自分の為に


「次はカルニア離宮を目指そうと思います」


 ゲルシリード山脈の冒険から二週間後のこと。

 談話室で資料を広げながら、すっかり傷の癒えた面々を前にリジーが言う。

 

「旧カルニア帝国のあったベクタッカ砂漠は、広大で過酷な環境です。これまで通り二人一組で行くのは得策ではなく、本日をもって修理を終え、合流予定であるエド達との二チーム合同で行うことを予定しています」


 カルニア帝国という滅びた国のことは知らないが、ベクタッカ砂漠のことはルネも知っていた。

 何処を見渡しても黄砂に塗れた大地であり、面積の割に人はほとんど住んでおらず、対策無しでは遭難待ったなしである。

 400年前もパーティ全員がカラカラになって、危うく全滅しそうになった記憶があった。


「ですが過酷な分だけ、見返りもそれ相応かと」


 リジーは地図を指差しつつ、意志を問うように聞き手に視線を寄こす。

 ルネもその通りだと思う。幾ら金になるとは言え、あんな場所に好き好んで飛び込む奴は想像出来ず、手付かずになってる可能性が高い。


「カルニア離宮と言えば……ドワーフのトマスが滞在していたっていう説がある場所だね」


 そしてステラも冒険心がくすぐられたようで、一見落ち着いて聞いているようには見えても、そわそわとした声色を隠せずにいた。


「はい。大勇者様のパーティであった『鉄火場のトマス』。どんな極限状況であろうと口笛一つと生き延びられたという彼なら、ここにいたことも不思議ではなく、恐らくは聖遺物が残されているかと」


 トマスではなくトーマス。

 またしても名前の伝達違いがあったものの――さもありなんとルネは思った。

 

 なにせトーマスは誰よりもサバイバル知識に長けていた。

 ドワーフなのに鍛冶や工芸がさっぱりで、半ば追い出される形で故郷の地下王国を後にして、一人気ままに生き抜いていた過去がある。

 長旅において危険なのはモンスターだけではない。もしも彼がいなければ自然という脅威によって、魔王討伐の旅は果たされなかっただろうとルネは思う。


「ですが気になることもあります。あの魔族のこととか……」


「また関与してくるかもって?」


「可能性はあります。私達の動向を最初から知っていながら、ただただ静観して……一体何を企んでいるのか……」


 一方でリジーの懸念も妥当で、ゲルシリード山脈で出会った、あの奇妙な魔族のことを考えるとだ。

 味方である筈のアスタロトの勝敗にまったく興味がなかったようで、だからこそ思惑が底知れず、これからの障害になりかねないだろうと。


「どんな敵が待っていたって関係ないさ!! みんながいてくれるならっ!!」


 が、ステラはそんなことを気にしない。


「ね? ルネくん!? そうだよね!? ねっ!?」


「う、うん?」


 そして最初にルネに相槌を求めるのはどうしてか? 特別に信頼してくれてるんだろうか? 

 それはそれで嬉しいことだけど、リジーの嫉妬の目が凄いから程々にしてほしいとルネは思う。


「とにかく決まりだね! 出発は何時!?」


 と、早くも席を立ったステラが続ける。


「きょ、今日の午後三時。今から五時間後の飛空艇を予約しています」


「流石はリジーだ! そう来なくっちゃ!!」


 そうと決まれば、あっという間だった。

 悶々としていた数週間前が嘘のようで、本当に『エドとレイ次第』だったのだろう。

 

「ステラさん! 旅立つ準備だけじゃなくて、ちゃんと院にもお別れは言うんですよ!?」


 ともあれ、これにて院での生活が終わろうとしていた。

 最初はもっと早くにと思っていたルネだが、今では寂しい気持ちも湧き上がる。


 だって――ここはソフィがいた場所だから。

 子供好きであったソフィが建てて、子供達と一緒にソフィが暮らし、そして子供達に見守られながら、ソフィが最期を迎えた場所であるから。


「ルネさんは、ここに残っていてもいいのですよ?」


 そんなルネの感傷を察してか、リジーがぽつりと言った。


「そもそも私は最初から反対でした。ひ弱な貴方が危険な旅に同行するなど」


「…………」


「だから……無理にステラさんに、義理立てする必要はないのですよ?」


「……………………」


 優しい口調。

 これまでのルネの嘘に気付いているのか、薄々察しているのか。

 いずれにしても、それを踏まえた上でルネの選択を肯定してくれている。


「そ、それに、私としても好都合といいますか……! 貴方がいなくなってくれたら、またステラさんと二人っきりになれるというか……!」


 そしてすかさずはっとして、取り繕ったような言い訳を早口で並べる。

 そんな様子にルネは笑いそうになった。おかしかったわけじゃない。昔も今も、自分は仲間に恵まれた果報者だという思いで。


「残念だけど――僕はついてくから」


 だからルネは言い返した。

 惜しい気持ちはあるけれど、自然と、心からそう言えた。


「僕は君達についていく。そうして世界中を回って、色んなところを見て回って、たまに危ないこともあるだろうけど……そんな冒険がしたいんだ」


「…………記憶を探す為に、ですか?」


「うん、それもある」


 記憶じゃないけど、記録は探したい。

 彼等がどんな風に生きたのかは知っておきたい。


「ステラさんの為に、じゃないんですか? 貴方に親身になってくれたステラさんに報いる為に、そうしてるわけじゃ」


「いいや、違う」


 ルネはハッキリと首を横に振る。


「――自分の為だ。他の誰かの為じゃない」


 万感の思いを込めながら。


「僕は、僕自身の意志で冒険がしたい。それが僕の『したいこと』だから」


 今はここにいない誰かに宣言するかのように、ルネは言った。

 散々遠回りをして、ようやくそこにたどり着けたのだという気持ちで。


「……そうですか」


 するとリジーは踵を返す。旅支度を済ませる為だろう。

 ルネの位置から浮かべている表情は見えないが、たぶん呆れられてるんだろうと思う。


 何せ自分は相変わらずひ弱で、インフレについていけず、ちょっとはマシになったかと思いきや、先日も結局は助けられてしまった。

 そんなのが付いて来たところで、実質的に『これからも迷惑かけます』宣言に等しい。


「だったら精々、死なないように足掻いてください」


 しかしそう思うルネに反して、彼女の言葉に棘はなかった。


「貴方のしたいことを、長続きさせる為にも」


 そう言い残し、扉がパタンと閉じられる。 

 戸惑ったの一瞬。見えなくなった背中に向かって、もちろんだってルネは頷き返した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る