オーバードライブ2


「どうだガトー? 乗ってくれないか? 意識のない人間を運ぶだけで、お前の逃走を約束してやるんだが?」


「…………」


 が、ガトーまで動かせるかどうかは分からなかった。

 そもそも人に顎で使われることを嫌う性格だ。素直に受け取ってくれるかどうかは、半々と言ったところであり――


「聞けぬ願いだな。何故に我が、ニンゲンなんぞの面倒を見なければならん」


 その半々に負けてしまったと、ルネは心の中で舌打ちをする。


「……お前にとっても悪い話じゃないと思うんだけど? 僕がアスタロトを倒して、お前は自由になれるんだからさ?」


「悪い話だ。幾ら落ちぶれようとも、貴様の小間使いに身をやつすつもりはない」


「いや身をやつすって……そういう話じゃなくて、飽くまで交換条件であってだな?」


「くどい。そんな話を我は聞かぬぞ」


「ああ、もうっ……!」


 とんだ頑固者だとルネは思った。

 というか苛々させられる。なんだってこいつはもう、頭は回るし和解も出来そうなのに、どうして昔っから人の話を分かってくれないんだろうと。


「ルネよ――貴様が我に頼むことはそうではないだろう?」


「え?」


 が、続く言葉だった。

 そんな不満は的外れだったと思い知らされる。


「真に合理的であるなら答えは一つだ。一人より二人の方が可能性は高い。我に深々と頭を垂れ、恭しく協力を申し出て、共にあの女を倒すことではないのか?」


「え……え!?」


 言っている意味がルネには理解出来ない。

 いや、厳密にいうと理解は出来ている。ただ頭の中で処理が出来ないのだ。


「で、でも……お、おまえ、さっきまではどうでもでもいいって!?」


「ああどうでもいい。『信条的』にはな。しかし個人的な恨みはその限りではない」


「――――」


「くっくっくっ……」


 なんだそりゃ、とルネは頭が真っ白になる。

 しかしそんな無茶苦茶な暴論を掲げつつも、ガトーの表情は酷く愉しげに歪んで、



「あぁいいぞ!! それでこそ覇道だ!!」


 そして次の瞬間――弾けた。



「くだらぬ自己犠牲ではない!! 全を得る為に一を切り捨てることを由とせず、脅威をねじ伏せてまで一までをも自分のものにしようとする傲慢!! 果てなき欲望と生きようとする意志!! それでこそ生物としての本懐であり、我が終生の宿敵に相応しい!!」


「この世は地獄か!? 否!! 平原サバンナである!! 我等は我等が思うがままの正義を振舞い、突き詰めれば勝つか負けるかの道理を定め、子をなし、未来を紡いでゆくだろう!!」


「我は淘汰の伝道者――ガトーである!!」


「魔族としてこの世に生を受けたが、魔族を至高とは捉えておらぬ!!」


「貴様か、我か、はたまた彼奴等か!? いずれがこの世界にとっての正しいのかを、これより証明しようではないか!!」



 そんな宣言に、今度はルネが呆気に取られる番だった。

「ええ……急にこいつどうしちゃったの?」という困惑が大半である。あとニヤニヤというか、ドヤっとしている横顔にちょっとだけイラっとさせられたり。


「…………それで?」


 だからルネは心なしか呆れっぽく、低めの声で言った。


「要は僕に協力してくれるってことだよな? さっきまで長々と講釈してた思想とは関係なしに、個人的にムカついてたからって」


「……口惜しいことにな」


 何が口惜しいだ。その通りですって分かりやすく言えと思う。

 しかしまぁなんだ……理由がなんであれ手を貸してくれるっていうなら……。


「同感だよ。不本意極まりないけど、あいつを倒す為に手を貸せ」


 と、ルネは言った。

 さっきまでの緊張感が嘘のようで、肩を竦めてみせる余裕さえあった。


「この我に向かって貸せだと?」


 それに対してガトーは口を尖らせる。


「笑わせる。貴様が我に手を貸すのだ」


「どっちでもいいよ。そんなつまんないことにこだわってないで、お前は足手まといにならないんだよな? ペット扱いされてたけど?」


「ふんっ! 我を誰と心得る? あれは単に奴等の技術を盗む為に、わざとそういうフリをしていただけのことよ」


「その割にはかなりマジくさかったけどな……」


「っ……! そういう貴様こそ、女子の背にビクビクと隠れていた分際で!!」


「ああん!? 隠れてないし!? 全然怖くなかったし!? その気になれば盾になる気満々だったけど!? 犬扱いのお前とは違って!?」


「よく言うわ!! ごしゅじ……アスタロトの阿呆が牙を剥いた時に、隅っこで隠れていたクセして!!」


「お前こそ犬根性抜けきってねーじゃねーか!!」


 本当にさっきまでの空気は何処へやらだ。

 互いの失態を指摘し合う姿は、どちらも平等に情けなかった。


「そもそも信条よりも個人的な恨みってなんだよ!? さっきまでは大層なことを抜かしておきながら、要は犬扱いにむかついたから殴り倒しますって、自称伝道者とやらが聞いて呆れるっつーの!!」


「戯けが!! それは貴様がまた自分に酔いたいだけのクッソ情けない自殺行為をしようとしたから言ってみただけのことで、この我がムカツクなどという感情のみで動くわけがなかろう!!」


「酔ってねーよ!! むしろ自分に酔ってんのはお前の方だろうがタコ!! 400年前から何一つ成長せずに!!」


「おーおー!! 事情も知らずに良く口が回ることだ!! どうせ貴様のミニマムおつむでは知らんのだろうな!? 彼奴きゃつ等すちーむえんぱいあとやらの残党が、どうして貴様等の遺産を、聖遺物とやらを回収してるのか貴様は知っておるのか!?」


「知らねーよ!! おおかた金の為じゃねーのか!? 聖遺物って高く売れるらしいし!!」


「もっと馬鹿馬鹿しい理由だ! 聞いて呆れるどころか笑いそうになった!! あんな病的なまでに臆病で、致命的な阿呆共がこの世界の支配者になれるものか! いずれ疑心暗鬼に陥って瓦解するに決まっておる!!」


「臆病!? 阿呆!? あいつ等がか!?」


「貴様も聞いて驚け! 奴等はよりにもよってだな――」


 が、何時までも子供じみた喧嘩はしていられなかった。

 ズドンと大きな炸裂音に部屋が揺れ、パラパラと頭上から破片が振って落ちる。

 

 ステラが今も戦っているのだ。

 あれだけの軍勢を前に、たった一人で果敢に。


「お喋りはここまでだ!!」


 故にルネはすぐに切り替える。 


「そんなことより分かってるな!? 僕は全力を出す! 追いつけないなら置いて行くぞ!?」


 彼女が倒れるよりも早くに『魔法』を使って、加勢へと赴く必要があったから。


「愚問である!! そう言う貴様こそアレを扱えるのだろうな!?」


 返すガトーの発言でルネは理解する。

 というより、薄々は分かっていたことでもあった。自分でも可能だったなら、同等以上の実力と適性を持っていたガトーもまたそうであると。


「――秒で片付けるぞ」


「――ああ。コンマでな」


 そして言い争いを止めた彼等は、魔法に集中し始める。


「天におわすは慈愛ある我等が創造主。どうか先の見えぬ孤独な道を、天上よりもたらす貴方のご加護によって照らされんこと……」

 

「暗雲が天を埋め尽くし、その唸りが静寂を切り裂く。かの闇に轟くのは天空より舞い降りし光の槍か? 否、世界をより深淵へと沈める漆黒の王の咆哮である……」


 二人が詠唱を進めるにつれ、周囲にバチバチとした破裂音が流れ出す。

 白と黒の二対の電流だ。それらは彼等の周囲に弾け、瞬き、渦巻いている。

 

「故にここに光を!! 哀れな子羊に平等な光を!! 忠実なる尖兵として、女神イリスの名の下に命ずる!!」


「故に畏れ、称えよ! 我こそは真理の代弁者! 調停者の名を持ってしてここに淘汰の雷を下そう!!」


 かつては何度も口にした呪文を唱えつつ、かつてはぞっとした呪文を傍で耳にしつつ、ルネは思う。

 現代人の蒸気魔法に対してだ。インフレとか魔力量とかの所為じゃない。どれだけ練習しても、懇切丁寧に教えられても会得出来なかったが――それは致し方のないことだったと。


 なにせルネ自身がその概念をよく分かっていないのだ。

 だから熱を攻撃に転じる烈砕バーストも、機関車のように加速する噴速アクセレーションも、蒸気で敵の攻撃を軽減する蒸壁レジストも、煙で自らをぼやけさせる煙散ダッジも、体温調整をする為の排熱エジェクションも、どれだけ言葉で説明されても身には伴わない。


 それは幼い頃から蒸気機関と触れ合ってきたから分かるもので、そのギャップは400年前の人間には如何ともしがたい。

 故に『現時点で蒸気魔法を身に着けることは不可能』というのが、散々練習してみたルネの答えだった。


 ならばこの場においてもどうしようもないのか?


 否――ステラが使っていた魔法の中で一つだけあったのだ。


 それは蒸気魔法の過程によって生み出されたものであったが、その実態は自らの身体を熱機関に見立てて出力を上げるという、必ずしも蒸気魔法である必要がないものが、一つだけ。


「「はあああああああああああ!!」」

 

 全身に雷を纏わせながら思う。

 それは機関であるのだと。動力を奮わせているのだと。

 今のこの世界は熱機関によって動いている。だからこそもっとも強い力として蒸気が選ばれた。


 しかし別の選択はどうであろうか?

 ひょっとすると蒸気以外にも、別のナニカが動力となった歴史のIFがあるのではないか?

 その仮説を前提として、自分達が導き出せるものは――



「「出力全開オーバードライブ!!」」


 以上が、彼等の結論であった。



 勇者と魔王。

 彼等は現代で試行錯誤を重ねた挙句、奇しくも同じ答えを出していたのだ。


 この世界を支配している『蒸気』ではなく――彼等が最も得手としていた『電気』を持ってして。

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