歪み
『ルネさんは真面目過ぎるんでさぁ』
ラスターは煤だらけになったルネを見て、笑いながら言った。
長旅の中で軍資金というものはどうしても必要となり、パーティが大所帯になった後は尚更のことだ。
そういう時は冒険者ギルドに顔を出し、日銭を稼ぐということがしばしばあった。
『っていうか何も知らないんすねぇ。そんなんだから簡単に騙されるんすよ』
『……分かってるってば』
しかしルネは金稼ぎのセンスが絶望的に欠けていた。
神託を受けて以降は剣と魔法の練習ばかりで、精神面も勇者としての振舞いばかりを意識してきた。
それが原因かどうかは定かではないにせよ、値段交渉すらまとも出来ない彼は、過酷な依頼を低賃金で了承してしまったり、詐欺まがいの手口に巻き込まれがちだった。
その日の依頼もそうだった。
高額の報酬に釣られて危険な洞窟へと入り、魔物が溜め込んでいた宝を回収しようとしたところ、背後からありったけの炎魔法を浴びせられた。
依頼人が軍勢を引き連れていたのだ。先に入ったルネに魔物だけを排除させ、報酬を踏み倒した上で宝を横取りにしようという魂胆だった。
『その……懲りずに何度も騙されて、ごめん』
『分かってるんならいいっす。今度こそは学習してくださいよ? ルネさんと来たら何時までも懲りないっていうか、たとえ100年200年……いや400年経ったって同じことをしそうっすから』
『流石に400年も経てば僕だって賢くなるよ! こんな変な仕事に騙されるもんか!!』
『どうっすっかねぇ? そうだといいんっすけどねぇ?』
面目なさそうなルネに対し、ラスターはカチャカチャと手を動かしつつも軽口で返す。
勇者パーティにおける盗賊という職業を、ルネはラスターと行動を共にする前までは懐疑的だった。
しかし世間知らずのルネを何度も助けてくれたのは彼であり、生きる為のズル賢さを持った彼がいなければ、勇者パーティはとっくの昔に全滅していたことだろう。
今回の件においてもそうだった。
事前に罠だと気づいていた彼は、道中でルネに警告をした上で、更には仕掛け返した罠で返り討ちにしてくれた。
依頼人は悪名高い略奪犯だった。だからこそ在処だけを教えて貰った宝と、彼等を突き出すことによって得られる報酬の一挙両得を、最初からラスターは企んでいたのだ。
『まぁウィンウィンってやつっすよ。おいらもルネさんがいるおかげで食いっぱぐれがなくてすみやすし』
もっとも彼には最初から、世界平和や秩序維持なんてことは微塵もない。
ルネのパーティに加わった経緯も、所属していた盗賊団でくすねる行為をして、命を狙われそうになったから勇者に泣きついてきた次第だ。
言うなればビジネスライク。小賢しさはあっても力の足りないラスターと、当時の人間界における最大戦力であった
一見するとそれは、互いの目的の為だけのドライな関係に思えたが――
『さ、開きましたよルネさん』
宝箱の鍵を開いたラスターが、中の宝石にニヤッと笑う。
『何時も通り山分けでいきましょう』
そして、至極当然のように平等に配分をする。
彼は一度たりとも、自らに上乗せをしようとしなかった。
見つけたのが二人ならば五割と五割。三人ならば三割三分。四人ならば二割五分と――たとえ自分の貢献度合いが大きかろうと――決してそこを誤魔化すことはない。
『ラスターはさ』
ルネは丁度半分に割られた宝石を抱えながら問う。
『魔王なんか興味ないんだよね? みんなを救いたいとか、平和になってほしいとかっていう思いも』
『ないっすね。おいらは薄汚い盗賊ですし、そんなもんは何処かのお人良しにまかせやすよ』
『だったら――』
もっと自分の為に振舞えばいいんじゃないか、とルネは思った。
今回のことだって貢献という意味ではラスターに軍配が上がる。自分だけであったら騙され、全てを奪い去られていたことだろう。
『あー……それはっすねぇ』
するとルネの言外を汲み取ったのか、ラスターは照れ臭そうに頬を掻く。
『ルネさんとおいらって……その、魔王を倒した後も、良いビジネスパートナーになれるんじゃないかって思ってて』
『ビジネスパートナー?』
『そうっす。最高の盗賊と、最高の勇者が手を組んで、世界中の宝を狩り尽くしてやろうって計画っす。ルネさんは冒険をすることが好きなんすよね? だったらそういう意味でも、おいら達って、いいコンビになれると思ってるんっす』
『え、ええ!? で、でも僕はこの通り、騙されやすくて』
『それがいいんすよ。世間知らずだけど偏見のないアンタだからこそ、おいらを裏切らないでいてくれる。だったらおいらもアンタみたいな馬鹿を裏切らない……ってね? 頭脳役と行動役で完璧じゃないっすか。もちろん手に入ったお宝は山分けで』
『――――』
そんなこと、ルネは考えたこともなかった。
しかし想像してみると案外楽しそうにも思える。
世界を股にかけて財宝を求める――いわばトレジャーハンターのような冒険者を。
『うん……それも、いいかもね』
『あっ!! 言ったっすね!? 言いましたね!? おいらは覚えましたよ!? ルネさんが魔王を倒した暁には、おいらと一緒にコンビを組んでくれるって!!』
『い、いや!? そこまでは言ってないけど!? ただ僕はそれもちょっぴりっていうか』
『いいえいいえ!! もう撤回なんて許しませんから!! おいらとルネさんの
『え!? 何その安直なネーミング!? 僕はやるって一度も言ってないからね!?』
『撤回は許さないって言ったっす♪ さぁさぁ! これから先を楽しみにしておいてくださいね!?』
と、ラスターは上機嫌に、踊るように辺りを駆けまわった。
ルネは『撤回も何も了承してないけど!?』と繰り返し訴える。
なんて――そんな過去があった。
これはローズマリー聖護院に泊まり始めてから見た夢の一つだ。
結局彼の野望が果たされることはなかったと知った後の、虚しいだけの、そんな残滓。
「今夜は天気が悪いね」
パチパチと暖炉が燃える談話室の中。
ざーざーと雨が降り、ほのかに肌寒い夜だ。
既に雨漏り対策は実施済みであり、院のあちこちからぽたんぽたんと水の落ちる音が聞こえていた。
「狐の嫁入りってやつかな? 明日には止んでくれるといいんだけど」
「…………」
「…………」
「えーと」
さっきから気を遣って話し続けてくれたステラが、遂には気まずそうに言葉を迷わせる。
それについてはルネも申し訳ない限りだ。子供達が寝静まった後で、ようやく気が抜ける時間だというのに。
「その、なにかあった?」
続く発言はルネに向けられ、その後の視線はリジーへと向かう。
それが今の気まずさの根源である。昼間の言い争いから、ルネとリジーは一言も言葉を交わしていなかった。
「あ、ああ……ステラ」
が、それはほとんど一方的なものだ。
ルネ自身はそうは思っていないし、普段通りの態度を貫いているつもりなのが、
「……喧嘩、しちゃったの?」
と、酷く悲しそうな顔でステラが言った。
そこではっとしたのはルネだけではない。
「うん、分かるよ。人には合うとか合わないとかってあるみたいだし。でも出来ればお互いを責めるんじゃなくて、無理にそうさせようとしたボクを――」
「い、いいえ、違います! ステラさんは何一つ悪くありません!!」
と、ルネよりに先に叫んだのは、さっきまで黙っていたリジーの方だった。
「その……ステラさんの所為ではなく……私の所為ですから」
続く言葉は意外なものだった。
てっきりルネの不甲斐なさでも訴えかけるものだと思っていたから。
「だから、その……すいません」
「そ、そっか……」
「…………」
が、それは不完全燃焼というか、更なるモヤモヤとなって気まずい雰囲気を際立てる。
誰も、何も言えない空気だ。実質足手まといのルネと、それを庇おうとするステラと、それを糾弾する立場かと思いきや――しゅんと項垂れてしまっているリジー。
「ちょっといいですか?」
と、そこにシスターが談話室に入って来る。
その顔色は険しく、声もまた急いている。
「どうしたのレオナ?」
「チャーリーを見ませんでしたか?」
「チャーリー?」
それはあのワインレッドの髪をした、ルネに挑発的な少年である。
ルネはステラと顔を見合わせ、互いに首を傾げる。最後に見たのは夕食の時で、それ以降は知らなかった。
「チャーリーがどうかしたのですか? シスター・レオナ」
席を立ったリジーが言う。
何か思うところがあるのか、彼女もまた強張っていた。
「いないのです。部屋の中にも、院の何処を探しても」
「っ!?」
「あの子、最近苛々としていたから、ひょっとしたら外に――」
「…………そうですか」
頷いたかと思いきや、リジーは椅子の背にかけていた黒衣を羽織る。
乱暴に袖を通しながら、その目はルネを捉えていた。まるで『お前の所為だ』とでも言わんばかりに。
「チャーリーを探しに行きます。私が思うに彼は旧水道へと向かっている」
「え、ちょっとリジー!? どういうことなの!? 一体何の根拠があってそんなことを――」
「似ているのです」
何が何やらと問いかけるステラに、リジーは苦虫を潰したような表情で返す。
「小さい頃に、ステラさんが無謀な冒険へと出かけた時と」
「…………え?」
「あの時もそうでした。冒険者の噂話を小耳にはさんで、聖遺物を一目見ようと院を飛び出した。ステラさんもその時のことは、よく覚えているでしょう?」
「…………っ!」
「あの子は院の中でも特に貴方に憧れている。『何らかの不手際』があって、私達の会話を盗み聞かれていたとしたら?」
するとステラは跳ねるように立ち上がって、コートと帽子を乱暴に身に着ける。
そして目にも止まらぬ速さでバタンと部屋を飛び出すと――一瞬で自室と往復して来たのか――再び帰ってきた頃にはぜぇぜぇと息を切らして、その手に何時もの剣を抱えていた。
「行こうっ!! すぐに!!」
「……そういうわけです、シスター・レオナ。貴方は引き続き院の中を探して下さい。杞憂という可能性もありますから」
「は、はい……二人もどうかお気をつけて」
と、二人は早足で部屋を後にする。
ルネはぽかんとした頭で思う。『何らかの不手際』という意味を。
思うにそれは、この院で聖遺物の話をしていた時のことだ。
あの時、話に割って入ったのは誰か? 他の子に聞かれたくないと言っていたのに、詳しく説明させたのは誰か?
「ま、待って!!
そこに気付くと、ルネもじっとしてはいられなかった。
羽織るものも何一つ用意せず、院を飛び出し、豪雨の中で彼女達の後を追った。
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