オーバードライブ4
「ぐっ……あっ……!」
限界が近いのはアスタロトも同じだった。
どれだけ蒸壁で防御を固めていようと、何度も殴られれば亀裂は入る。
「息が……息が……!」
ましてや呼吸を整えることすら許されない。下手に口を開いてしまえば、さっきの二の舞になると知っているからだ。
今や彼女の鉄壁も剥がれつつあり、剥がれた鉱石の肌から覗かせる地肌は青白く染まっている。
「う、ぷっ……」
やがてそれは吐き気となって、彼女の身体を俯かせる。
「っ!! くらえ!!」
そこに好機と言わんばかりに迫る銃口。
避けなければならない。次に貰ったら立ち上がれないことを知ってか、アスタロトは咄嗟に顔を逸らした。
――ズガァン!!
そうして、弾丸は地を跳ねた。
めり込んだ地面と銃口から白煙が昇るも、鮮血はない。
「ようやく……捕まえた……!」
致命的な一撃を避けると同時に、彼女はその手を掴んでいた。
相手もまた限界なのか、青白い顔でぜぇぜぇと息を吐いていた。
「はずし、たか……」
「ええ……ようやく、チェックメイトよ」
彼は力なく銃を落とす。
空砲となったハンドガンは空っぽで、三の矢はあり得ない。
「こ、これで……貴方達の、攻撃手段は奪った。それに……一対一に持ち込めば、どうにでもなる」
「ふむ……で、出来れば……我の手で、仕留めたかったのだが」
互いに息を切らしながら言う。
「し、しかしだ、アスタロトよ」
それでも彼は毅然として続ける。
「おまえは、これで勝ったつもりなのか?」
「……実質勝ちでしょうが。残る一匹のハエは姿を見せてないけど、アレに私を倒せるほどの武器は持ってない」
アスタロトは言い返す。
限界に近い彼女ではあったが、話している合間にも呼吸は最低限整いつつある。あの程度の打撃ならやり過ごせると踏んでいる。
「はっ……だからこそ、貴様等に覇道はあり得んのだ。現代人というもんは戦闘における詰めが甘すぎる」
それを彼は笑う。
「勝ったと思った時が一番危険なのだ! 貴様等が我が残党を名乗るなら――それを知っておくことだな!!」
と、次の瞬間だった。
掴んでいた手をガトーに引き込まれ、アスタロトは地面に足を付いてしまった。
「っ!?」
そこでようやくアスタロトも気づく。
一発目はルネが撃って、もう一発をガトーが撃ったという違和感だ。
何故彼等は同じ銃を回し打ちしていたのか?
それに何の意味があるというのか?
ひょっとして…………これも囮!?
「今だルネ!!」
「はああああああああああああ!!」
「なっ!?」
隙だらけの背中に向かって跳躍するルネは武器を抜き、ソレについていた布を引き剥がす。『※※※熱で剥がれます。※※※※※必ず大人と相談の上で外しましょう』という注意書きと一緒にだ。
これは蒸気魔法における補助輪のようなもので、その先にある突起を押せばどうなるのかを、今では良く知っている。
「――
押した瞬間に、マグマのような熱が吹き上がった。
それは瞬く間に先端へと熱伝導し、叩きつけたアスタロトの体表面を燃焼させて――
「みぎゃああああああああああ!?」
「うわっちいいいいいいいいい!?」
爆炎と共に、二つの悲鳴が交差した。
一つは全身が業火に飲まれるアスタロトの絶叫。もう一つは腕に引火してゴロゴロと転がるルネによるものだ。
(熱い!! めっちゃ熱いんですけど!?)
ルネは雪に腕を押し当てながらそう思う。
つい手放してしまったロッドは、ごうごうと全体が燃えていた。
なんて恐ろしい兵器だ。これが子供向けか? 出力のコントロールをミスったことは認めるが、あらためて現代人の底知れなさを知る。
「くくく……なんてザマだ」
そんなルネをガトーが笑う。
大の字で倒れてるお前が言うなとルネは思う。
「そんな、情けない恰好の、やつに……言われたく、ねー」
「ふ、ふんっ……その膝を止めてから、抜かすもの、だ」
そう言われて、ぶるぶると震えていた膝が雪面に落ちる。
「こ、こんな……こんな……」
だと言うのに――まだ相手はくたばっていない。
彼女の
そんな元の身体でさえも全身が焦げ、角は圧し折れ、怨嗟を込める声色は弱く、ふらふらとした足取りをしている。
「こんな……雑魚如きに、私が……こうまで……!」
見るからに満身創痍だ。
あと一発。押せば終わるくらいの一発分が足りなかったのだ。
うつ伏せに倒れるルネは、自由の効かない身体を恨む。
「ああっ――くそ! クソッ!! クソクソクソクソッ!!」
アスタロトはヒステリックに、ガリガリと焼けた髪を掻きむしる。
「力が入らない……! 魔力が練れない……!!」
暴力的であった魔力による威圧感も、今では人並み以下であった。
だったらここらで手打ちにしてほしい。お互い痛み分けで終わろうじゃないかって、そう願うルネであったが、
「殺して、やる……!!」
そうは問屋が卸さないようだ。
アスタロトは覚束ない足取りで、横たわるルネとガトーに向かって歩き出す。
「もう、勇者なんてどうでもいい……! せめて撤退する前に、お前等だけでも、殺してやるわ……!!」
当初の目的を見失うほどの憤怒に包まれながら。
「お前等の首を持ち帰って串刺しにする……! 内臓はヘルハウンドの餌にしてやる……! 骨は
そうしてルネを見下ろし、先端が欠けて鈍そうな爪を振り上げる。
そのフラフラっぷりから見ても、とても一撃で首をもいでくれるとは思えない。死ぬまで何度も何度も、必要以上の苦痛に苛まれることだろう。
(そんなのまっぴらごめんだ!)
と、ルネの心が叫び、最後の最期まで必死に抵抗しようとする。
元より諦めるつもりは毛頭ない。どれだけ絶望的な状況であろうと、もう誰も悲しませない為にも。
「シネっ!!」
「っ!!」
ぴくりと、かろうじて右腕が動いた。
反撃は出来ないが防ぐことは出来る。
ルネは自らの首の代わりに腕を差しだそうとして――
「死ぬのは――貴方のほうです!」
そこに別の誰かの声が聞こえた。
くるくると舞い落ちる飛来物が見えた。
あれは――そう。
ガラスで出来た試験管であり、中に水にしか見えない液体が揺れていて、
「
「ギニャアアアアアアアアアアアアアッ!?」
リジーの魔法であった。
ルネのソレとはけた違いの威力を誇る爆炎が、アスタロトの身体を吹き飛ばす。宙をくるくると高く舞って、そのまま頭からずぼっと雪に突っ込んだ。
生きているかどうかは分からないが、少なくとも戦闘不能であることは確かだった。へにゃりと力なく折れる胴体からはプスプスと煙を上げていて、ピクリとも動く気配がない。
「ルネさん! 大丈夫ですか!?」
そしてリジーはルネへと駆け寄る。
「リジー、どうして? そんなに無茶して、大丈夫なの?」
「言ってる場合ですか!! さぁ早くこれを飲んで!!」
差し出された瓶を言われるがままにルネは飲む。
すると身体の奥からじわっと暖かい熱が灯り、四肢から抜け落ちていた力が戻って来る。
「ぷはっ……!」
「吐き気は? 悪寒は? 他に痛い所はありませんか?」
「だ、大丈夫。そんなことよりリジーはもう大丈夫なの? あれだけの怪我をしてたのに」
「……あの程度、大したことはありません。一時とは言え、意識まで持って行かれたのは不覚でしたが」
と、リジーは口惜しそうに顔を歪ませる。
まるで自分の失態を責めるかのように。
「っ……! そんなことより、そこの方も!」
「え?」
「大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」
「え、いやちょっと!?」
おまけに事情が良く分かっていないのだろう。
続いて駆けつけて治療を施したのは、同じく伸びている魔族――ガトーに対してであった。
「ここに迷い込んだ方ですか? 私が何本の指を立てているか分かりますか?」
「う、うむ……大義である」
と、どうやら登山客か何かと勘違いしているようだった。
彼女のポーションによってムクリと立ち上がったガトーは、懇切丁寧な診察に困惑している。
そういえば……リジーはガトーと面識がない。
にしてもだ。ステラは今更だけど、リジーも聡いようでいて、結構お人よしだよなってルネは思う。
「ステラは?」
と、歩けるくらいに元気を取り戻したルネが言う。
「命に別状はありません。ですが怪我が酷かったので、まだ眠っています」
「そっか……それはよかった」
「それよりこの方は? ルネさんのお知り合いですか?」
「あー……」
そいつ魔王です、とは口にしない。
ぶっちゃけコイツの破滅的な野望を考えると突き出してもいいくらいだが…………まぁ、理由は何であれ共闘してくれた仲だ。
必死に『言うなよ!? 絶対に言うなよ!?』とリジーの背後から訴えるガトーの顔芸を、ルネは慮ることにした。
「僕もよく知らないんだ。僕等に加勢してくれたけど、何処の誰かってことまでは」
「そうですか……なら、貴方は一体?」
「た、ただの通りすがりである。名乗るほどのものではない」
と、ガトーは偉そうにそっぽ向く。
何恰好つけてんだとルネは突っ込みたくなる。
「そんなことよりさ」
そんな気持ちをぐっと堪えつつ、ルネは雪に投げ出されていたアクセサリーを拾い上げる。
「これで任務達成だよね?」
ソフィのペンダントだ。
ルネは取り返せたことが嬉しく、ステラだって目を覚ませばきっと喜ぶ。
だったらリジーもそうだろうって、さっきからずっと申し訳なさそうな彼女の、綻ぶ顔を見ようとして、
「なるほど――そういうことですか」
同じ敬語でも、聞き覚えのない声が割って入った。
リジーではない。アスタロトの方からだ。
ルネが振り返ると、そこには上下真っ黒な紳士服を身に着けた、見るからに不吉な男が立っていた。
「貴方はっ!?」
リジーが即座に身構える。
その身から発する魔力から、
「おっと、やりあうつもりはありませんよ」
が、男は争おうという様子を見せない。
雪に刺さったアスタロトを引き抜き、その背に抱えつつ、丁寧な口調で訴える。
「スチームエンパイア……ですか?」
「如何にも」
「窮地に陥った仲間の援軍に来たということですか?」
「半分が正解で、半分が間違いと言ったところでしょうか? 我々も一枚岩ではないのですよ」
と、スチームエンパイアを名乗る男の姿は――見ているだけで不安になるような造形をしていた。
生物らしい四肢はあれど、その全てが蝋細工のように固まっている。
目と思しき黒塗りの球体はあれど、まったくもって微動だにしない。口と思しき線は柔らかく象られているものの、声に応じて上下することなく、どうやって音を発しているのかが分からない。
これまでルネが見て来たどんな魔族にも見られなかった種だ。
「コレを回収しに来たのは半分で、もう半分は観察するためです」
「観察?」
「いやはや……興味深いものが見れました。よりにもよって連邦の勇者に攻撃をしかけるという、この女が仕出かした行為はおろかなものでしたが、私の憶測に確かな裏付けをしてくれた。古き神々が残した魔法の不完全さと、その不可解さを理解するための」
「憶測? 魔法? 何を言っているのです」
「いえいえ、こっちの話です。お気になさらず」
と、彼はほんの一瞬だけルネを見ていた。
人形のように開かれて固定されたままの目で、全てを見据えんばかりにだ。
ぞっと血の気が引いて、冷え汗が流れるのをルネは感じた。
「ともあれ」
が、それも一瞬のことだった。
「ここで我々は引かせて頂きます。かくして貴方達は聖遺物を、かくして我々は情報を……両者両得ということで、もう十分だとは思いませんか?」
転移魔法を展開し、宙の渦の中に抱えたアスタロトを投げ込む。
そして自らもそこに足をかけ、離脱しようとしていた。
「逃がすとお思いですか?」
即座にリジーが言う。
「逆に申し上げましょう。ここで戦闘を続けるのが得策ですか? それだけの怪我人を抱え、貴方自身もボロボロの状況で?」
男が言い返す。
リジーは苦虫を潰したかのように顔を歪める。
「ご理解のある御方で結構。それではまた、何処かでお会いしましょう」
転移魔法の渦に飲まれる寸前、彼は眼前のリジーや横たわるステラではなく、ルネを見ていた。
「――勇者よ」
その一言が、しばらく耳をついて離れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます