ローズマリー聖護院での生活5


「ステラさん、お耳に入れておきたいことが」


 買い物を終えた後の午後。

 子供達に付き合わされた隠れんぼにて、早々捕まった(たぶんわざと)リジーとステラが、何やらコソコソと話していることに気付く。

 子供達は継続しているゲームに必死で、これまた早々に脱落したルネ(こっちは本気でやって)以外は気付いちゃいない。


「エドからの報告にあったのですが、例の首飾りがこの辺りにあるかもしれないとの情報が」


「え……ほ、ほんとっ!? ほんとに!?」


「ステラさん、もう少し声を抑えて。飽くまで確定した情報ではありませんので」


「あ、そ、そうだね」


 と、ステラは子供達を一瞥して、妙に興奮しかけた気持ちを静める。


「ルートはルラム帝国からクラスギア巡礼路を通って、このブラドルニアの旧水道に運ばれたと聞いています」


「クラスギア巡礼路は未だ強硬派の圧が強い地域で、ちゃんとした検問が行き届っちゃいない。それに旧水道……スカベンジャーの、ブラックマーケットにありがちなルートだね」


「はい。ですが彼等も年々あの手この手で手口を変えている。エド本人も警告していましたが、情報の信憑性はイマイチで、罠や囮という可能性も十分に考えられると」


「でも探る価値はある。ましてや『あの御方』の形見であるとすれば」


「…………止まるつもりはありませんね?」


「うん、ごめんねリジー。こればっかりは黙っていられないや」


「でしたらもう数日お待ちください。ガセかそうでないかを明らかにしますので」


 なんてことを延々と語るものだから、気にするなという方が無理なものであって、


「あのさ……それ何の話? 旧水道ってところに何かがあるの?」


「ル、ルネくん!?」


「…………」


 まさか聞かれていたとはと驚くステラに、ジトっとした目で見つめるリジー。

 中でも後者はあからさまに不満そうであり、


「盗み聞きですか? 良い趣味をお持ちのようで」


 なんて、隠すことさえしない拒絶が見て取れた。

 

「い、いや盗み聞きっていうか」


 それでもルネは食い下がる。


「よくわかんないけど、それって多分『聖遺物』のことだよね? 次の冒険の行き先っていうなら、僕だって無関係じゃないと思うんだけど」


「ルネさんには関係ないことです。あと声も大きいのでもっと潜めて……いや、そのまま黙っていてください。なにも聞かなかったことにして」


「関係ないって、そんな!」


「ま、まぁまぁ」


 と、すかさず険悪になりそうな雰囲気を察したステラが割り込む。


「ごめんねルネくん。黙ってるつもりはなかったんだけど――」


 と、彼女は続けつつ、周りをきょろきょろと気にする素振りを見せる。


「ここは好奇心の強い子が多いから。この辺りに聖遺物があるかもだなんて、あんまり大きな声で話すわけにはいかないんだよ」


「そうなの?」


「うん。過去にそうやって、危ないところに一人で突っ込んじゃった子がいるから」


「まぁステラさんのことですけどね」


「ちょっ! リジー!?」


 お返しと言わんばかりに割り込むリジーに、ステラは真っ赤な顔で反応する。


「なんですか? 事実でしょう? 子供だったステラさんが独りで遺跡に潜り込んで、迷子になった挙句に大泣きして、私に見つけられたことは」


「うう……そ、そうだけど!! そうだったけどさぁ!? 別にルネくんにバラさなくったっていいじゃない!!」

 

 なにがなんだかよく分からないが、ステラの黒歴史をくすぐってしまったようだ。

 背伸びした冒険心による失敗談と言ったところだろう。

 それは歳相応に微笑ましく、ステラでさえもそんな時期があったんだなぁと、和む気持ちが湧き上がる……が、


「そうじゃなくて、さっきの話のことを聞いてるんだけど?」


 これと質問は無関係である。

 ルネは和みを切り捨てて、逸らされそうになった話を引き戻す。


「ちっ」


 するとあからさまに舌打ちをされた。

 わざとである。故意犯であったことを白状している。


「いやちっじゃなくてさ!? 近くに聖遺物があるって話なんだよね!? 旧水道って場所にそれがあるかもって!!」


「だからデカい声でそのことを話すなと――」


「ま、まぁまぁ。まぁまぁまぁまぁ」


 と、ステラはさっきよりも念入りに言いながら、再び僕等の仲介をしてくれる。


「あのねルネくん? 君の言うとおり、ボク等が話していたのは確かに聖遺物のことだ。けれどボク等にとっては単なる聖遺物に留まらない、とてもとても大切なものなんだ」


「二人にとって大切なもの?」


「もっと言うならこの院にとってだね。何がなんでもスカベンジャーの手から取り戻さなきゃいけないものさ。連邦のトレジャーハンターっていう立場を抜きにしてでもね」


「――――」


 これくらいはいいだろう? とステラがリジーに一瞥して、リジーも渋々頷き返す。

 そんな様子に、極々個人的な感情が関わっているのだとルネは知った。

 そこに踏み込んでいいものかどうか、ほんの一瞬だけ迷いはしたが――


「それ、僕も手伝っていいかな?」


「え?」


「あまり力にはなれないかもだけど」

 

 ルネは訴える。

 それが過去を知れる機会だというなら、是非とも関わりたかった。

 このままじゃ嫌だから。ずっと安穏としてるわけにはいかないから。


 ――ガサッ!


 と、それに対する最初の応答は物音だった。

 背後の繁みから聞こえた。振り返って見るが誰もいない。動物か何かが驚き、駆け出したのかもしれない。

 彼女達もまたルネを見るばかりで、そこに気付く様子はなかった。


「よく言います」


 次にリジーが口を開いた。


「手伝えるほどの実力などないでしょう? 散々なステータスをしておいて」


「ま、前よりはちょっとマシになってるから。ずっと訓練もしてるんだし」


「だったら見せてみなさい。今すぐに」


「あ、ちょっと?」


 食い下がるにリネに痺れを切らしたのか、リジーはルネのチョーカーに手を触れる。

『ステータスが更新されました』と、もう耳にタコとなった機械音声の先に生み出されたものは――


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: 弱者       せいべつ:だんせい


 ちから: 632

 まもり: 542

 たいりょく: 598

 すばやさ: 599

 かしこさ: 533

 うんのよさ: 228


「…………」


「…………」


「…………」


 そこに対する反応は三者三様であった。


『あれ? ボクが指導したのにあんまり成長してなくない?』と言わんばかりにガッカリしてるのがステラだ。

 自らの指導の不甲斐なさを悔いているのか、あからさまに肩を落としている。


『え、なにこのステータス? 前と何処が変わったんですか?』と間違い探しをしているのはリジーだ。

 三桁の変動など、彼女からすればどんぐりの背比べなのだろう。いちおう飛行船内で表示した時よりかは結構変わっているのだが。


 そして最後に『なんか表示またおかしくなってない?』と、ミニマムな変動気付いたのはルネである。

 ステータス云々ではなく、その位置に対してだ。どうして『せいべつ』欄が接近する必要があるのかと。


「あの……ええと」


「その、だね……?」


 彼女達がルネにどんな言葉をかけていいのか迷う最中、


『ステータスが更新されました』


 ピコンと音を経てて、チョーカーはまたしても煙による画面を更新する。



 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: 弱者 せいべつ:だんせい


 ちから: 632

 まもり: 542

 たいりょく: 598

 すばやさ: 599

 かしこさ: 533

 うんのよさ: 228


 さっきと数値は何一つ変わっていない。

 そう。少なくとも数値の面では。


『ステータスが更新されました』


 またしてもチョーカーが機械音声を放ち、



 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: 弱者  だんせい


 ちから: 632

 まもり: 542

 たいりょく: 598

 すばやさ: 599

 かしこさ: 533

 うんのよさ: 228



「おい」


『ステータスが更新されました』



 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: 弱者男性


 ちから: 632

 まもり: 542

 たいりょく: 598

 すばやさ: 599

 かしこさ: 533

 うんのよさ: 228



「おい!!」


 ルネはそのステータスに大声で突っ込む。

 どういう意味かは分からないが、盛大に馬鹿にされてるような気がした。

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