ソフィの形見
「今回もルネくんに助けられちゃったね」
ゲルシリード山脈の探索から三日後。
二人並んで聖護院の花壇の手入れをする最中、不意にステラは言った。
土に汚れ、あどけなく笑う頬は子供のよう。それでいて火傷の跡は未だ治り切っておらず、片目は腫れで塞がり、利き腕に至っては肩から三角巾で固定されている。
リジーの治癒魔法にも限度があるようで、『度を過ぎた大怪我』はどうしても自然治癒に頼らざるを得ないのだとか。
かく言うルネも全身が裂かれんばかりの筋肉痛に苦しめられ、ようやく起き上がれるようになったのは昨日のことだ。
やっぱりあの魔法は危険だ。よっぽどのことがなければ使うべきではないと言い聞かせながら、
「僕は何もしてないよ。あの通りすがりの魔族が、勝手に戦ってくれただけだから」
ルネはあの日から何度も言われたお礼に、何度も返した言い訳をまたしても口にする。
通りすがりの魔族――ガトーは何時の間にか姿を消していた。リジーとあのスチームエンパイアの奇妙な男が話している最中だった。
下山し始める頃には行方不明で、街に帰って消息を訪ねたところで目撃証言の一つすら出なかった。
たぶん魔王という立場であるが故の逃走だったんだろうが、そうしてくれたおかげでルネは一人で説明責任を負うことになった。
あの場で何があったのか? どのようにしてアスタロトを退けたのか? 何か隠してることはないか――などなど、リジーからしつこくだ。
とは言っても400年前からの因縁や、400年前由来の魔法のことを話すわけにはいかない(怪我によるお小言だけでなく、頭のケアまでされたくなかった)。
だからルネはこの場にいないガトーに、功績の全てを押し付けることにした。『通りすがりの何処ぞの魔族が、なんかこう、凄い魔法を使って撃退してくれました』と。
「それでも、だよ」
ところがルネが何度言おうと、彼女は素直に頷いてくれない。
「ルネくんが動いてくれたからボクは助かったし、聖遺物も取り返せた。ルネくんがいなかったら、きっとそのどちらも叶わなかった」
「……根拠は?」
「ボクの勘さっ! ボクのガットが君のお陰だって言ってるんだ!!」
と、この通りである。
無敵かコイツとルネは思う。
それもあながち――彼女は何も見ていなかった筈なのに――幾分間違っていない辺りが恐ろしい。
「そんなことよりさ」
だからルネはあからさまに話を逸らす。
これ以上ステラの
「今日がその日なんだよね? ソフ……ソウピア様っていう人の、聖遺物の鑑定が終わるのは」
「あ、そうそう!! そうなんだよっ!!」
ステラはスコップを投げ出し、興奮した様子でこくこくと頷く。
「大勇者様に関わる貴重な聖遺物だから、しばらくの間は歴史研究の為に連邦の管理下におかれるけどね? でもソウピア様のペンダントは所有者不明の物じゃないし、引き渡しまではこの院に帰って来る! ああ、みんなにも早く見せてあげたいよ!! この院を作った偉大なる大祖母様が、肌身離さず身に着けた歴史あるものを!!」
と、ステラは酷く嬉しそうに、院の子供のようにぴょんぴょんと跳ねる。
あの日、気を失っていた彼女も現物は手に取っていないのだ。ソウピアが残した聖遺物を――ソフィの遺産を。
「…………」
「ルネくん?」
「ん……ああ、なんでもない」
ルネは心に圧し掛かる重みを振り払い、何でもないように振舞った。
あるべき場所に返すということは、ステラやこの院だけじゃない。自身でさえ望んでいたことだ。
だというのに『それを見るのが怖い』だなんて、水を刺すような言葉を口にするわけにはいかない。
「ステラさん」
と、そうこうしている内にだった。
朝早くから外出していたリジーが帰って来て、空いて手を横に振っている。
「あ、リジー!」
すかさず駆け寄るステラ。
その視線はリジーの塞がった手の、厳重なケースへと向けられていた。
「審査の結果は?」
「はい、やはり本物のようです」
リジーは優しく微笑み返す。
「~~~~っ!! 見せて見せてっ!!」
「ちょ、ちょっと! そんなに慌てなくったって逃げませんよ!?」
詰め寄るステラを前に、リジーはケースを地面に降ろし、鉄の留め具を指で外す。
パカッと開かれた内部は柔らかそうな生地で敷き詰められ、中の物品は透明な包装紙で何重にも囲われている。
「ああ、これが――」
そんな包みを丁寧に剥がし、くすんだ色のペンダントを手に取りながら、ステラは感嘆の息を吐いた。
「これが――ソウピア様の――」
そのチェーンを、楕円形のプレートを、宝石を彼女の指が撫でる。
壊れ物に触れるかのように。堪能するかのように。
「…………」
だからこそだろう。
彼女達はペンダントの仕組みに気付いていない。
或いは慎重に扱おうとするがあまりに、疑おうとする気持ちがないのかもしれない。
「ルネくん! ほらっ!!」
その表面だけでステラは喜び、見せつけて来る。
ルネは顔が引きつろうとするのを必死に押し殺しながら、何とか笑顔で頷き返して見せた。
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