僕だけがどうして


「ようやくエド達と落ち合える算段がつきました」


 と、談話室でリジーが言葉を弾ませる。


「ほんとうに……ほんっとーにようやくです! あの燃費最悪のパワードスーツの部品交換が終わって、今は真っ直ぐにこちらへと向かってくれています」


「あはは……で、でも良かったじゃん? 久しぶりに声を聞いた感じでは元気そうだったし」


「は!? 当たり前でしょうが!! これだけ散々待たせておいて、被害者ぶった声なんかされたら、むしろ私がキレてますよ!!」


「もうキレてるような気がするけどね……」


 と、ステラは苦笑いで言った。

 その日のミーティングは、二人がトレジャーハンター協会へと赴いた結果報告だった。

 どうやらエドという仲間と再び連絡が取れたらしい。落ち合う予定も立って、ようやく旅が再開されるのかと、ルネはこっそり心を躍らせるが――


「ですが、まだ完璧に修理出来たわけではないそうです」


 そんな希望はすぐに打ち砕かれる。


「一旦このブラドルニアで落ち合ってから、しばらくはメンテナンスで時間を取られることでしょう」


 リジーはガリガリと頭を掻きながら言う。


「そ、それってどれくらい?」


 そこでミーティングが始まって以降、ルネは初めて口を挟む。


「二週間……いや一月もあり得るかもですね。何せあのスーツと来たら最悪ですから」


 リジーの苦言にルネは絶句した。

 つまりはあと……最悪もう一月はこの街にいなければならないのだと知って。


「ですが一方で妙な報告もありました。ゲルシリード山脈で魔族が徒党を組んでいたと」


「うん、気になるよね。だってゲルシリード山脈は国を跨いで、数千キロ先のアルジープから、このブラドルニアまですっと続いてる。警戒するに越したことはない」


「ええ。ステラさんがそう言うことはエドも見越しています。ですから観察も含めて、予定よりもう何日かは遅れることでしょう」


「……ごめんねリジー? トレジャーハンターの仕事でもないのに、ボクの我儘に付き合わせる形になっちゃって」


「今更ですよ。エドとレイもそんなことは分かってるから、自ら観察を買って出たんです。それにステラさんの人助けもまったく無意味じゃありません。トレジャーハンターの社会的意義を世間に知らしめることが出来れば、あのケチな上層部も私達に予算を与えざるを得ないというもので――」


 なんて、さくさくと会議は進むものの、ルネには右から左だった。

 まるで寝起き直後であるかのように席を立っては、ふらふらと覚束ない足取りで歩き出す。


「え、ちょっとルネくん?」


「ごめんステラ。ちょっとお腹が痛いから席を外すよ」


 言って、ルネは談話室を後にする。

 そうして廊下で歩いている内に、彼は何度も身体を打ち付けた。

 精神的ショックもそうだが、そもそもここ数日の間、彼はまともに眠れていないのだ。

 ベッドに入る度にあの夢を見てしまう。かつての仲間が自分を責め立てる夢だ。

 

 それは――この何処までも懐かしい環境が関係しているとルネは思う。

 前々から昔の夢はよく見ていた。しかし最近は輪にかけて酷い。毎日のように悪夢に苛まれ、日に二時間は眠れたら良いくらいだった。


「違う……違う……」


 それでも彼は頭を抱え、首を振って否定する。

 この聖護院の所為じゃない。飽くまで自分の所為なのだと。


 ここの子供達は良い子だ。

 ちょっとヤンチャだけど、ステラによく似て素直だ。本当に悪いことは言えば分かってくれる。


 ここのシスターもそうだ。

 彼女達は子供の成長をただただ見守っている。時にキツイ言葉も吐くけれど、それは子供の将来を心配してのものであり、決して憎んでいるわけではない。


 そしてステラとリジーは……言うまでもない。

 彼女達の善性はもう分かり切っている。それぞれクセはあるけれど、その心は『勇者パーティ』と言っても見劣りしない、確かな優しさを秘めている。


「だったら――」


 だったらこの場において真に悪いのは誰か?

 そんな恵まれた環境を享受出来ないのは誰か?


「…………」


 そこまで考えて、ルネは呻くような独り言を止める。

 何処へともなく歩き出していた足は、礼拝堂へと辿り着いていた。

 本能が救いを求めていたのだろうか? ソウピアと、名前しか知らぬ神像の前でルネは跪く。


「僕は……生きていていいんですか?」


 周りを見て、誰もいないことを確認してから、絞り出すように言った。


「生きる価値があるんですか?」


 続く二の句は、先のものより重い。

 組んだ指先が皮膚に食い込むくらいに。


「僕は――僕だけが、どうして生きてるんですか?」


 それがルネの本音だった。

 ここ最近の夢だけではない。永遠だと思われていた封印が解かれ、400年後の今に産声を上げてからずっと、ずっと心の奥底で感じていた疑問だ。


「どうして、僕だけが残されたんですか?」


 その思いを強める要因となったのは、先日耳にしたラスターの顛末だ。

 フェイから聞かされた彼の最期は――これまでも本当は分かっていながら、信じたくなかった――倒錯していた歴史の真実をルネに思い知らせた。

 結局名前や細部が間違って伝わっただけで、全ては聞いた通りでしかなかったのだと。


「――ヴィル」


 最初はヴィルのことだ。ヴィルヘルム・L・カーディアとは、紛れもなくヴィルのことだった。

 女好きで陽気だった彼の最期は何だ? 革命軍を結成して、戦火の中討たれたと聞いた。どこぞの大馬鹿野郎の解釈違いで争ったが故に。


「――ブリジット先生」


 次に先生だ。魔導士ビディとはブリジット先生のことに違いない。

 彼女はどうなった? どういう最期を迎えた?

 宣言通りに虹の向こうへ消えたと聞いている。されど過程は自らの研究の為ではなく、どこぞの愚かものを探す為だと。


「――ラスター」


 ラスターに至ってはそのまんまだ。

 フェイが端的に最期を語ってくれた。

 一方的な口約束でしかなかった団体を本当に結成して、どこぞの無知な男に執着し続けていたのだと。


 そうやって――みんな命を落とした。

 みんな、みんな死んだ。 

 幸せになってほしかったのに。平和な世界で笑っていてほしかったのに。


 しかしそう願っていたルネに突き付けられた現実いまはどうか?

 誰も彼もが幸せだと言える結末には至っていない。結果として世界は分断して、いがみ合うことになって、この現代に至るまで多くの血が流れたことだろう。


「…………僕は」


 だからこそ、ここ最近になって一層、心が責め立てるのだ。

 自分のしてきたことには何一つ意味がなく、仲間達に苦しい思いをさせただけではないかと。


「ねえ……ソフィ?」


 ルネは今はいない幼馴染に問う。


「僕のこと、恨んでるよね?」


 誰も答えない。

 神像は当然のこと、心の声でさえも。


「君は『長い片思いだった』って口を尖らしてたけど、僕はずっと前から君のことが好きだったんだ。嘘じゃない。君と一緒になれるならどんなに幸せなんだろうって、何度も心の中で思いを巡らせてた。けれど君はずっと綺麗で、村でもみんなの人気者だったから、僕は尻込みしちゃっただけで」


 そうやって長年の誤解を解いて、心を交わして、将来を誓い合って――それでもルネは裏切った。

 魔王を道連れにして、この400年後にまでたどり着いた今がある。


「でも待ってて。そう遠くない内に、君に会いに行くから。そこでちゃんと謝るから」


 故にルネはこの現代において、ようやく自分が成すべきことを知った。

 今度こそ意味のある死を選び、向こうで仲間達に詫びを入れようと。

 

 その為には冒険が必要だ。現代の勇者であるステラの役に立たなければならない。

 院のお手伝い程度では不十分。この暖かいだけの場所に何時までも浸かっているわけにはいかない。

 現代への貢献が、活躍がとにかく必要なのだ。馬車馬のように働き続け、一心不乱に献身を続けて、最期にはボロボロになって独り地に還る――そういう最期ビジョンをルネは望んでいる。


「あと……最低でも二週間」


 しかし現実はそうもいかず――談話室での会話が思い起こされる。

 だからこそ燻る。一刻も早くに死地へと赴きたい気持ちが燻ってしまう。


「大丈夫……もう少しの辛抱だ……」

 

 ルネは祈るのを止めて立ち上がる。

 何時までも席を外していたらステラ達に心配されてしまう。これ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。


 ぱちんと顔を叩いて自分の表情を平静に形作る。

 そこに不自然さはない。ルネは騙されやすい純朴な男ではあったが、嘘をついたり、強がったりすることは苦手としていなかった。



 そうして普段通りに、怪しまれることなく一日が経って、二日が経って。

 子供達の世話をしながら三日が経って、四日が経って。

 リジーに小言を貰いながら、ステラに気を遣われながら、五日が経って、六日が経って。


「ステラさん、ルネさん。事態が急変しました」


 そうして七日が経った頃、意図せず彼の望みが訪れた。

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