ローズマリー聖護院での生活6
「リジーってこの院とどういう関係だったの?」
「は? なんですか藪から棒に」
と、今日も今日とて振り回された後、二人は子供達の衣服を洗濯していた。
院には宿や船に備わっていたような、樽のような容器が自動的にぐるぐる回ると言った機械は備わっておらず、桶に入った水で擦るという古典的な手法を取っている。
「リジーってこの院の出身じゃないんだよね? ステラと幼馴染って聞いたことはあるけど、にしても随分と慣れてるみたいだから」
ガンコな泥汚れが大半の作業は重労働で、ルネからすれば気晴らし程度の質問だった。
「…………」
が、どうしてでだろう?
何故かジトっとした目で睨まれてしまった。
「……私の個人情報を収集して、一体何を企んで」
「ないから! 興味本位で聞いただけだし!! 言いたくないなら言わなくてもいいよ!?」
その気はなくとも踏み込み過ぎたらしいと、ルネは慌てて次の切っ掛けを探す。
「リジー、今日はいい天気だね。洗濯日和だ」
「夜から雨が降るらしいですが」
「あっ、珍しい雲! 細長くてすっごく綺麗だよ?」
「飛行機雲ですよ。珍しくもなんともない。見たことないんですか?」
「こ、この辺りでオススメの店とかあるかな? 折角来たんだし、時間がある時にでも行ってみたいんだけど」
「知りません。そんなことより手を動かしてください」
「う、うん…………」
その全てがバッサリと言った具合で――話がつまらないことは自覚しつつも――取りつく島もなかった。
チャーリーとは少々毛色は違うが、相変わらずリジーにも目の敵にされている。余程信頼されてないのだろう。
「はぁ……」
が、一方で同行を訴えながら、足手まといにしかなっていないこともまた事実。
だからこそ悪意がないことだけは知っていて欲しいのだが、中々どうして上手くいかないものだと、ルネは深い溜息を吐いてしまう。
(僕は成すべきことを探さなきゃいけないのに。こんなことをしてる場合じゃないのに)
そうして鬱々とした感情が湧き上がると、それはこの数週間での焦りと結びつく。
(仲間達の最後を知らなきゃならない。そこに無念があれば僕が果たす。思い残しがあれば僕が後を継ぐ。見届けてほしいナニカがあれば死ぬまで見届けてやる)
それはステラ達の仲間に入れて欲しいと、頭を下げたあの日に掲げていた覚悟だ。
(僕がたった一人だけ――生き残ってしまったから)
この院はルネにとって優しい。優しすぎる。
現代技術から切り離された質素な生活は、毎日のように彼の記憶をくすぐり、そして同時に真綿で締めるかのように彼を苦しめてもいた。
「――私の父はこのブラドルニアの、とある医師団に所属していました」
「え?」
と、そんな時だった。
リジーがルネを見ないまま、独り言のように語り始めたのは。
「町医者とは違って世界を飛び回る大任です。いつも家を空けがちで、かといって母は難産で失っていましたから、小さい頃は使用人に面倒を見られていました」
「父は尊敬していましたし、使用人との仲が悪かったわけでもありません。でも同年代の友達が一人くらいは欲しかった。だから使用人の目を盗んで家の外へと抜け出し、そんな時にステラさんに出会った」
「するとどうです? 気づけばたった一人どころか、十数人で野原を駆けまわる日々です。誰がそこまでしろと言ったって話ですよ。おかげでそれまでは大人しくて可憐で真面目だと評判だった私が、使用人を困らせる腕白お嬢様へと早変わりしたのですから」
「……以上です。これが私とこのローズマリー聖護院の馴れ初めとなります。ご満足いただけましたか?」
ルネに黙ってこくこくと頷く。かなり掻い摘んではいるのだろうが、大方の背景は理解出来た。
しかしどうして話してくれる気になったのか?
「そうですか。だったら質問に答えたのですから、今度はこっちの番です」
そんな疑問の答えを、続く問いかけが教えてくれる。
「なんですかさっきの目は? まるでこの院での生活が苦痛であるかのような」
「――――」
ゾクリとルネの背筋が凍った。
秘めた憂いを見透かされていたからではなく、自分がみんなを責めていると言った、されたくもない誤解をされているような気がしたのだ。
「ち、ちがうっ!」
「違う? 何が違うのですか?」
「違う、それはほんとに違うんだよリジー。たまに慣れない生活に疲れることはあるけど、子供達は素直で良い子だし、ステラもシスターも良くしてくれていて、不満なんてほんとにないんだ」
「だったら、どうして?」
「…………」
「答えられないのですか?」
「…………ごめん。僕の気持ちの問題だから」
が、それでも弁解を最後まで続けることが出来ない。
400年前の住人という荒唐無稽な事実をどうすれば信じて貰えるか? 百歩譲って信じて貰えたとして、それはかつての自分達を崇拝するステラを踏みにじる行為にはならないか?
それに聖遺物の経緯云々を考えると、政治的な影響力という面も絡みかねない。
大勇者が現存するという事実が、今では単に話を円滑にする以上の意味を孕んでいることを、ルネは知っている。
「ごめん。本当に、君達の所為じゃなくて、なんとなくなんだ。何も覚えてないけど、なんとなくそう思えてしまうっていう……僕の所為だから」
飽くまで記憶喪失を強調しながらルナは言う。
だって自分という存在は、もう開いてはいけないパンドラの箱だから。
過去であるべき人間が『居心地が悪い』などと口にして、今の世界を再び闇に返すわけにはいかない。
少なくともそれは、勇者としてすべきことではないのだ。
「…………そうですか」
それをどう思ったのか、リジーはすくりと立って、相槌一つでその場を去って行く。
彼女の分の仕事はとっくに終わっていた。シャツやスカートは濡れて萎んでいるが、新品同様のように綺麗になっている。
これだから僕は駄目なんだと、ルネはそれからもざぶざぶと桶を揺らしつつ、己をひたすらに責めた。
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