ブラドルニア旧水道2


「お、こんな雨の日に来るなんてな」


 意外にもというか、二十そこそこと言った無精髭の男だった。

 さして長くもないのに頭髪をバンダナで纏めて、シャツの上に革のチョッキを被し、ボロボロのズボンを身に着けている。

 豪雨など知ったことかと、湿る壁に背を預けて、ふてぶてしくも腕を組んでいた。


「お客さんは何がお望みだい? 上じゃ手に入らないもんが欲しいんだろ?」


 と、男はニタリと頬を歪める。

 周囲に商品は陳列されていないが、身に着けている物はいずれもがも物々しい。

 チョッキのポケットの中の、果物のような見た目をした緑色の鉄球。ベルトに括られている、持ち手に突起があるナイフ。ぽこりと膨らんだポーチからは、白い粉に満ちた袋でパンパンになっている。


「子供を探しています。赤髪の男の子を」


 それら全てに目をくれず、リジーは言った。


「見ませんでしたか? この旧水道で?」


「おいおい……見下げるのも大概にしてくれよ」


 が、リジーの質問に、男は酷く失望したかのように肩を落とす。


「武器は売る。クスリも売ってやる。でも人の売買だけは無しだ。それはウチ等の美学に反するからな」


「人身売買ではありません。ここに赤い髪の男の子が迷い込んでいないかと、そう聞いているのです」


「あ? ってことはなんだ? 買いもんに来たわけじゃねえってのか?」


 男は腰のナイフに手を当てる。ルネの背後でステラも剣に手をかけている。

 

「武器を降ろしてください。心配せずとも、私達も貴方と同じです」


 と、リジーは黒衣を開く。


「最近この辺りで商売を始めようと思ってましてね」


 その内ポケットにあったのは試験管ではなく――何時から用意していたのか――怪しげな粉の入った袋に満ちていた。


(院からくすねた単なる小麦粉です。話を合わせて)


 同時に彼女は二人に語りかけていた。

 ぼそぼそとした声と目線で訴えかけるリジーに、ルネとステラはこくこくと頷き返した。


「へぇ……あんたも売人か。だったらその赤い髪のガキってやつは? それとそこのお二人さんは?」


「二人は私のボディーカードですよ。それで赤い髪の男の子は……」


「ガキは?」


「この二人の子供です」


「「はぁ!?」」


 指差した二人とやらはステラとルネだ。

 思わず叫んでしまうが、すぐさまリジーに睨まれる。話を合わせろと繰り返し目で語り掛けていた。(特にルネに対して殺意を放っていたのは、『演技の為だから勘違いするなよ?』という牽制の意味も含んでいると思われる)


「こんな仕事をしているのだから控えろと言っていたのに、この有り様です。おまけにどちら似てしまったのやら、冒険心が興じてこんなところにまで迷いこんでしまうものですから」


「ああ、分かるぜ……男女が同じところにいるんだから、するこたぁするもんだし、ガキの好奇心ってのは抑えようがないもんなぁ」


「う、うぅ……」


 ルネは気まずそうに隣を覗き見る。

 騙す為に致し方ないこととは言え、よもや夫婦にされるだなんてと。


「はえー……リジーもよく口が動くねぇ……」


 が、一方でその先のステラはケロリとしていた。

 設定だと割り切っているのか、或いは意味が分かっていないのか。

 ……多分後者であるような気がするルネであった。


「ええ、ですから――」


「うしっ! そうだな!!」


「へ?」


 が、そこで嘘八百を並べていたリジーまでもが呆気に取られる。

 思うに、彼女は単に居場所を聞き出そうとしていたのだろう。

 しかし男は一体どうしたのやら――まるで気合を入れんばかりに――右拳と左の掌をパンッと打ち付ける。


「俺はフェイだ。フェイ・ボールドウィンっつって、この辺りのマーケットには昔から顔が効く」


「え、ええと?」


「で、アンタは? ほらこっちが名乗ったんだからよ」


「そ、その……リオ・クレメンツと言います。それでこの二人は――」


 と、リジーはたじたじとしながら、それでも即席でルネ達の偽名も用意した。


「オーケーだ、リオにスタナにルネット。その赤毛のガキとやらを探しにいこう!」


「ちょ、ちょっと!?」


 すかさず男は先導し始める。

 何処を見ても同じようで、酷く入り組んだ道をスタスタと。

 時にすれ違う同業者(と思しき怪しげな男)には、『赤毛のガキを見なかったか?』と軽口で聞きながらだ。


 どんどん奥へと進まされているが、迷っている様子はない。

 そして暗がりに引き込まれる気配もなければ、むしろ道に不慣れな三人に気を遣ってくれている。

『崩れやすくなってるから気をつけろ』とか、『ここは滑りやすいから注意しろ』だとか、『あんまり余所もんっぽく振舞うと絡まれるぞ』などなど、至れり尽くせりっぷりもいいところだ。


「どうして?」


 だから気になってルネは言った。


「なんだって僕達にこんなに良くしてくれるんだ? さっき知り合ったばかりだって言うのに」


 人の善意を信じぬルネではない。

 しかしフェイは少なくとも、影に隠れる類の人間だ。

 幾ら同業者を装っているとは言え、ここまでされては却って疑わしくも思える。


「ま、よく言われるよ。ここの他の連中なら突っぱねたかもな」


 が、そんな問いかけにフェイは気分を害さず、むしろ苦笑して見せた。


「でもウチ等は違うんだ。ウチ等のチームは盗みもするし売りもする。でも『何も知らねえ無知な奴には手を出すな』って、昔からそう決めてるんだ」


「無知な、やつ?」


「なんなら助けてやれって話も伝わってるし、実際にそうしてる。ガキなんかその典型だろ? だから俺はそうしてるんだ。アンタ等の為じゃなくてな」


「…………」


「まぁ信じようが信じまいが、アンタ等の勝手だ」


 胡散臭さが顔に出ているのはルネだけではない。リジーもステラも同様にジトっと目を細めている。

 しかしフェイはそれらを意に介すことなく、肩を竦めてみせた。


「とにかく俺は探してやるから……っと、おーい!!」


 それから程なくして、彼はまたしても通りすがりに声を掛けた。

 首から口元までを布で覆い、目を真っ暗なレンズで覆った、これまた一段と怪しい男であった。


「ヴィスキー! ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ、この辺で赤い髪をしたガキンチョを見なかったか?」


「ああ――それならさっきこの道を通って行ったぞ」

 

「そうか、やっぱり見てないよな…………ん?」


「この道を通って行った。真っ直ぐに、脇目も振らずにな」


「「「「ええ!?」」」」


 四人の驚愕が重なった。

 これまでは誰一人として『見ていない』か『興味もない』だったにも関わらず、唐突にハッキリとした目撃証言が得られたのだから。


「こ、ここか!? ここを真っ直ぐに行ったのか!?」


「そう言ってる。だが探し物なら早めに行った方がいいぞ? 最近向こう側は浸水が進んでいて、外界の魔物が潜り込んでいる。あんまり遅いと――魔物の腹の中ってこともあるかもな」


「っ!!」


「ステ、スタナさん!!」


 聞いた瞬間に駆け出すステラを、リジーが慌てて追いかける。

 さらに続こうとするルネであったが、足の速さはまるで違う。二人の背はすぐに見えなくなって、パシャパシャと水を跳ねる音だけが木霊する。


「くそっ!!」


 悪態をつきつつ、それでもルネは両腕を振って追いかけた。

 幾ばくもしない内に、さっきの男もフェイも遠い背後に置き去りにしてしまう。

 

 しかしそれと同時に気付いたこともあった。

 段々暗がりが勢いを増している。向かう先に光源がないのだ。

 そして何時しか靴も水で一杯になっていて、さっきよりも水深が上がっていることを知る。


(何かおかしい! 何かがおかしい!!)


 そしてルネの五感も異変を訴えかける。

 そもそも子供がこんなところに迷い込むか? 幾ら探しものがあるとは言っても自ら飛び込むものだろうか?


 そのことをステラ達に伝えたかった。

 追いついて、肩を掴んで、訴えたかった。

 

「やっと――見つけた――」


 が、それは叶わない。

 ようやく追いついた時にはもう膝元まで浸かっていて、ステラがブルブルと震えているチャーリーに向かって、無防備にも手を伸ばそうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る