ローズマリー聖護院での生活4


「はぁ……」


 それは滞在から二週間が過ぎ、三週間に至ろうとして、さすがのルネもあからさまに首を傾げ始めた頃であった。

 酷く疲れた様子のリジーが夜の聖護院を訪れ、開口一番に重苦しいため息を吐いたのは。


「あんのクソ馬鹿共と来たら――」


 と、そこから一時間近く続いた愚痴はここでは省略させていただく。

 掻い摘んでいうと『世界中を飛び回っている』というエドとレイは、またしてもトラブルに遭遇したとのことで、少なく見積もって、もう二週間はここに辿りつけそうにないということだ。


「もうっ! ありえないと思いませんか!? そりゃ足の軽い二人には比較的遠方を任せてますけど、だからって定期連絡もせずに、ふわふわとしたスケジュールで動いていい理由にはならないでしょうが!? なんなんですがエンジントラブルって!? そうならない為に整備士メカニックのレイと組ませてるんでしょうが!! そもそもあんな燃費最悪のもんにトラブルが起こるほどって、どんな無茶な使い方をしたっていうんですか!? その後の請求書は誰が処理するんです!? 私ですか!? また私があっちこっちに頭を下げて、金を搔き集めてこいって言うんですかバッキャロウめ!!」


「あ、あはは……」


 そうして子供達が寝静まった深夜。

 労いを込めて出されたワインで真っ赤になったリジーが、苦笑するしかないステラ相手に愚痴を続けている。


「え、えぇと……リジーって結構」


「うん。でもリジーなりの掃け口になってるから」


 ボソボソとステラに耳打ちすると、ぎこちなく頷かれる。

 同じくらいの量を飲んでいるステラとルネがほろ酔い程度なのだから、リジーはよっぽどなのだろう。


「そこ!! 飲んでますか!?」


 と、リジーが据わった目で指差して来る。


「ちょ、ちょっとリジー! 疲れてるんだよね? そろそろ仕舞いにしたほうが」


「なんですかなんですか? 私の酒が飲めないっていうんですか!?」


 言って、ルネのグラスにワインを並々と注ぎ込む。

 弱い挙句に絡み酒という、面倒くさすぎる組み合わせであった。


「まぁまぁリジーさん」


 が、そこで救世主が訪れる。

 シスター・レオナだった。院の出身ではないリジーとも古くからの顔見知りのようで、ステラや子供達と同等に扱っていた。


「昔から心配性だった貴方が、色々と苦労する気持ちは分かります」


「…………」


「ですがここにいる間くらいは忘れませんか? ここは貴方の帰る家でもあります。たとえ生真面目な貴方がそうは思っていなくとも、私にとっては『怒りんぼうのリジーちゃん』のままです」


「………………………」


「だからもう少し気持ちを落ち着かせましょう? 貴方がステラと『大勇者様ごっこ』をしていた時みたいに、ここにいる間だけでも、難しいことは考えずに」


 不意にルネは、ステラの根っこのようなものをレオナから感じ取った。

 聖職者らしいというか、母性というか。


「う、うう……」


 そんな訴えに酔いつぶれたリジーは涙を浮かべ、


「パパ!!」


「はいはい、よしよし」


「パパ……パパァ……」


「いいこいいこ。リジーちゃんは頑張ってますよー」


 レオナに飛びつき、幼児退行したかのように甘える。

 大人だってこんな風に泣きたい時があるのだ。縋りたい時があるのだろう。


 でも言ってもいい? とルネは思う。

 なしてパパ? ママじゃなくパパなの? 

 そしてレオナ本人も突っ込むことなく、当然のように受け入れてる様に、ちょっぴり闇っぽいものを感じさせた。


「あ、あはは……リジーのあれはまぁ、気にしないで」


 ステラのフォロー(?)に、ルネは無茶言うなと思った。

 


 

「~~~~~~~!!」


 そんな翌朝。

 顔を合わせた時からずっとリジーに睨まれた。

 どうやら酔っていても覚えるタイプらしく、程よくふわふわのオムレツの食感が、砂のように感じられるくらいにルネは気まずかった。


「――昨日のことは忘れなさい」


 おまけにコレである。

 すれ違う度にボソボソと呟かされる。


「忘れなければ爆ぜます」


 顔を赤らめ、もじもじとしている態度だけを見れば、愛らしい照れ隠しと思えるかもしれない。

 が、ポケットから薬剤をチラつかせながらの、とんでもない脅し文句である。あの爆発を知っている身からすれば、むしろ言われる度に背筋が凍り付いてしまう。


「リジーおねーちゃん!!」


「久しぶり!! 冒険はどうだった!?」


「向こうで歩きながら話を聞かせてよ!!」


「ちょ、ちょっと分かりましたから、引っ張らないで!!」


 が、幸いにも針の筵が続くことはなかった。

 院の子供達は『帰ってきたリジーお姉ちゃん』に喜んでいて、ルネを睨み続ける暇もなく、遊びへと駆り出される。


「おい何ボサっとしてんだよルネ!!」


「そうだよルネおにいちゃん!! こっちこっち!!」


「早くしないとシスターに怒られちゃうから!!」


「え、あ、ちょっと!!」


 一方でルネも同じであった。

 この三週間ほどの間に、すっかり院の一員と化している。

 空き時間の度に構え構えと言われ、今ではステラと二分してるくらいだ。


「随分と好かれているんですね? たった数週間の間で」


 と、そんなルネの有り様にリジーが言う。


「はは……好かれてるっていうか、物珍しさみたいなもんだよ」


 遊ばれてる、と言った方が近いとルネは思う。

 年上なのに弱っちいという認識が定着しているのだ。

 子供の中の兄貴姉貴根性をくすぐるというか、いずれにしてもステラやリジーに対するものとは違うとルネは踏んでいる。


「…………そんなことで心を開く子達じゃありませんよ。表面上は明るく見えていても、親元から離れざるを得なくて、ここに来るまで色んな傷を負ってますから」


「え?」


 と、神妙な顔で呟き返すリジーに、ルネは聞き返す。

 まるでルネの考えを読み取った上で、否定しているかのよう。


「まさか、外堀を先に埋めようとして……!」


「は?」


 しかしそれは次に続く一言で流れ去る。


「親切面でステラさんの家族を先に丸めこんで、合法的に手籠めにするつもりでは……!?」


「…………」


 前言撤回とルネは思った。

 たとえ事実としてもまどろっこし過ぎるし、思い込みも大概にしてくれとも。

 あと合法的に手籠めって何だ。手籠めに合法もクソもない。


「なにブツブツ話してんだよー!!」


「そうそう!! 早く行こうよ!! 早く早く!!」


 が、それもまた子供達の勢いで中断される。

 二人は手を引かれるがまま、外へと連れ去られていった。




「はーい! とうちゃーく!!」


 そんな宣言と共に連れ去られたのは――院の敷地内を超え――ブラドルニア市内西側であった。

 住宅が並び、細い道路には人が忙しなく行き交い、水路には小型船が流れている。

 少なくとも遊ぶには不適格な場所だ。ここで何に付き合えと言うのかと思っていると――


「これ!!」


 先頭に立っていた子が振り返り、掌の紙幣をルネに見せつける。


「お買い物!! お釣りは自由にしていいって、シスター・レオナが言ってた!!」


「ああ――」


 要はお使いのお目付け役ということだ。

 もっとも子供達からすればお使いなど二の次で、お釣りをどう使うかで頭が一杯なのだろうが。


「まぁ、だとしたらあんまり好き勝手に動かないようにね?」


 ルネは一番に警告を口にする。


「院のみんなの為のお使いだから。迷子にならないように集団で行動して、独りで遠くまで行かないように――」


「あっ!! そこで面白そうな飛行模型が飾ってた!! 見に行ってみようぜ!!」


「ってちょっとおおおおおおおお!?」


 秒でそれは破られた。

 男の子二人がおもちゃ屋のショーケースへと吸い込まれていく。


「だから勝手に離れないでって――」


「すっごく美味しそうなお菓子!! ねぇねぇ中に何が入ってるの?」


「おおおおおおおおい!?」


 ルネが二人を追いかけようとしたところ、別の子が屋台の甘いに匂いに引き寄せられる。


「いや君達ほんっとお願いだから迷子にだけは――」


「すっごい気持ち悪い虫がいた!! まてまてー!!」


「のおおおおおおおおおお!?」


 挙句、珍しい羽虫を追いかけて行ったりと(実際のところ蛾に触手が生えたような気色悪い見た目をしていた)、とにかく彼等の好奇心というものは留まるところを知らない。


「えぇと、えぇと……何処から……?」


「ぷぷっ」


 右往左往するルネをリジーが笑う。

 言うまでもなく小馬鹿にしたようなものであった。


「丸めこんでいるなど杞憂でしたね。リードもロクに持てないとなれば」


「笑ってないで手伝ってよ!!」


 ルネはそんな嘲けっぷりから顔を逸らし、すっかり見失ってしまった子供達を探す。

 何処だ? 何処に行った? 何処から探せばいい? とパニックになりながら。


「いえ、このままもう少し見てるのも一興かもしれません。ステラさんに手を出そうとする不届き物が狼狽える様を見るのも」


「だから別に手を出そうなんか思ってないってば!! それにいいの!? 子供達が本当に迷子になっちゃっても!!」


「良くはありませんね。ステラさんにとってそうであるように、私にとっても弟妹のようなものですから」 


「だったら!!」


 言い返しつつ、店の中にも屋台の前にもいないと知る。

 虫を追いかけて行った子は、遥か前方を見据えようと影すら捉えられない。


「もう捕まえてますし」


「え?」


 と、そこでルネは向き直る。

 するとどうだろうか? 何時の間にかリジーの前に、見失った筈の子供達が雁首を並べていた。


「え、えぇと……これってどういう?」


「どうもこうもありませんよ。ルネさんが右往左往している内に、自発的に帰って来てくれたんですよ? ねぇ?」


「ハ、ハイ、リジーオネエチャン」


「モ、モウ、カッテニハナレタリシマセン」


「イエス、マム」


「いやなんかおかしくないコレ!?」


 子供達は糸人形のカクカクと首を振り、虚ろな目でリジーの問い(圧)に頷き返していた。

 一体ルネが見ていない間に何があったのか? 一瞬で捕まえられたという事実もそうだが、余程恐ろしい目にあったに違いない。


「だ、駄目だよリジー! こうまで怖がらせちゃったら!!」


「別に普段からこうしてるわけではありません。街ではぐれてしまったら危ないので、少々お灸を据えただけですよ」


「で、でも、だからと言って!」


「だったらルネさんがこの子達を制御出来たと? あのロクに叱ることも出来ない甘々な態度で?」


「う…………」


 否定は出来ない。

 400年前の仲間は同年代か年上が大半で、どちらかというと未熟な勇者を支えてもらう立場だった。

 それに結局――ソフィと一緒になることはなく――父親にはなれなかった。

 だから子供の扱いというものを、ルネは未だ理解出来ていないのだ。


「要はスタンスの違いです。私はこの子達のことは好きですが、締めるところはちゃんと締めます。優しいだけでは子供は育たないということを、ルネさんも覚えておくべきかと」


「うぅ……」


 ぐぅの音も出ないルネは、ぐぬぬと唸る他なかった。


「ねーねー!」


 と、そこで女の子の声が割り込んだ。

 反省してる子供達とはまた別の子――メアリーだ。

 感情表現が表に出難い子で、間延びした平坦な声で問い掛けてくる。


「なんだかルネおにいちゃんと、リジーおねえちゃんってー」


 それでいて何も考えていないわけではなく、


「パパとママみたいー」


 時にこのような火の球ストレートを投げて来る。


「あの……それはどうして?」


「だってー、まだ仲良くしてた頃のー、パパとママみたいだったからー」


「え、えぇと?」


「きょーいくほーしんがどーとかー、おしえかたがどうとかってー」


「…………」


「メアリー」

 

 そこにリジーが静かに歩み寄り、酷く落ち着いた様子で言った。


「言っていいことと悪いことがありますよ?」


「え」


「もう一度言います。言っていいこと悪いことがありますよ?」


 気持ちは分かるが、子供相手にそんな大真面目な顔で言う奴があるかとルネは思った。

 あとどうして二回繰り返す必要が? そんなか? 僕って人間的にそんなかと?

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