ゲルシリード山脈3


「だ、大丈夫……! 傷は浅いから」


 まったく予期せぬ遠くからの狙撃だったのだろうが、彼女はすぐに立ち上がって見せた。

 被弾は肩。彼女の実力もあってか、出血もほどほどで、深く肉は抉っていないようだった。


「そ、それより、この位置はマズイ!!」


 それからステラは撃たれた右側とは別の腕で、縛られた盗掘犯達を持ち上げる。


「何処からも狙いたい放題だ!! せ、せめて……っ、安全な場所で戦おう!!」


 そう言った瞬間だ。

 朽ちて吹きさらしになった壁の向こうから、ズガガガッと矢継ぎ早に弾丸が放たれる。

 

「くっ!!」


 一斉放火を受けた床石が蜂の巣のような跡を残す。

 ステラの跳躍が数コンマ遅れていれば、見るも無残に貫かれていたことだろう。


「撤退しましょう!!」


 そうして三人は外に向かって駆け出した。

 リジーは先陣を切りながら、後ろの二人に向かって言う。 


「遠方から狙撃されてるなら分が悪すぎます!!」


「ボクなら大丈夫だから!! それよりもソウピア様の――」


「言ってる場合ですか!! 怪我をしてるばかりか、余計なお荷物まで抱えているというのに!!」


「っ!!」


 隣で走るステラが顔をしかめる。それは肩の痛みなのか、それとも背に抱える商人を考えてのことなのかは分からない。

 いずれにせよ戦える状況ではなかった。ヴァスキもさっきの銃撃で目を回しており、脱力した大人二人を抱えているとなれば。


「うん……撤退しよう」


「分かってくれればいいんです! ルネさんは私が抱えますから、全速力で下山しましょう!!」


「え!?」


 と、不意にルネの身体が地面から離れる。

 お姫さま抱っこである。足と背中をすくわれ、ひょいとリジーに抱え上げられた。


「いやいや!! 僕は走れるから!!」


「その欠伸が出そうな足を待ってられますか!! 不本意ながら!! ほんとーっに不本意ではありますが、私が運んでやりますよ!!」


「そんな嫌そうな顔をしてまで運ばなくてもいいよ!! や、本当に大丈夫だから!! 前はぼかしちゃったけど、実はただ走るだけなら君達にも負けないくらいで」


「寝言は寝てから言ってください!! それより山道を駆け下りますので、舌を噛まないようにだけ――」


 恥ずかしいルネが反論しつつ、リジーがそれを一蹴しつつ。

 矢のような速度で建物の外へと飛び出したかと思いきや――


「…………え?」


 間の抜けた声は、吹雪の中でもよく耳に通った。

 それはリジーが吐いたのか、ルネの喉を通ったのか、或いは両方であったのかもしれない。


 何せ城壁には無数の魔族が並び立ち――その手に銃を持って――彼女達を待ち構えていたのだから。


「ステラさん!! 来てはいけません!!」


 すぐさま振り返ったリジーは口で警告しつつ、迷いもなく元来た階段に向かってルネを投げた。

 咄嗟のことで力加減が出来ていなかったのか、ルネは段差に強く身体を打ち付けられる。

 普通に痛い。もうちょっと優しくしてほしいと、涙目でルネは文句を言おうとして――


 ――プシュン!


 なにか、空気の抜けたような音がした。


「――蒸気相殺砲スチームランチャー


 と、次の瞬間だった。

 円錐状の何かが降って来たかと思いきや、リジーの立っていた場所にズガンと爆ぜたのは。

 その轟音は彼女の爆炎魔法に勝るとも劣らない。もくもくと煙が上がる中、さっきまで見えていた筈の彼女の背中が見えなかった。


「リ、リジー!!」


 ステラが背に抱えた二人を投げ出して駆け出す。

 ルネもまた這うようにして、その後を追う。

  

「リジー!! ねぇリジーってば!! 返事をして!?」


 壁際にまで吹き飛ばされたリジーは、四肢をだらりと投げ出していた。

 あれだけの爆発を直撃したのだから無理もない。むしろ息があること自体が奇跡というか、現代の勇者パーティ様々だろうと、むしろ感心するくらいだった。


「ふふっ――こうまで予想通りに動いてくれると、笑えちゃうわね」


 が、ほっとのするのも柄の間だ。

 かくしてルネとステラは敵の矢先に立っている。そうするように誘導した女は、くすくすとした笑みを殺しきれずにいる。


「ソウピアの聖遺物を餌にすれば、必ず貴方は来てくれると思った。罠の可能性と天秤にかけても、最期には引っかかってくれるって」


 チャリっとした金属音が鳴った。長い爪の付け根から吊るされている。

 ルネはソフィのペンダントだと一目見て分かった。トップが楕円形のプレートで、その表面には見覚えのある宝石が埋め込まれている。


「これで連邦の勇者パーティは一網打尽。大魔王様も私を褒めてくれることでしょうね?」


「…………アスタロト」


 キッとステラは軍勢の中心に立つその女を――アスタロトを睨みつけて言った。


「あらこわぁい。そんな親の仇を見るように私のことを見て……そうまで恨まれてるって思うと、ぞくぞくとしちゃうじゃない?」


 そこにアスタロトは恍惚するように身体を震わせる。


「……卑怯だよ。チャーリーのことでも、今回のこととでも、君の相手はボクじゃなかったの?」


「ええそうね。私は貴方を脅威に感じてるし、この手で狩りたいと思ってる。でもその為の手段とか過程は重要じゃないのよ。最終的に私の手で、貴方の首を取れるなら何だって」


「理解出来ないな。無関係な人まで巻き込んで」


「ふふっ……勝つっていう価値観が違うだけよ。むしろ貴方のそれは幼稚って言うべきでしょうね? だって勇者と魔王の争いってそういうものでしょ?」


「大勇者様はそんなことはしない!!」


「まぁなんだっていいわ。どれだけ貴方が宣ったところで、結果はもう決まってるんだし」


「っ!?」


 カチャリと、四方八方から機械音が聞こえた。

 ゴブリンが、リザードマンが、オークが……寄せ集められた魔族が銃を構えている。

 組めば不利な接近戦を避け、とことんまでに圧殺しようという意思が感じられた。


「さあ!! 勇者を撃ち殺しなさい!!」


出力全開オーバードライヴ!!」

 

 が、黙ってやられるステラでもなかった。

 大きく息を吸って全力を解放した彼女は、目にも止まらぬ速さで剣を動かし、向かってくる弾丸の全てを弾き飛ばす。


「ルネくん!!」


 躱せばいいものを、敢えてそうしたのは背後に庇護対象がいるからだ。

 ステラはルネの首根っこを掴んでは、ぶんと腕を振り回した。


「ぐあっ!?」


 そうしてルネは再び建物の中の階段を転げ落ちる。

 柔らかい障害物がなければ途中で止まられなかっただろう。下敷きにされたヴァスキが「ごふっ」と苦しげな息を吐いていた。


「ス、ステ――」


「ルネくん! 受け止めて!!」


 と、意図を問う暇もない。

 続けてステラは自らの身体で入口を塞ぐと、その手に持ったリジーをルネに向かって投げた。


「うっ!!」


 咄嗟のことであったが、ルネはかろうじて受け止められた。

 リジーは完全に気を失っており、煤だらけの目は閉ざされたままだった。


「ここはボクがどうにかする!! キミ達は先に安全な場所まで行ってくれ!!」


「で、でも!!」


 無茶だとルネは思う。

 ステラの強さは知っているが、あれだけの数に囲まれており、さらにはアスタロトも控えている。


「大丈夫」


 それでもステラは声一つ震わせずに言う。


「キミ達は死なないし、ボクだって死なない」

 

「駄目だステラ!! そんなことは聞けない!!」


「いいや、キミが心配する必要なんてない!! ボクには予感がするんだ!!」


「予感!? 予感ってなんのこと!?」


 絶体絶命だというのに、その背中があまりに落ちついている所為で。

 決死にも関わらず、その横顔が不敵に笑っている所為で。

 ルネは何も言えない。伸ばそうとした手が止まってしまう。ここに負傷者を留めたまま加勢することが、却って邪魔になってしまうのではないかと。


「勇者の勘ってやつさ。ここにいる誰一人として死なないって、ボクのガットが訴えてる」


 そして荒唐無稽な根拠を、彼女は絶対的なものであるかのように口にする。


「それに今回の作戦はボクが原因だ。せめて後始末くらいはさせくれなきゃあ、恥ずかしくって夜も眠れないよ」


「…………すぐに応援に行くから」


「うん、期待して待ってるよ。その頃にはボクが全員倒しちゃってるかもだけど」


「っ……!」


 ルネは背にリジーを抱え、残る二人は繋げた腰にロープを捲いて引き摺った。

 地面をズルズルと擦るのは少々気の毒に思えたが、元はと言えばブラックマーケットの商人だ。それに三人を抱えるルネはもっと辛くて、この極寒の中でも汗をダラダラと流し、全身の筋肉が悲鳴を訴えるほどの重さに苛まれた。


 そう思うと――やっぱりステラは凄いと思う。

 大人二人を抱えて、あれだけ軽々と動けるのだ。ちょっとは追い付けたつもりでも、まだまだ腕力面では確固たる差が開いている。

 強く、優しく、美しくと、かつてルネのイメージしていた勇者像とも噛み合っている。


(だから彼女は死んじゃいけない!! 残りカスみたいな僕の為に、彼女の光を消すわけにはいかない!!)


 故にステラを死なせるわけにはいかないとルネは思った。

 彼女は自らの責任と言っていたが、元はと言えばそれをけしかけたのは自分であると。


(僕は手柄を焦っていた!! こんなんじゃあチャーリーのことを悪く言えない!!)


 ルネは息を切らしながら自分を責める。


(とんだ思い上がりだ!! なにが役に立ってから死ぬべきだ!? 自分を知れ!! むしろ足を引っ張ってるじゃないか!!)


 胸に巻いたロープの圧迫感も、背から伝わるリジーの重みも、ルネの罪悪感を代弁するかのようだった。


 だからこそ耐えられた。足を止めず、四方がちゃんと壁に囲まれた小部屋にまで逃げ込めた。

 元は兵士用の宿舎だったのだろうか? ルネは背中のリジーをベッドに降ろし、残る二人は床に寝かせる。申し訳ないが部屋にベッドは一つしかなかった。


「ステラ……ステラを、助けに行かなきゃ」


 ぜぇぜぇと肩を息をしながら、それでもルネは扉に手をかける。

 せめて弾避けくらいにはなれるだろうと思いつつ。


「なっ!?」


「き、貴様はっ!!」


 と、廊下に出てすぐだった。

 戦力の全てがステラに向けられていた訳ではないらしく、巡回していた一人の魔族と鉢合わせたのは。


 しかしルネが唖然とした原因はそれだけではない。


「ガ、ガトー……?」


「勇者、ルネ……」


 なにせ、それはかつての宿敵ガトーであったのだから。

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