ユーレイ屋敷へようこそ?!後編

・大声でシャルとメィを呼ぶが返事はない。恵実は恐怖で一人立ち尽くしてしまう。恵実が心細さで泣きそうになっていると、火の玉が廊下の奥から恵実に向かって近づいてくる。


恵実「うわああぁぁ!!」

?「おい恵実、俺だ!しっかりしろ!」

恵実「ゆ、憂……」



・恵実が火の玉と勘違いした淡い光は、憂の持っていたランタンの灯火だった。憂は恵実にせまり、すみやかに建物から脱出するように告げる。


恵実「ダメだよ!みんなと合流するまではここから出られない」

?=憂「時間がないんだ。フロイデの怪物がコントロールできなくなってしまった」

恵実「だったら憂の魔法で怪物の時間を止めて、みんなを集めて!」

憂「魔法は短時間しか使えない。全員を誘導するのは無理だ」

恵実「でも、他に方法があるはずだよ」

憂「それに怪物の正体は、」



・憂が次の言葉を紡ごうとした刹那、そばに飾られていた銀の甲冑が動き出す。恵実に襲い来るや否や憂が時を止め、鎧をバラバラに解体してしまった。


恵実「ひゃあっ!」

憂「大丈夫だ。フロイデの力であやつられていただけさ」



・鎧の襲撃にびっくりして転んだ恵実をひざの上に乗せ、憂が優しく抱擁する。憂いわく怪物の正体はシャルであり、この屋敷そのものだという。


憂「俺はシャルの時間を巻き戻し人間体に変えた。つまりシャルの前世は人間で、彼にフロイデをとり憑かせて生まれたのが今回の怪物だ」

恵実「シャルの、前世?」

憂「まあ信じてもらえないだろうな」

恵実「……ふふふ、やっぱり憂は悪い人じゃないよ。シャルをわざわざ人間の姿にしたんだ。人間にフロイデがとり憑いたとしても、あたしの浄化技で元通りにできるもんね」

憂「まさか。シャルが悪あがきするから、時の魔法を使わざるを得なかったんだ」



・恵実は憂の手を自分のほほにすり寄せる。


恵実「手があったかい人は心もあったかいんだよ。一緒に行こうよ、憂」

憂「……悪いな。俺はもう後戻りできないんだ」



・気がつくと恵実はランタンを持って一人廊下に佇んでいた。恵実だけの空間に憂の低い声が響く。憂の助言を聞いた恵実は、シャルの居場所を目指して力強く歩き出した。


憂「まずは心を落ち着かせろ。暗闇で目が見えないなら耳で聴き肌で感じるんだ。仲間想いのお前ならできるはずだ」

恵実「ありがとう憂。がんばってみる!」



🌸



・うめに眠りの魔法をかけられたセキはひざまずいて天をあおぎ、睡魔と戦っていた。セキの薄れゆく視界には光る蝶がはばたいている。


セキ(蝶を媒介とする眠りの魔法。間違いねェ、うめの正体は無の女神だ……ックソ、起きろ起きろ起きろォ!まだ恵実を見つけ出せてない!助けないと、恵実を、大事な、オレが、ああ、)



・二階のインナーバルコニーから一階の礼拝堂に向かって、恵実がセキの名前を叫ぶ。その声を聞いたセキは覚醒し、うめの魔法を力でねじ伏せた。


恵実「敵がセキに向かって来てる!!」

セキ「……ッ、逆に助けられちまったなァ」

恵実「待ってて、今階段でそっちに、」

セキ「恵実!そっから飛びおりろォ!オレが絶対に受け止めてやるからよォ!」



・意を決して恵実は柵から身を乗り出し重力に従った。セキがキャッチすると同時に、恵実はライトニング・エンジェルに変身する。


セキ「きたきたキタァ!!オレと恵実で変身すれば最強だぜェ!!」

恵実「まかせといて!」



・恵実の攻撃は雷光となり四方八方に散っては消えていく。リマの視点では、部屋に連結したチャペルからの逆光でうめのシルエットが浮かび上がっていた。


うめ「フロイデはもういない。さあ、恵実たちのところへ」

リマ「うめがフロイデを追い払ってくれたのね?」

うめ「え、」

リマ「ありがとう!後はアタシに任せて!」



・リマが恵実とセキに加勢する。その様子をうめは呆然と眺めていた。


うめ(リマに正体がバレそうになると、胸の奥が痛くなる。リマ、一体どんな魔法を使ったんだ……?)



・恵実たちと相対する怪物は、うす汚れた服を着た男の子だった。彼は四肢とこうべを垂らしたまま浮遊しており、全身が青白く透き通っている。


リマ「ねえ、この敵ってホントにフロイデの怪物なのよね?まさかゆゆゆ、ユーレイじゃ?!」

恵実「幽霊じゃないよ!だってシャルから生まれた怪物だもん!みんなもシャルの気配を感じるはずだよ!」

セキ「ン゙だとォ?!?」

リマ「ええっと、フロイデが感情にとり憑くことで怪物は生まれるわ。でも神様見習いがフロイデに触れるとそもそも再起不能になっちゃう……あれ〜??」

恵実「とにかく!二人は怪物を倒すことに集中してっ!」



・恵実は怪物を浄化しようとするが、動き回る彫刻や椅子にジャマされうまく技が決まらない。恵実たちに疲れの色が見えはじめたころ、どこからか甘い匂いがただよって来た。しかし敵は意にも介さず、踊り場の壁に飾られていた大きなカンバスを赤いカーテンごと宙に飛ばす。


セキ「恵実ィ避けろォ!!」

恵実「でも壁に当たったら絵が壊れちゃう!」



・恵実は受け止めようとするがそのスピードはゆるめられず、吹き抜けの二階に設置されたパイプオルガンと激突してしまう。恵実の足が鍵盤に乗り、荘厳な音色が聖堂に響きわたる。敵はオルガンを見上げたまま静止し、同時にポルターガイストも鳴りをひそめた。


メィ「クグロフが完成しましたわ!どうぞ召し上がってくださいまし!」



・パワードスーツを装着したメィがキッチンから現れ、怪物に向かって焼き菓子のひと欠片を放り投げる。空中で弧を描いたそれはメィのねらい通り相手の口に収まった。それをよく噛みごくんと飲みこむと、彼は地面に横たわり、安心したように寝息を立てて眠ってしまった。



・赤い布をとり外し、恵実は抱えた絵画を自身の目の前に持ってくる。


恵実「ふふ、無事でよかった。こんなに素敵な絵だったんだね」



・恵実はカンバスの表面をなでる。それをオルガンの譜面台に置くと、恵実はセキとリマに両腕を引かれ怪物の男の子が眠る場所まで移動した。メィもセキの横に並びみんなが見守る中、恵実が浄化技を発動すると、男の子はいつもの制服を着たシャルへと姿を変えた。やがて家屋は光の粒となりおもむろに浮かんでは消えていく。


リマ「怪物の正体は本当にシャルだったのね」

セキ「どうなってやがるゥ……」



・リマたちが困惑していると、礼拝堂に天の声がこだまする。神様見習い各々に人間として生きた時代があることは確かで、神々の養成所である『プルチック学園』入学時にその記憶を失っている。ありし日について神様見習いたちは来たるときに思い出すものだという。



・キッチンからエプロンを着たシャルが登場する。彼はメィをキッチンへ案内し、レシピを伝えてメィと一緒にクグロフケーキを作っていた。メィいわく、憂が魔法で発酵時間を早送りしたため速やかにお菓子が完成したという。


シャル?「みなさん、騙してしまってごめんなさい。わたし・・・はシャルではありません」



・エプロン姿のシャルが告白すると、メィを守るようにセキが前に出て睨みつける。


セキ「テメェ何が目的だァ?」

シャル?「わたしの目的は、みなさんの手助けをすること。恐怖の記憶に囚われたシャルを救い出すこと。クグロフケーキは、シャルの大切な人が愛したお菓子です。シャルが幸福なときの記憶を思い出してくれてよかった」



・エプロン姿のシャルは、片足をななめ後ろに引き膝を曲げて一礼する。


シャル?「みなさんありがとう。これからもシャルをよろしくお願いしますね」



・エプロン姿のシャルは幾多の小さなあかりとなって空に溶けていった。彼もしくは彼女が何者なのかは誰も知り得ない。


メィ「あの方とシャルの絆が、あの方をここに呼び寄せたのかもしれませんね」

リマ「……シャルが絆を結んだのは生前で、ってことよね」

セキ「らしいなァ」

リマ「アタシの前世って、」

セキ「考えたってわかるワケねーだろォ。忘れろ忘れろォ。とにかくテメェら、前世の件はシャルには内密に」

恵実「うん」

メィ「もちろんですわ」



・セキは熟睡するシャルをおんぶし、その背中をリマが支える。屋敷が跡形もなく消え去ったのを見届けて恵実たちは帰路についた。


リマ「そういえばうめはどこへ行ったのかしら?」

セキ「あーそれについて話がある」

リマ「わかったわ。うふふ、アタシとセキ、前世では夫婦だったりしてね」

セキ「気持ち悪ィ。絶対にナイ」

リマ「即答ね?!いいじゃない、過去の記憶を思い出すまで可能性は無限大なんだから!」

セキ「コイツ楽しんでやがる」

リマ「ええ!神生じんせい楽しんだもの勝ちよ!」

セキ「……オレもたまにはテメェを見習うわ」



・その後シャルは目を覚ますが、ユーレイ屋敷での記憶は完全に抜け落ちていた。


シャル「あれぇ?ボクは今まで一体……?」

恵実「シャルぅ!もとに戻ってよかったよー!」

メィ「感謝しなさい。憂に捕まっていたところを、セキさまとわたくしの愛のコンビネーションで救出したのですわ」

恵実「ちがうちがう!みんなで助け出したんだよ!」

メィ「まあ今回最も活躍したのは、ケーキを完成させたわたくしですけど!」

恵実「あたしだって頑張ったもん!!」

メィ「ホントですの〜?偽物のシャルと迷子になったあと、情けなく泣きわめいてたのではなくって?」

恵実「そ、そんなことなかったよ!」

メィ「あ!目が泳ぎましたわ!」

恵実「泳いでないもん!!」



・寝ぼけ頭で二人のかけ合いを聞いていたシャルは、ふいに笑みをこぼす。


シャル「えへへ、みんなありがとうですぅ」

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