そんなことのために


「チャーリー! チャーリーってば!!」


「ステラさん!! 口と手足が縄で塞がれてます!!」


「ああ! 一体誰がこんなことを!!」


 と、ステラは簀巻き状態のまま、水に半分ほど沈められていたチャーリーの拘束を解く。

 よほど息苦しかったのだろう。ゴホゴホと堰を何度か繰り返し、それからステラとリジーを涙ながらに見上げては――


「に、逃げて」


 と、一言目にチャーリーはそう言った。


「逃げてって……」


「どうしたんですかチャーリー? 何があったんです?」


 当然二人は理解出来ない。

 警告よりも錯乱気味な彼の方が心配なのか、優しげな声で語り掛けつつ、怪我をしていないか確かめようとする。


「俺のことはいいから! ステラもリジーも早く!!」


「ちょ、ちょっとチャーリー落ち着いてよ? もう大丈夫だからね?」


「ええ。それより何があったのか話してください。大きく深呼吸をして落ち着いて」


「落ち着いてる場合じゃないんだよぉ!!」


 が、チャーリーはむしろ興奮するばかりだった。

 そんな奇妙な態度に――ルネはここにいる誰よりも先に察する。

 

 水中に妙な異物が見えたのだ。

 表面は硬質でウニのような形をしつつも、浮かぶでも沈むでもなく、丁度中間地点に留まっている。

 明らかに自然由来ではない動きだ。そしてさらに注意深く観察すると、チカチカと不自然な点滅を繰り返していることが分かる。


「ステラ!! リジー!! いますぐそこから離れて!!」


「ル、ルネくん!?」


「今すぐにチャーリーを連れて早く!!」


 そしてルネも叫んだ。

 さっきまでの違和感が繋がり、具体的なビジョンとなって脳裏に浮かんでいる。


「罠だ!! ここはもうすぐ――」


 が、遅すぎた。

 最後まで伝えるよりも先に――狭い下水道は爆炎に包まれた。


 ――ドオオオオオオオオオン!!


 高温、落石、粉塵。

 距離を取っていた分、かろうじて爆発はやり過ごせたが、ルネには何がどうなっているのか分からない。

 ただ気になるのは地響きだ。爆発が終わろうとも、何時まで経っても収まる気配がなかった。


「――ルネくん!!」


 と、そこで白煙の向こうからステラの声が聞こえた。


「受け取って!!」


「わっ!?」


 煙から飛び出してきたのはチャーリーであり、ルネはそれをかろうじて抱きかかえる。

 彼女達が身を挺して守ってくれたのか、煤で汚れてはいるが怪我は見られない。意識もちゃんとあるようで、涙目のままブルブルと震えていた。


「ふ、二人も早くこっちに――」


 だったら後は二人の安否だ。

 ルネはチャーリーをその場に降ろし、煙の向こうの彼女達を迎えに行こうとして―― 


 ――ピシッ……ピキピキピキピキピキ。


「え?」


 下から感じる異音に、ルネは足を止める。


 ――バキッ……バキバキバキッ。


 止まることのない異音にルネはまたしても察した。

 ここが限界を迎えようとしていることに。


「「こっちに来ないで!!」」


 そして最後に、ステラとリジーの叫びが聞こえたかと思いきやだった。


 ――ズガアアアアアアアアアアアン!! 


 ――ドドドドドドドドドドッ!!


 ――ザアアアアアアアアアァァァァァ!!


 気づけば、ルネの目の前にぽかんと大きな穴が開いていた。

 そして周囲の水が重力に導かれ、ざぁざぁとそこに流れ落ちていく。


「ス、ステラ……リジー……」


 底はどれだけ目を凝らしても見えない。

 海の上に浮かんでいるのであれば、この下は海水で、流されてしまったのだろうか? それとも何十メートルもの高さがあって、硬い地面に叩きつけられてしまったのか?


 こんな最期なんて信じたくなかった。

 自分より先に彼女達が、なんて。


『おおおおおおおおおおおおおい!』


「――――」


 が、結果としてそんな心配は秒で裏切られる。

 地下から轟く大声は耳を澄ましていたルネの鼓膜を貫き、キーンとさせるほどの威力を発していた。


『ルネくうううううううううん!! 聞こえてるうううううううううう!?』


「聞こえてる!! 聞こえてるからもうちょっと音量落として!! 僕の耳がイカれちゃうからさぁ!!」


 ズキズキとする耳を押さえつつ、ルネは姿の見えないステラに応答する。


「そっちは大丈夫なの!? リジーは!?」


『リジーも無事だよ!!』


『ルネさん如きに心配されるほどヤワじゃありませんが!!』


 と、元気そうなリジーの怒声も聞こえてきて、ルネはほっと胸を撫でおろす。


『とりあえずこっちは大丈夫だから!! ルネくんはチャーリーを連れて先に外に出て!! さっきの爆発で旧水道が崩れそうになってる!!』


 が、安心はほんの一時だった。

 ステラの言葉に周囲を窺うと、確かにその通りだと思った。

 小刻みな振動はなおも継続しており、あちこちから海水が噴き出し、天井からはパラパラと石片が零れ落ちてくる。

 この『旧水道』そのものが海に沈もうとしているのだ。


「分かった!! でもステラは!?」


 しかし、だからこそルネには気になることもあった。

 声を聞く限りでは元気そうだが、下の状況はどうなっているのだろうと。


「本当に大丈夫なんだよね!? 絶対に帰って来れるんだよね!?」


 言いつつ、ルネは近くの破片を穴に落とした。

 昔の冒険で学んだ技術だ。そこから地面に着くまでの距離を計測する。


『…………大丈夫だよ! すぐに追いついてみせるから!!』 


 ステラの声に混じって、カツンと地面を打つ音は――酷く遠かった。

 幾らフィジカルお化けの彼女達とは言え、ここまで跳躍出来るものだろうか?


『ルネさん!! 雑談はその辺りにして、さっさと行ってください!!』


 そして捲し立てるようにリジーが続ける。


『ここにいられたところで足手まといです!! 貴方達がいられたら、私達が思うように魔法を使えないんですよ!!』


『そ、そう!! そうなんだ!! ボク達が全力を出しちゃうと、ルネくんも巻き添えにしちゃうから!!』


 そこにステラも同調する。


『だから早く逃げなさい!! 巻き込まれたくなければ!!』


『そうそう!! チャーリーを連れて今すぐに!!』


『もし上に戻った時にまだウダウダとしてたら、その不細工な顔を更に不細工にするくらい、ぶん殴ってやりますからね!!』


『うんうん!! ボクもぶんなぐり……まではしないけど!! お尻ペンペンするから!! 全力でやるからね!! 本気だよ!?』


 ステラの全力お尻ペンペンとは恐ろしい。彼女の力を考えると、尻が二つどころか三つ四つに裂けてもおかしくはない。

 くわばわくわばら。だったらとっとと逃げようではないか。

 この崩れそうな下水道から離れ、先に聖護院で彼女達を待っておこう。足手まといの自分が出来ることなどない。


 それで万事解決――


「…………ばか」


 なんてことをルネは思わない。


 分かっていたのだ。これが死を覚悟した人間が吐く嘘であることを。

 ソースは自分だった。ルネも仲間にそういう嘘を吐いたことがあるから。


「ス、ステラ……」


 もっとも彼女達に至ってはあまりに下手過ぎる。

 ルネは当然のこと、チャーリーでさえも騙せていない。


「お、おれの、おれの所為だ……」


 そして彼はボロボロと涙を流し、酷く自分を責めていた。


「おれが勝手なことをして、つかまって、エサになったから……」


 何があったのかは分からないし、今はそれを聞いてる暇もない。


「おれが――おれがどうにかしなくちゃ!! 俺が、絶対に!!」


「チャーリー!!」


 が、馬鹿げたことだけは認められなかった。

 ルネは穴に飛び込もうとするチャーリーの首根っこを掴む。


「は、離せザコ野郎!!」


「いいや離さない。ザコは否定しないけど、ステラもリジーも君を探しに来たんだよ?」


「だからだよ!! 俺の所為でこうなったんだから、俺がどうにかしなくちゃ!!」


「君に何が出来るんだ!? 死ぬだけだぞ!?」


「うるさいうるさい!! それでも二人にだけは死んでほしくないんだ!! それも俺の所為でだ!! だったら、だったら……俺が責任を取らなきゃじゃんかぁっ!?」


 それは心からの慟哭だった。

 彼の過去に何があったのか、ここに来るまで何があったのかをルネは知らない。

 少なくとも明らかなことは、彼が迂闊な行いに対する償いをしようとしているくらい。


「――わかるよ」


「え?」


 故にルネは彼の肩に手を置き、優しく語り掛けた。


「やるべきことをやろうとして、それでも出来なくて、却って誰かの迷惑になっちゃうのは……辛いよね」


「いたたまれないよね。恥ずかしいよね。消えちゃいたいよね。なのにホントに消えることも出来ないから、ただただ苦しいんだ」


 ルネの人生はそういったものの繰り返しだ。

 自分の使命でありながら、幼少期はソフィに助けられ、大きくなってからも仲間達に尻を持たれてきた。

 

 そうやってようやく一人前になれたと思いきやの現代である。

 ステラに助けられ、リジーに尻を持たれ、後ろめたさは尽きることがない。

 責務を果たせないという苦しみが、ルネは誰よりも理解出来る。


「でもね」


 しかし――


「子供がそんなこと言うもんじゃないよ。誰の所為とか、責任とかってさ」


 それ以上にルネは悲しかった。

 かつて自らの命を賭しはしたが、そんなことの為に戦っていたわけではない。

 幼子が責任を感じなければいけない、そんな未来を作る為では。


「そういうのは大人に任せておけばいいんだよ。そうじゃなきゃ僕の立つ瀬がない」


 だからこそルネは決意を改める。400年の年長者としてだ。

 今にも崩れ落ちそうなこの下水道からチャーリーを連れ出し、取り残されたステラとリジーも救ってみせるのだと。

 

「む、無茶だそんなこと!!」


 が、チャーリーは状況を良く分かっている。


「地上まで応援を呼ぶにしたって間に合わない!! それよりも早くに二人は!!」


 そこでルネは初めて、つっけんどんだけど賢い子なんだと思った。

 実際にその通りだからだ。普通に往復しては倒壊する方が先である。たとえルネが全速力で走ったとしても、この様子では折り返しの段階で海に沈むことだろう。


「大丈夫。僕がなんとかしてみせる」


 が、それは『普通であれば』だ。

 

「それよりも早くに往復出来れば不可能じゃない。そうじゃないかな?」


 その発言は馬鹿げていながら、そうとも言えぬ凄味があった。

 事実、ルネは本気だったのだ。ぶっつけ本番であったが、これまで隠れて練習してきたことを成功させるつもりだった。


「すぅー……はぁー……」


 大きく息を吸って、吐く。

 その行為自体は必須ではなく、儀式のようなものだった。

 彼女もそうしていたから、単に真似ただけのものであり――


出力全開オーバードライブ!!」


 むしろ本題はその先。

 彼は己の全てを吐き出すかのように、全身から迸る魔力を解き放った。

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