ローズマリー聖護院での生活2


 それからも勉強の時間、お祈りの時間、奉仕活動の時間ときて、夕暮れ時へと至る。

 夕食までの自由時間であり、そこで初めてルネとステラは手ぶらになる。


 故に広場に対峙するは彼等二人のみ。

 その空白の使い道は、予めて決めていた。


「じゃあルネくん……どこからでも攻めてきて」


 と、ステラは素手で構える。


「じゃあ……お構いなく!!」


 対するルネは木刀を手に襲い掛かる。

 以前と同様の訓練だった。蒸気魔法をルネに覚えさせる為の練習である。


 実践に勝る経験はなく、こうして一対一ヘッズアップ型式に持ち込んでくれたことは、ルネにとっても有難いことだ。

 彼女が教えてくれた蒸気魔法。その一つ一つを試そうとしたのだが――


「ひぃ……ひぃ……」


「うーん……」


 結果もまた以前と同様だった。

 ルネは荒い息を吐いて、息一つ乱していないステラが首を傾げる。


 やっぱり何一つ再現出来ない。

 蒸気魔法というものが理屈では分かっていても、感覚的に操ることが出来なかった。


「魔法そのものは扱えてるんだから、リジーの言う通り、身体つきの問題なのかなぁ?」


「ひゃっ!?」


 と、訝しんだ目つきで、ステラはルネの身体をぺたぺたと触る。


「うーん……でもやっぱルネくんって結構ガッチリしてると思うんだよね? 男の子ってことを差し引いても、ボク等と比べて見劣りしてない筈なんだ。この二の腕とか、太腿とかも」


「ちょ、ステラ!? くすぐったい!!」


「お腹、胸、腰だって」


「ひぅ!! ひゃあん!! らめぇ!!」


 過酷な訓練によって筋肉が痙攣していることもあり、突かれるたびに変な声が出てしまう。

 痛こそばゆいというか、妙なものに目覚めそうだった。


「あと、前から気になってたんだけど」


 そうしてステラはルネの身体をひとしきり精査(すごく語弊が出そうな表現だが)した後、更なる疑問を訴える。


「ルネくんの魔法って珍しいよね? あのアスタロトのペットもそうだったけど」


「はぁ……はぁ……ま、アスタロトのペットって、いうと」


 それは魔王のことであり、雷魔法であることをルネはすぐに察する。

 神託を受けた者にしか扱えなかった魔法は、400年前だけでなく、現代においても珍しいらしい。


「今ではもう使い手がいなくなったって言われてるのに」


「そ、そうなの?」


「うん。当時のイリス信仰がなくなっちゃったことも関係してるのかもしれない」


「え、でも聖護院には」


「あれは大高祖母様の意向で飾られているだけさ。シスター達も女神イリスを信仰してるわけじゃなくて、飽くまでローズマリー聖護院は大高祖母様を称えている。そもそもイリスっていう単語でさえも、ボクらみたいな歴史探求の人間以外からすれば、そのほとんどが昔の神様っていうイメージじゃないかな?」


「――――」


 そういえばとルネは思った。さっき子供達と一緒にしたお祈りの時間は、かつてとは作法も文言も違っていた。


 そう思うと――信仰でさえも移り変わっているのだと知る。

 神々の存在も、そこにまつわる神話も、今では別の時代を指している。かつての心の寄りどころであった神々でさえ、忘れ去られた存在となりつつあるのだ。


「ルネくん、疲れちゃった? 顔色が悪いみたいだけど」


「いや……大丈夫」


 僕は特別信心深かったわけじゃない。だから気にすることなんてない。

 ルネは自分にそう言い聞かせながら、何でもないように振舞う。


「で、これは何かの役に立ちそうかな?」


 だからルネは掌から雷を生み出しながら言った。

 今では絶滅してしまった雷魔法。それが彼女達の役に立つならば、是非とも助言してほしいと。


「ごめん、特にないかも」


「ないんだ」


「うん。珍しいのは珍しいけど、それだけっていうか」


「そっか…………そっかぁ…………」 


 忌憚なき意見が有難くて、ルネは涙ぐんでしまう。

 そりゃそうなのだ。本当に役に立つというのであれば、ルネはこれまで何度もピンチに陥ってはいない。


 以前に全力で食らわせたゴブリンは? スカベンジャーは? ダメージ一つ与えられなかっただろう?

 今ではルネの雷魔法は目つぶし程度にしか使えず、とてもじゃないが戦闘に耐えられるものではない。


「で、でもでもっ! それがルネくんの個性だよ!!」


 と、ルネの心に隙間風のような虚しさが吹き抜けていることを察したのか、またしてもステラは全力フォローに回る。


「珍しい魔法を使えるってことは、ひょっとしてルネくんは凄い学者さんとかだったのかも!! 考古学に長けていて、でも遺跡捜索の折に滑落して、頭を打って記憶喪失になっちゃったとか!!」


「はは……そうだといいね……くすん」


 が――本人に悪意はないにせよ――戦士の類であったとは口にしない辺り、ルネの実力が分かった上での発言だ。

 ルネはかつての勇者と呼ばれていたことが、夢であったかのように思えてしまう。


「そ、それにルネくんだって、ちゃんと成長してるじゃないか!!」


「ぐすっ……成長?」


「スペクタクルアラームの声に耳を傾けるんだ!! これまでの冒険と訓練で、ルネくんはきっと成長してるから!!」


 と、ステラがそう言った瞬間だった。

 それに応えるかのように、


『ステータスの変動を確認しました』


 ルネのチョーカーがカリカリと動き、無骨な音声を発したのは。


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: よわきもゃ

 せいべつ:だんせい


 ちから: 612

 まもり: 522

 たいりょく: 568

 すばやさ: 555

 かしこさ: 512

 うんのよさ: 225


「ね!? ほら!? 成長してるでしょ?」


「あー……うん」


 くわっと目を見広げて訴えるステラに、ルネは微妙な表情で返す。

 確かに成長は著しいと思う。400年前であれば大したものだ。

 しかし現代の換算であればどうだろう? 四桁五桁が跋扈している魑魅魍魎の世界において、数十程度の数値が上がったところでどうだと言うのか?


 あと職業欄の『よわきもゃ』って意味がシンプルに意味不明だ。

 すでに元の原型が残っておらず、どういう意味なのかとステラに問おうとしたところ――


『ステータスの変動を確認しました』


 またしてもチョーカーが訴える。


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: よわきもの

 せいべつ:だんせい


 ちから: 612

 まもり: 522

 たいりょく: 568

 すばやさ: 555

 かしこさ: 512

 うんのよさ: 225


「おい」


 問うまでもなかった。

 能力そのものは一つも変わらず、一点のみが変わっている。


『ステータスの変動を確認しました』


 と、矢継ぎ早にチョーカーが訴える。


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: 弱者

 せいべつ:だんせい


 ちから: 612

 まもり: 522

 たいりょく: 568

 すばやさ: 555

 かしこさ: 512

 うんのよさ: 225


「うるさいよ!!」


 なんで自分のステータスにまで馬鹿にされなきゃならんのか、とルネは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る