第12話 END

 私はもうすぐ結婚記念日ということもあり、すこしソワソワしていた。


 去年は渡せなかったプレゼントを色々考えて、考えて、結局無難な所で腕時計にすることにした。

 去年の分と合わせて少し奮発してブランド物にしようかと考えている。


 喜んでくれると良いな、そんな事を思っていると、シュウが出張に行くと告げてきた。


 期間は一週間で帰ってくるのは丁度結婚記念日の当日だ。

 ちょっとしたサプライズには丁度良いと帰る時間をそれとなく尋ねておく。


 七時ということらしいので準備する時間は十分にある。



 私はシュウが出張に出た後で、早速プレゼントを買いに行き、オードブルなどの料理を予約しておく。


 本当なら自分で作ったものを食べてもらいたいけど、残念ながら未だに私の手料理は受け付けてくれないので仕方がない。


 シュウがいない久しぶりの日々。

 寂しいけど戻ってくると分かっているので不安は無い。


 そして結婚記念日当日。予定通りに予約した料理を受け取りシュウを迎える準備を進める。


 帰って来たシュウは今日が結婚記念日だというのを忘れていたのか驚いた表情を見せる。


 忘れていたのは凄く悲しいけど、びっくりさせたのなら良しとしよう。


 私はこのために準備しておいたとっておきのワインを開けるとシュウに振る舞う。


 乾杯して食事を楽しんだあとは、プレゼントを渡す。


 箱を開けてプレゼントを確認したシュウは嬉しそうに笑ってくれた。


 そしててっきり結婚記念日を忘れていたと思っていたシュウからもプレゼントをもらった。


 何でもビデオメッセージらしい。


 まあ、色々とあった私達だ、面と向かって言うのは照れくさいものがあるのかもしれない。


 私はどんなメッセージが聞けるのか、ワクワクしながら自前のノートパソコンを立ち上げ、USBメモリの中身を確認する。


 メモリには動画が七つ。


 ファイル名は数字だけ。


 一応、動画の再生順があるのかもと確認を取る。

 するとシュウは一からの再生で構わないと答える。


 私は言われた通り一の番号が振られた動画から再生を始める。


 すると映し出されたのは見覚えのある公園。

 デートの時にも行った最初にシュウが私に告白してくれた場所で。

 そこに映るのはシュウと、妹のアキだった。


 二人は楽しそうに公園内を散歩する。

 なんだか昔の私とシュウのようだ。


 すると場面が変わり二人っきりで向かい合う。


 今度はちゃんと音声が入る。


 するとシュウとアキがとんでも無い事を言い出した。


「ごめんねアキちゃん。待たせてしまってごめん。今日から大切な思い出を全てアキちゃんで塗り替えて行くよ」


「……はい。待ってましたこの時を、私の想いを受け止めて下さい。好きですシュウさん、誰よりも貴方のことを愛し続けます」

 

「ありがとうアキ。僕もこれからは君しか見ない」


 二人はお互いの気持ちを告白すると想いを確かめるように強く抱きしめ合っていた。


 私は喜びから、一気に絶望のどん底に叩き落される。こぼれそうになる涙を我慢しながら顔を上げ尋ねる。


「ねえ、何なのこれ?」


 するとシュウがあの時に見せた冷たい眼差しのまま、薄ら笑いを浮かべて言った。


「だから、俺からのメッセージだよ」


 その言葉を聞いて私はここにきてようやく理解できた。

 シュウは私のことを許してなんかいなかったのだと。ずっと復讐の機会を窺っていたのだ。


 私が呆然としていると勝手に次の動画が再生される。


 次に映ったのは思い出の水族館。

 夕陽に照らされた思い出の場所で手を繋いで楽しそうに笑い合う二人の姿。


 私達の大切な思い出がまたしてもアキに塗り替えられる。


 そして次はアキの誕生日動画。

 

 私は裏切られた気持ちで動画をただぼうっと眺め続ける。


 動画にはアキの誕生日を祝う二人。

 シュウが綺麗なネックレスを贈る。

 感極まったアキが涙を流しながらシュウとキスを交わす。まるで初めてのファーストキスの思い出を汚されたように感じた。


「嫌、やめてよ……」


 気持ちの籠もった熱い口づけを交わす二人の姿に心がバラバラと崩れ落ちて壊れて行く。


「なあ、俺の気持ちを少しは理解できたか?」


 壊れて行く私を、シュウは笑って見ていた。

 そして動画を止めることも許さなかった。


 四つめの動画は高校時代の思い出の修学旅行先。

 昔一緒に巡った思い出がひとつ、またひとつ乗り換えられて行く。



 五つ目はクリスマス。

 その日は出張があるといって一緒には過ごせなかったはずなのに、アキと楽しそうにクリスマスを祝っていた。

 そう初めて私とシュウが結ばれた思い出のホテルで。


 なら次はどうなるのか予想はついた。


「お願い、これ以上はやめて、やめてください」


 もう過ぎ去った過去だと分かっていても、思わず声を出して止めようとしてしまう。


 しかし、当然ながら過去を変える事は出来ない。

 そこには愛を囁やき合い、激しく乱れる男女の姿。誰よりも愛した男が私に良く似た女を抱き喜びの声をあげさせる。


「私じゃない、なんで私じゃないのに……」


 悔しくて、辛くて、悲しかった。


 胸が張り裂けそうで、涙が止まらない。

 愛する人が、別の人に愛を囁やくことがこんなにも辛くて悲しくて痛いものなんて知らなかった。


 そんな私の痛みなんてお構いなしに動画は再生され続ける。



 六つ目は、懐しい大学のキャンパス。


 二人で卒業した思い出も、やはり同じ様にアキの卒業式を祝うシュウの姿へと書き換えられる。


 信じていたものが壊れ、愛を失って何もなくなっていく事がこんなにも虚しい事だなんて分かっていなかった。

 いままでは反省して分かった気になっているだけだった。



 そして最後に映し出された映像。


 画面に映ったアキが私に向けて話しかけてきた。


『どう姉さん。シュウ兄さん。いえシュウさんの気持ち痛いほど理解できたかな? 辛いよね、悲しいよね、苦しいよね。でもそれは姉さんがシュウさんにした事と同じことをされただけ、自業自得なんだよ』


 言われなくても分かる。私は同じ立場に立たされて、ようやくシュウの痛みを本当に理解できた。


『でもね。これで終わりじゃないよ。最後に一週間。そうあの時の姉さんと同じ様に、これからシュウさんと私は蜜月の時間を過ごすんだ。心と体の隅から隅まで愛してもらうの、そして姉さんの薄っぺらい愛なんて比較にならないくらいに愛して見せるわ。上手くいけば姉さんとは違って最愛の人の子供だって身籠ることだって……だから姉さんは最後までしっかり見ててね』


 そしてアキは言い終わると、シュウに抱きついて絡み始める。それは甘くとろけるような蜜月な時間。そんなのを延々とそれを見せつけられた私の頭は完全におかしくなってしまった。


「いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁぁあ」

「やめて、やめて、見ないで、言わないで、お願いだから私だけを見てよ、私だけに愛してるって言ってよぉぉ」


 私は泣き叫びながら必死に映像のシュウに訴え掛ける。目の前に本物のシュウが居るにも関わらず。


 誰よりも信じていた人に裏切られる辛さ、信じていた長い間積み重ねてきた想いすら、今は塗り替えられ壊された。


 私にはもう何も無い、そう感じた。


 これほどの絶望をシュウも感じていたのだろう。

 そしてシュウは同じ絶望を私に刻むためだけにずっと耐え続けていたのだろう。


 私との日々を。


 本当に馬鹿らしく、何よりも効果的な方法。


 そして迎えた絶望の終焉。


 愛し合う二人の姿が、重なり合う別の動画へと差し替わる。


 最後に映し出された映像には淫らな快楽に耽る浅ましい男と女の姿。

 口先だけの愛を囁やき、与えられる快感にみっともない声を上げる雌豚。

 それは間違えようもなく私そのものだった。



 


 


 動画を流し終えた後、マリは全く反応を見せなかった。


 まるで死んだかのように動かないマリに俺は告げる。


「君とはこれで本当にサヨナラだ。最後にこれに記入してもらいたい」


 マリの目の前に離婚届を出す。

 彼女はそれを一瞥したあと、虚ろな表情で自分の名を記載する。


「今回のことは非はこちらにある。慰謝料を請求するなら俺とアキの二人分請求してもらって構わないから」


 そう言い残して俺はUSBを回収し、マリの家から出た。


 すぐに電話で全て終わった事をアキに報告する。


「そうですか。お疲れ様です。これでケリはつきましたか?」


「ああ、ようやくね……ごめんね嫌な役をやらせてしまって」


「いいえ、これもシュウさんが前に進むためでしたから」


「ありがとう。これから会いに行っても?」


「はい、シュウさんの部屋でお待ちしています」


「分かった。これからすぐ行く」


 俺は電話を切ると真っ直ぐアキの待つ俺の家へと向う。



 俺は結局、自分と同じ傷をマリに刻むことでしか気持ちを昇華することが出来なかった。

 俺にとってマリを憎むことは愛しているのと同義になっていたからだ。

 吹っ切る為にはありったけの憎しみをぶつけて壊しきる方法しか思いつかなかった。


 けれど積み重ねてきたマリとの想い出が邪魔をした。

 長年の想いは簡単に消せるわけなく、アキと一緒に思い出を塗る変えるしかマリへの想いを断ち切れないと思った。


 結果、俺は時間を掛けてマリに復讐する道を選んだ。それがマリと同じクズに成り下る行為だとしてもだ。


 きっと他人からみれば本当にバカで、無駄な時間に思えるだろう。


 慰謝料をもらってキッパリ別れ、後は建設的に生きる。それがもっとも賢いやり方なのだと思う。


 でも、俺にはそれが出来なかった。

 それだけだ。


 でも、後悔はしていない。


 だって今は鬱屈した気持ちから解放され、とても晴れやかな気持ちだからだ。


 今度もしマリに会うことがあったなら、満面の笑みで告げることが出来るだろう。


「もう君の事には興味は無い」と。


 心の底から嘘偽り無く正直な気持ちで。


 それこそ純粋だったあの頃のように……。



【完】




――――――――――――――――――――


あとがき


何だか今回も自分の中のもやもや感を上手く表現しきれませんでした。


反省です。


定番の寝取られざまぁものを書こうとして、結果なんか良う分からんものになっちゃいましたね。


ただ私が求めていたのは、現実的に慰謝料などで表面的にざまぁするのはなんか違うくて。

それをやるならリアル重視の現代ドラマが得意な方にお任せすれば良いわけですし。


ただ個人的には「浮気は心の殺人」と言われる事もあるくらい人を傷付けるのですから、仮に人を殺しといて金で解決なんてぬるすぎると思うのですよ。

ですから、もっと愛憎的な心の復讐というか、

やっぱり心が壊されたなら、相手の心も同じ様に壊してやりたかったというところです。


まあ、スカッとぶっ◯した方がスッキリだったかもですけどね。


色々と人それぞれで思うことろがあるジャンルですが、それでも面白いと思ってくれる人がいれば幸いです。


本当に、読者の皆様には最後まで読んで頂きありがとうございました。





 


 

 


 

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