繰り返される平穏


 院の生活は週に三回ほど、神様に祈る時間が設けられている。

 修道女によって運営されているからだろう。崇める対象はルネが良く知る女神イリス……ではないが、根本的な流れ自体は変わらない。

 シスターから説法を聞いたり、聖歌を合唱したり、神像の前で告白したりと言った具合だ。


 それは自由時間とは違って走り回る必要もなければ、勉強時間のように難しい質問をされることもない。

 大抵はじっと祈っているだけで終わってしまう、ゆったりとした時間である筈なのだが。


「あはははははは!!」


「ちょ、ちょっと走り回らないで!!」


「もう飽きたー! 早く外で遊びたーい!!」


「あとで遊んであげるから!! もうちょっとの我慢だから!!」


「うええええええええん!! またロジャーが意地悪するぅぅぅぅぅぅ!!」


「だあああああああ!! とにかく大人しくして!! レオナさん今にもブチぎれそうだから、ね!?」


 子供達がじっとしていられないのだ。

 そして今は困ったことに、ステラもリジーもブラドルニアのトレジャーハンター協会へと赴いている。


 であればルネ一人でエネルギッシュな子供達を止められるか? そんなことは言うまでもない。

 講壇に立ったレオナは青筋を立てていて、今にも爆発しそうである。どうすべきかとルネが右往左往する最中――


「おいお前等!! ちょっとは静かにしやがれ!!」


 と、予想外の方向から一喝が飛んだ。


「アニキが困ってんだろ!! これ以上騒ぐようなら俺が後でぶっ飛ばすからな!?」


「「「……っ!!」」」


 途端、嘘のようにシーンと静まり返る。

 声の大きさもさることながら、子供達の中でも比較的年長かつ、ガキ大将的な立ち位置が効いているのだろう。下手に大人が言うよりも遥かに効果覿面であった。


「あ、その……お祈りの時間は静かにね?」


 拍子抜けしたルネは、念の為に周りをぐるりと見渡しつつ、蛇足にすらならなっていない注意を囁く。

 そんな中、すっかり大人しくなった子供達の中から、一人だけ視線が合った。

 彼は親指を上げて得意げに笑っていた。「これでいいんだろ、アニキ?」と自らの成果を誇るかのように。


「あー……うん」


 そこにルネは頷き返し、口パクで「ありがとう」と返す。

 すると男の子――チャーリーはより一層嬉しそうに、ルネに小さく手を振り返した。



「おそうじきらーい」


「うえぇ……埃臭いよぉ」


「水がつめたーい。もうやだぁ」


 と、それは昼食を終えた後のこと。

 その時間は大人達だけでなく、子供達にも清掃が義務付けられている。

 大所帯で汚れやすいこともそうだが、何よりも片付けの習慣を身に着けさせる為だろう。そして院の敷地は相応に広く、数人単位の班に分かれて行っているのだが――


「すきあり!!」


「あまぁい!!」


「こらこらこらこら!!」


 隙あらば箒を逆さにして、チャンバラごっこを始める男の子達がいたり、


「はいおわりっ!」


「じゃあ遊びにいこっ!!」


「待て待て待て待て!!」


 軽く拭いただけで雑巾を投げ出し、早々に離脱しようとする女の子達がいたり、


「カブトムシみつけた!!」


「ひいいいいいいいいい!?」


「ちょっとちょっとちょっとちょっと!?」


 炊事場に潜んでいた黒光りするアレを掴んでは、見せびらかそうと追いかけ回す子供と、泣いて逃げ回る子供達で、掃除する前よりも散らかってしまう。


「ひぃ……ひぃ……!」


 ルネはその対応の全てに追われ、ほとほと参っていた。

 収拾がつかない。手が追いつかない。身体が足りない。

 たかが掃除にどうして肩で息をする必要があるのかと、慌ただしく院内を駆け回っていた。


「おまえらぁぁぁあああああああああ!!」


 と、そこにまたしても一喝が響き渡った。


「掃除くらいまともにやれねえのか!? てめえらは箒でちゃんと掃け!! そこの奴も適当に終わらせんな!! あと虫なんてとっとと潰すか外に投げるかしとけや!!」


 チャーリーだった。

 彼は瞬く間にチャンバラごっこを止めさせ、逃げ出そうとしていた子供を連れ戻し、アレを奪い取っては窓から外へとぶん投げる。


「真面目にやれ。いいな?」


「「「う、うん!!」」」


 すると子供達は一斉に頷き、テキパキと動き始めた。

 そんな様子にチャーリーはうんと頷くと、さっきまでのようにモップ掛けを再開する。

 そうしてルネとすれ違う間際、彼はルネに向かってパチッとウインクをしていた。



「ルネお兄ちゃんはあたし達とおままごとするのー!!」


「はぁ!? ルネはおれ達とボール遊びをするんだよ!!」


「じゅ、順番! 順番にするからね!?」


 ようやく自由時間になってもルネは困っていた。

 いつもはルネとステラで……そしてリジーが来てからは三分割されていた、パワフルな子供達の遊び相手を、今は一人で応対せざるを得ない。


「ボール遊びなんて男子だけでやってなさいよー!!」


「はぁ!? おままごとなんてダッセー遊びこそ、女子だけでやってろよ!!」


 などなど、玩具の取り合いが発生しているのだ。

 喋って動くタイプの、ルネという玩具を巡ってだ。

 

「ああもう喧嘩はやめなさい! 順番に遊んであげるからね? だから喧嘩はやめて――ってあだだだだだだ!?」


 そう、取り合いである。

 まるで一個しかない人形を取り合うかのように、ルネの両手を掴んで、こうっ、ぐぐぐーっと引っ張ってだ。


「「「ボール遊び!!」」」


「「「おままごと!!」」」


「いたいたいたいたいたい!! 千切れる!! 千切れるぅぅぅぅぅ!!」


 そして今は子供であろうと現代人であり、受け継がれた潜在的な能力は比べ物にならない。

 それが束になって両サイドから綱引きをすればどうなるか? ルネはガチで真っ二つにされそうになっていた。


「くおらあああああああああああ!!」


 と、再三助け船が入った。

 彼はそんな現代人の中でも特別優れた潜在能力を持ってして、あっという間にルネの拘束を引き剥がして見せた。


「アニキが困ってんだろうが!! 遊んで貰ってるんだから、ちゃんと礼儀を見せろや!!」


 やはりチャーリーだった。

 ルネを引っ張っていた子供達をギロリと睨みつけている。


「な、なによ、そんなにエラそうに……!」

 

「そ、そうだよ! ただルネお兄ちゃんと遊びたかっただけで、困らせてなんか……!!」


 しかし今回は思うところがあったのか、子供達も言い返す。

 彼等にとってすれば、じゃれ合いのつもりだったのだろう。


「あのな? ルネのアニキは記憶喪失なんだぞ?」


 と、チャーリーは睨みながら続ける。


「何処から来たのもかも分かってねえし、俺達と比べて身体だって丈夫じゃない。さっきお前等が引っ張って、アニキが痛そうにしてたのを見てなかったのか?」


「え……?」


「で、でもルネお兄ちゃんは」


「アニキは気を遣って言わなかったんだ。だったら後は分かるな? アニキに苦しい思いをさせたんだから、言うべきことは?」


「「ご、ごめんなさい!!」」


「そうだ!」


 しゅんと頭を下げる少年少女に、チャーリーは満足げに頷く。

 もっともルネからすれば「や……そこまではしなくていいんだけど?」といった具合であるのだが。


「こらああああああああ!!」


 そして更に、である。

 もう既に反省しきっているのに、更なる一括が追い打ちにかかる。


「貧弱なルネくんを玩具にするのはやめなさいって、前から言ってるでしょうがああああああああ!!」


「「「げぇ!? ステラお姉ちゃん!?」」」


 ステラである。

 トレジャーハンター協会からようやく帰って来たのだ。


「「「うわあああああああ!! ごめんなさあああああああああい!!」」」


 でも貧弱って言った?

 前から貧弱って子供達に教えてたの? ねぇステラ?


 そんなツッコミどころを抱えつつ、追いかけっこを始める彼女達をルネは見送る。

 脱落者は瞬く間であった。一人二人、三人四人と、たとえ彼等の足であろうとステラの追跡までは免れない。


「これでいいんだろ?」


 と、そんな追跡劇を尻目に、チャーリーが語り掛けてくる。


「ナマ言ってるガキ共は窘めたよ。なぁアニキ? 褒めてくれるか?」


「あ、うん……ありがとう、チャーリー」


「へへっ……!」


 少々アレな結果ではあったが、助けられたのは事実である。

 ルネがそのワインレッドヘアーを撫でると、彼は嬉し恥ずかしそうに鼻下を擦っていた。

 絶妙なクセっ気加減も相まって、まるで大型犬のようだと思った。

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