無価値なチャーリー・ウィルキンソン
チャーリー・ウィルキンソンは、かつて無価値だと蔑まれていた。
聖護院に来る前のことだ。軍の官職と平民との私生児であった彼は、父親からは認知されず、母親はそれを幼いチャーリーの所為だと断定し、日常的な折檻を与えられていた。
お前が泣き虫だからいけない。お前が父さんのように立派じゃないからいけない。お前がなよなよしいから私は――等々と、理不尽極まりない暴力のエスカレートは留まるところを知らなかった。
やがてそれは行政の働きによって致死寸前で保護。
母親は逮捕され、父親も責任を問われ失脚し、彼もまた聖護院へと預けられた。
そうした経緯を経たチャーリーの心に宿っていたのは――
(俺は間違いなんかじゃない。俺が正しい。あんな何処ぞの男なんかじゃなくて、俺がステラに認められるに値する人間なんだ)
悲しいかな、それは執念にも等しき存在証明であった。
連邦の勇者とは、現代において最高峰の権威の一つでもある。
それに認められることが出来れば、自分もまたここにいていいのだと思い込んでいる。
(俺が、俺が、俺がだ!! 他の誰でもない!! あんな弱っちい奴じゃなくて俺が!!)
だからチャーリーは聖遺物のことを盗み聞きして、聖護院を飛び出した。
突如として現れた男が許せず、急いていたのだ。もしも自分が聖遺物を持ち帰れたなら、きっと自分のことを見直してくれるだろうと。
(俺が――聖遺物を見つけられれば)
しかしそれは何処までも無謀で、愚かな冒険である。
前者は恐れを知らぬという意味だ。今にも崩れ落ちそうな地下道に潜りこみ、カタギではない商人に聞いて回って、万が一どうなってしまうかを想像もしていない。
そして後者は――彼を思う人々のことである。
役に立つとか、立たないとかという話ではない。そこに居てくれればいいと思ってくれる人のことを、彼はまったく顧みていなかった。
「ふぅん? まさか院のガキが来るか。ちょっと予定は狂うが……ま、これでもいいだろ」
そして彼の冒険は終わりを告げる。
顔をサングラスとバンダナで覆った商人に聞き込みをしようとしたところ、突然背後から押さえつけられたのだ。
「なっ、はな――ぎっ!?」
それは岩のような顔つきに、生々しい古傷が幾つも交差し、威圧的な目をした巨漢だった。
荒事を専門としているのだろう。チャーリーは拙い蒸気魔法で逃げ出そうとするも、すぐにそのゴツゴツとした手で顔を鷲掴みにされ、柔い子供の骨が悲鳴を上げる。
「おい殺すなよ? 折角だからコイツは生餌にする。そうしておいた方がやりやすいからな」
「分かってる。出来るだけきつく縛って、解くのに時間がかかるようにすればいいんだろ?」
と巨漢は力を緩めはしたが、すぐに縄を取りだす。
そしてチャーリーの口に噛ませては縛り、更には全身を簀巻きにしてしまう。
「ハッパは?」
「もう仕掛けてある。あとは偽造聖遺物の代わりに、このガキを放り込めば終わりだ」
「んっー! んんんっー!!」
「しくじんじゃねえぞ? こんなデカイ山は久しぶりなんだからな?」
「おいおい俺を誰だと思ってやがる? その為にありもしない噂を流してやったんだ。騙すなんざ訳ねーよ。勇者だなんだのってチヤホヤされてても、ただの小娘じゃねーか」
「んんんーっ!? んんんんーーーー!!」
チャーリーは必死に声を上げようとした。
男達の話す内容を理解は出来なかったが、『勇者』という単語に強く反応して。
「騒ぐんじゃねえ!!」
「んぐっ!?」
すぐさま背中を巨漢に踏みつけられる。
痛みに目の前がチカチカとする中、ナイフを首に押し当てられ――
「今すぐに口を閉じねえと、喉に風穴を開けてやる」
「――――」
チクりと喉に刺さり、ぷくりと皮膚から血玉が浮かび、それだけでもうチャーリーは声も出なかった。
単なる脅し文句であろうと繋がってしまったのだ。かつて自らを苛んでいた、抗うことの出来ない絶対的な暴力と。
――ピチャピチャピチャ。
「うえっ、汚ねえ。漏らしやがって」
「お前が無駄に脅すからだろ」
「騒ぐこのガキが悪いんだ。それよか前金はちゃんと貰ってるんだろうな?」
「あったりまえだっての」
と、失禁するチャーリーを投げ捨て、巨漢は商人から小袋を受け取る。ジャラリと詰まった金属の擦れる音が響く。
「なんだこれ? 古い金貨か?」
「イカしてるだろ? 最近は紙幣も番号がふられるようになって、色々と面倒だからな」
「ってことは何だ? あの魔族の女……本当に旧帝国の……」
「マジだろうと狂言だろうとどっちでもいいだろ? 前金だけでこんなに貰えんなら」
「おいおい……絶対にしくじんなよ? あいつらはしくじった部下の腸を生きたまま引き摺り出すって噂だからな?」
「噂だろ、そんなもん。あの死にぞこない共に今更大したことなんて出来るもんか」
抵抗する意志を完全にへし折られたチャーリーに、もう彼等の話している内容は理解出来なかった。
記憶にも留まらず、言葉が右から左へと流れ落ちていく。
(ああ……ステラ……ステラ……)
そんな状況下でもただ一つ、ただ一人の名前が頭に思い浮かぶ。
彼は褒められたかった。認めてもらいたかった。なのに取り返しの付かないことになりつつある。
チャーリーは犬猫のように乱雑に掴まれ、成す術もなく運ばれていく中、底も見えぬほどの後悔に苛まれていた。
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