ゲルシリード山脈2
「リジー、ルネくん」
やがて繋がれていた紐が緩む。
先頭のステラが足を止めていたのだ。
「二体……でいいよね?」
「ええ。二体で間違いありません」
頷き合う二人に、ルネも必死に目を凝らす。
古い高台の残骸。そこに魔物が待ち構えていると。
「どうしようか?」
ステラがザイルを解きながら言う。
「増援が来るかもだし、正面突破は止めた方がいいんだよね?」
「はい。ですからここはバレないように行きましょう」
もうザイルは必要ないと、リジーもまた紐を投げ捨てる。
その代わりに取り出したのは細長い筒だった。ルネにとっては禍々しい、かつての痛みを思い出しそうな。
「麻酔弾です」
そんなルネを慮ったかのように、リジーはそう言いつつ弾丸を装填する。
しかし見た目は同じだ。違いがちっとも分からない。ルネにとって、この現代における――銃という武器に関しては。
「消音器はついてるよね? どっちを狙えばいい?」
その一丁を受け取ったステラは、片目をギュっと瞑る。
「どちらでも大丈夫です。私がフォローしますから」
そしてもう一丁を手にしたリジーも同じだった。銃に取り付けられた丸いレンズを覗き込んでいる。
果たしてそれは何の儀式か? ルネからするとチンプンカンプンな儀式は、そよ風にも消えそうなくらいのパスンと、小さな音によって答えをもたらされる。
「「GYA!?」」
すかさず短い悲鳴と、ドサっと雪に埋もれる音。
十数メートルは離れていた対象が同時にだ。一流の狩人さながらのスナイプを容易に成し遂げていた。
「ターゲット、ダウンですね」
「ふー……上手く当たって良かったよ」
「ですが風の影響が強かった。グラディアのようにはいかないものですね」
「まぁそこは結果オーライだよ。ボク等のは付け焼刃だし、本職の
しかし彼女達は納得がいっていないようだった。
ルネからすると完璧に命中していたようにしか見えなかったのだが。
「ルネさん」
と、現代の奇襲に唖然とするルネに、リジーから一丁の銃を差し出される。
「こ、これは?」
「護身用です。複雑な操作は必要なく、引き金を引くだけで弾丸が放たれます」
それは彼女達が扱っていたライフルではなく、銃身が短く片手に収まる、ハンドガンと呼ばれるものであった。
「二発入っています。私達ではカバー出来ず、敵が前に立った時は、迷わず引き金を引いてください」
「っ……!?」
「スチームエンパイアの魔族相手には心許ないでしょうけど、それでもルネさんの貧弱な魔法よりかは、ずっと力になる筈ですから」
途端、ズシリとした重量をルネは感じる。
何気なく言っているが、それはすなわち『400年前の魔法よりも強い力が込められている』ということだ。
特別な技術なんてものは必要とせず、たった人差し指を動かすだけで……と、使用にも製造にも認可を必要としている理由が理解出来た。
「こっちは実弾ですので、十分に気をつけて扱ってください。出来るだけそうしないようにしますから」
「うん……分かった」
ルネはおそるおそるズボンのポケットに入れて、頷き返した。
間違って暴発しないようにと、差し込み方を調整しながら。
「リジー、あれ」
と、そこでステラが上空を指さす。
「ひょっとして、あれって」
この吹雪の中を一羽の鳥が飛んでいた。
それに動きも妙であり、明らかに風に逆らうように進んでいる。
「監視用……じゃない? 連絡用のオートマタ?」
やがて鳥は彼女達を捉えると、重心を傾けて滑空してくる。
ルネは早速銃を手に取ろうとして、ステラの腕に遮られる。
「これは」
鳥はリジーの目の前で止まった。
近く見ると機械仕掛けだった。鉄で出来た爪には丸めたパンチカードが握られている。
「…………エドからの伝書鳩です。近くで待機しているから落ち合おうと」
「え、ほんと!?」
読み取り機がなくともリジーには分かるらしい。
目で穴ぼこを解読すると、ステラが声を弾ませる。
「エドとレイもいてくれるなら百人力だよ! 四人で戦えるならどんな相手が来たってね!!」
山に来る前から緊張気味だった顔が弛緩しきっていた。
エドとレイとやらは、それだけ頼りになる仲間なんだろう。しれっと戦力の頭数から自分を除いていることに、ルネはほんのりと侘しさを感じつつも。
「ですがどうして私達がこの山にいることを? ロクに返事も出来なかったのに」
「きっとボク達なら取りに行くって察して、先回りしてくれたんだよ!!」
「それに私達の位置も把握してるようですし」
「それも『上から』見つけてくれたんだって!! 二人にはそれが出来るから!!」
「それは……まぁ、はい」
「迷うことなんてないよ!! 二人で戦うより四人で戦った方が、確実に取り戻せるから!!」
ソウピア(ソフィ)のペンダントを取り戻せる算段が強まって、興奮しているのかもしれない。
だからリジーは勢いに押されるがままに頷く。
ルネも言っていることは分からないが――第六感的な違和感に包まれつつも――『現代人が言ってるのだから、そういうものなんだろう』と口を挟まなかった。
「ランデブーポイントは西に三百メートル。あの城塞の中です」
荒れ狂う雪嵐の合間を縫って、そこにポツンと建った残骸が見えた。
それは世界が分断していた時代に敵を警戒する為か、或いはそれ以降にあった魔王軍残党との争いにおいて建てられたものか。
いずれにしてもルネの記憶にないことから、恐らくは400年前から後に建築されたものだと思う。
「中は原型を保っていますが、足元にはお気を付けください」
そうして入った屋内も頑丈に作られているようで、見てくれはボロボロでありながら、柱や地面はしっかりとしていた。
故に外の雪はここまでは降り注がない。リジーもステラも外套を脱いだから、ルネもまたモコモコの上着を外して身軽になる。
「この階段を下りた先だよね?」
「はい。付近十数メートルに気配は……二人だけです」
「エドとレイだね?」
と、彼女達の魔法が探知しているのだろう。
周囲は朽ちた城壁に遮られていて、ルネからすればどんどんと地下に向かっていて、見渡しという点では警戒するべきだろうが、彼女達の感覚を疑うことはない。
なにせ現代の
そんな魔法を扱える彼女達が断言するから、そうなのだとルネは思う。
「この先です」
だがしかし――ルネは知らなかった。
飽くまで生物の熱源を察知するだけの魔法であって、自信満々に言う彼女達でさえ、その輪郭までは正しく捉えられていないと。
「エドワー……え?」
故に石扉を開いた瞬間、彼女達は絶句した。
確かにそこには二人がいた。床に突き刺した木の棒に括られて、じたばたと動いている男が。
「だ、誰ですか!?」
続くリジーの声にルネも理解する。
彼女達が探し求めていたエドとレイではないと。
「貴方は、確かブラックマーケットで見かけた……?」
「き、キミ達は!? なんだってこんなところにいるんだ!?」
そんなリジーを尻目に、ステラは駆け寄って、窒息しそうなくらいに縛られていた猿轡を解き放つ。
「っ……た、助けてくれ」
ぷはっと息を吸う男が言う。
付けたサングラス越しでも分かるくらい、その顔は真っ青に染まっている。
「か、金に釣られて、魔族なんかに従った俺が悪かったんだ……!」
「魔族? 一体何があったんだ?」
それはブラックマーケットにいた商人だった。確かヴィスキーという名前だったとルネは思い出す。
一緒に縛られている巨漢は彼の仲間なのか、今は気を失っているようでグッタリとしている。
「た、頼む!! 俺をここから連れ出してくれ!! 死にたくない!!」
「落ち着いて!! ボクが来たからにはもう大丈夫だ!! どうか落ち着いて、一つ一つ話してくれ!!」
「落ち着けるもんか!! 俺は餌にされたんだよ!!」
必死にステラが落ち着かせようとするも、ヴィスキーは却って興奮する。
「あのスチームエンパイアのイカレた女が、俺達がしくじったからって!!」
「ス、スチームエンパイアだって!?」
そんな風に言い争う最中だった。
『ピ!!』
もう一羽の機械鳥が飛び込んできたのは。
「え……また伝書鳩?」
リジーは狼狽えつつも、その鳥を掌に乗せる。
さっきとは違って見るからにボロボロで、中の歯車やゼンマイが露出していた。どれだけ飛行していたのか、雪が表面にこびり付いていて、到着するや否やぐったりと動かなくなってしまう。
そして持っている手紙も、さっきよりも遥かに長いパンチカードのようで――
「今すぐにここから離れてください!!」
「え――?」
「レイの伝書鳩が二体奪われたそうです!! 私達に連絡しようと飛ばしていた二体が!!」
「リ、リジー? どういうことなの!?」
「ですから!!」
興奮した様子でリジーは言った。
「さっきまでの伝書鳩は彼等が飛ばしたものではなく、私達は最初から――」
彼女以外の二人は状況が飲み込めず、未だに呆気に取られている。
そんな心の隙を突くかのように、
――ズガアアアアアアアン!!
「ぐぁっ!!」
「ス、ステラさん!!」
「ステラ!?」
一発の銃声と共に、ステラの身体が崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます