白馬の王子さまを彷彿とさせる。恥ずかしさから恵実がまぶたを閉じていると、ルカの長いまつ毛と自身のそれが触れた。柔軟剤の優しい香りが鼻をくすぐる。


ルカ「……ふふ、ウブだね恵実。キスのふりくらいで頬を赤らめちゃって」

恵実「え、あ、うん」



・ウメの背後から、霊体化したリマとセキが二人の様子を見守っている。


セキ「あーもう黙って見てらんねェ!キスのくだりって絶対必要なのかァ?!」

リマ「だってそういうストーリーだもの。不満なら代わりにセキが出る?恵実が溺れたときみたいにもう一回キスしちゃう?」

セキ「あれは人工呼吸だッッ!!」

リマ(頑なに認めないわねぇ〜)



🌸



・ある日恵実は宣を練習に誘おうとスマホにメッセージを送るが、返信が返ってくることはなかった。


セキ「宣から既読がつかない?あーなァ……」

シャル「劇のおけいこが忙しくて、クルージング以降宣おにいちゃんに会えてないですぅ」

セキ「しばらくそっとしといてやるかァ」



🌸



・学芸会前日の夜、恵実は緊張のあまり眠りにつくことができずにいた。神さま見習いたちに勘づかれないよう、静かに部屋からベランダに出た恵実は星を眺めていた。


リマ「もう寝ないとダメよ」

恵実「うわあっ!リマ、あたしが寝てないって気づいてたの?!」

リマ「うふふ、だってベッドに入る前からずーっと恵実ったらソワソワしていたもの」



・恵実とリマは肩を並べ、ベランダの柵にもたれて夜空を見上げる。


リマ「ねえ、どうして恵実は舞台の主役に立候補したの?」

恵実「……あたし、自分の内気な性格が嫌いなんだ。変わりたいってずっと願ってた。でもステージの上で役を演じてる間は、いつもと違う大胆な自分になれる。それがとっても嬉しいんだ」

リマ「安心して。お芝居が好き!って思いを持っていれば、明日は絶対にうまくいくわ!」

恵実「ホント?」

リマ「ええ!努力を重ねてきたあなたが一番わかっているはず。舞台を成功させる力は身についているって」

恵実「うん、そうかも。リマのおかげで自信がわいてきたよ!」



🌸



・本番が始まる直前、ルカは舞台袖で深呼吸をくり返す恵実に声をかける。


ルカ「サヴァ?大丈夫か?」

恵実「ふぅ……うん、ありがとう」

ルカ「堂々としていればいいのさ。屋上で美しい歌声を披露してくれたときみたいに」

恵実「実は、あのときの声はニセモノなんだ。あたしだけじゃ出せない声なんだ」



・ミュージカル・エンジェルの歌声は、恵実がリマと変身して初めて実現するものだ。その背景を知るはずもないルカは、恵実の突拍子もない発言に首をかしげる。


ルカ「なに言ってるんだ。あれは正真正銘恵実の声だったよ」

恵実「そうなんだけど……うーん、どう説明したらいいんだろう」

ルカ「こみ入った事情はわからないが、きみがあきらめているせいでポテンシャルを発揮できていないだけじゃないか?」



・ルカは恵実の肩をたたき、奥の控え室へと戻っていってしまう。


ルカ「何はともあれ、きみの歌声をまた聴かせてくれよ。アデュー!」



・いよいよ恵実たちのお芝居が始まった。恵実の衣装をシャルが整え、恵実がつまずきそうになればセキが支える。恵実の声が小さければリマが合図し、セリフを忘れてしまえばウメがささやく。神さま見習いたちのフォローもあり、劇は順調に進んでいた。


老婆「お嬢さん、真っ赤なリンゴはいらんかねえ?」

恵実「まあなんて美味しそうなリンゴ、」

老婆?「だが小娘には特別な『リンゴ』を与えてやろう。わらわの可愛い子どもたち、この小娘を捕らえよ!」



・膨大な数のフロイデがステージの床を満たしていく。嫌な気配をいち早く察知した神さま見習いたちはとっさに舞台の外へ飛び出した。一人取り残された恵実は床から伸びた鎖状のフロイデに手足を縛られてしまう。セキは恵実を助けたい衝動にかられたが、巨人型フロイデと戦った日に聞いた恵実の決意を思い出し、歯を食いしばってぐっとこらえた。



・舞台の上で恵実と謎の老婆が相対する。フロイデの束縛が次第に強くなり、恵実はくぐもった声を上げる。


老婆?「わらわの可愛い子どもたちをいじめた罰じゃ。ああ恨めしいのう、憎ましいのう」

恵実「うぅっ……あなたは一体、何者なの……」

老婆?「わらわは、小娘たちがフロイデと呼ぶ存在の母じゃ」



・憂の攻撃によりフロイデの鎖が崩壊する。突然のことに恵実はバランスを崩し尻もちをついた。恵実と老婆の間に割りこむように憂がステージ上に姿を現す。


憂「憎しみの魔女、なぜここに来た」

老婆?=魔女「アジトにこもっていては、わらわの積もりに積もった恨みを晴らせなくてのう。それより憂、お主はわらわと手を組んだのではなかったか?なぜジャマをする?」

憂「今回は利害が一致しなかったな。俺のターゲットは感情を司る神々のみ。恵実たち人間を陥れるつもりはない」



・憂が名を呼ぶと老婆は周囲のフロイデを身にまとい、白磁の肌に漆黒のドレス、アイマスクをつけた背の高い女性へとその外見を変えた。憎しみの魔女は大量のフロイデを憂に仕向ける。憂は時間の魔法を使ったのだろうか、その全てのフロイデを迎撃し魔女のもとへとはね返した。


魔女「なかなかやるのう」

憂「フン、そっちこそ」



・ふつうの人には憂や憎しみの魔女、そしてフロイデといった『人ならざるモノ』が見えない。舞台の至るところで粉塵が舞い、恵実は床にへたり込んだまま虚空を見つめている。観客と先生は困惑し、クラスメイトの中には恵実を舞台袖に下げようとする声も出始めた。


ルカ「それなら僕に任せてくれ。みんな心配するな!恵実を呼びにいくだけだよ」



・恵実のクラスメイトはひどく怯えていた。もちろん『人ならざるモノ』をまのあたりにしたルカだってそうだ。身バレを防ぐため学校での武術の使用はメィにより禁止されている。しかしそれと同時に、ルカには仰せつかった任務もあった。


ルカ(ピンチを救って恵実を惚れさせるんだ。それに、恵実には聴いてほしい曲がある。こんなところでくたばってもらっちゃ困る)



・ルカが仰々しくセリフを発し、ステージの中心へと歩を進める。憂と憎しみの魔女の存在、そして来ないでという恵実のジェスチャーには気づかないフリをした。あわよくば恵実を連れて戻り、それが無理でも自身の行動によって最悪の状況に転機が訪れることに賭けた。


憂「なあ魔女、ここはお互い妥協しないか。この王子役の心を拝借し、フロイデの怪物を暴れさせようではないか」

魔女「いいじゃろう。仲間割れはしたくないものじゃ」



・フロイデがとり憑いたことでルカは気を失い、巨大な王子の格好をした怪物が生まれてしまう。しかしフロイデが怪物という存在に集約したおかげで、神さま見習いたちは恵実に接近することが可能となった。


恵実「王子さまかと思ったらあなた、イジワルなお妃が送りこんだ刺客だったのね?!」

シャル「ナイスフォローですぅ!恵実おねえちゃん、ボクの力を使ってください!」



・ハートフル・エンジェルのコスチュームを身にまとった恵実は、ハートフル・ロザリオを天にかざして浄化技を展開した。ふりそそぐ霧雨を浴びた怪物は消滅し、舞台上に小さな虹がかかる。その光景が演出だと勘違いした観衆は恵実にスタンディングオベーションを送った。


リマ「喝采を浴びるのって気持ちいいわね!」

ウメ「終わり良ければ、全て良し……」

セキ「恵実、腕見せてみろォ。オイちょっと赤くなってないか?今すぐ保健室に行けェ」

恵実「これくらい大したことない、」

セキ「い、ま、す、ぐ、だ、ッ!」

シャル(セキおにいちゃん、恵実おねえちゃんのことになると、いても立ってもいられないみたいですねぇ)



・いつの間にか憂と憎しみの魔女はいなくなっており、お芝居は無事に幕を閉じた。保健室でケガの様子を見てもらった恵実は神さま見習いとともに、ベッドで眠るルカの様子をうかがう。


ルカ「……うぅ、」

恵実「ルカ、気分はどう?」

ルカ「うわあ!!こっち見んな!!」



・上体を起こしたルカは、ベッドをとり囲む神さま見習いたちに驚き叫んでしまう。『人ならざるモノ』の姿が見えることがバレてしまったルカは、恵実たちからそれらの正体を明かされる。


ルカ「やっぱりな。巨大なアイスの怪物が現れたり、クルーズ船で恵実が変身したり……なんかおかしいと思ってたんだよなあ」

恵実「えっクルーズ船?ルカあのとき一緒にいたっけ?」

ルカ「あーその、ただの独りごとだよ!気にしないで!あはは……」

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