帰郷


「「「わああああああああああ!!」」」


 それからブラドルニアに着いた後のことだった。

 支部に向かうとのことで、またしてもパーティから離れたリジー。

 もう遅いから泊まろうと、ステラに誘われたローズマリー聖護院。


 そうして院の扉を開いた途端、甲高い子供達の声が波のようにルネを襲った。

 これに関しては時代とまったく関係ない。大人にとって子供のフルパワーというのものは、どれだけ強靭であろうとついていけないものなのだから。


「ステラお姉ちゃん! おかえりなさい!!」


「ステラステラ!! あそぼっ! あそぼっ!?」


「っていうかこの人だれ!? ステラの新しいお友達!?」


 なんて、わらわらとステラを囲みつつ、矢継ぎ早に質問を浴びせている。

 余程好かれているのだろう。子供達はぐいぐいとステラの衣服を引っ張り、構って欲しそうにしていた。


「え、えぇと」


 そんな勢いを前にしては、ハツラツとした彼女であってもタジタジだ。


「ルネくんはボク達の新しい仲間で――」


「ルネ!? ルネってひょっとして、ルネ・ロードブローグのこと!?」


「あ、いや、名前は似てるけどそうじゃなくてだね。ルネくんは記憶喪失だから、そう名乗ってるだけで」


「勇者様なの!? ステラはアタシ達のお土産に勇者様を連れてきてくれたの!?」


「や、だから大勇者様本人じゃなくて」


 ステラの説明など右から左で、子供達はキャッキャ喚き立てる。

 人の話を聞かないあたりが如何にもと言ったところだ。いやまぁ実際に本人であることは間違っていないのだが。


「はぁ? 伝説の勇者だって?」


 と、そこに嘲るような声が差し込む。

 群がる子供たちの一人だ。ワインレッドの短髪に半眼の目が特徴的な男の子だ。

 他の子どもよりも背伸び気味(実際に他の子達よりも背は高い)というか、ちょっぴり斜に構えているようで、彼はあからさまに首を傾げていた。


「そんな弱っちそうなのが勇者なもんか。おおかたステラが連れて来た召使いだろ?」


「なっ……ルネくんは召使いなんかじゃないよ!!」


 そこにステラは大人気なく言い返す。

 

「ルネくんはボク等と同等!! そもそもボク等チームの間に上も下もないし!!」


「えー? でも弱そうじゃんか? ルネって名前してるくせに、全然蒸気魔法とか使えなさそうだし」


「い、今はそうかもだけど、いずれは使えるっていうか」


「ほら? 使えないんじゃん? やっぱりステラの召使いだ。せめてルネって名前を名乗るんなら、オメガスチームブラスターくらいは出してくれないと」


「だ、出せるよそれくらい!? ねぇルネくん!? 口からオメガスチームブラスターくらい出せるよね!?」


 子供の喧嘩というか、売り言葉に買い言葉と言った具合だが――少なくともルネにそんなものは出せない。

 そもそもなんだよオメガスチームブラスターって。どんな技だ。しかも口から出すの?


「こらこら、客人に失礼ですよ?」


 と、困り果てたルネに助け船が入る。

 シスターである。頭部から足元まで伸びたローブを身に着け、首から十字の銀のアクセサリーを下げて、柔らかい笑みを浮かべる妙齢の女性であった。


「「「でもシスター!!」」」


「でももヘチマもありません! もう何時だと思っているのですか!? 早く寝ないとトロールが攫いに来ますよ!?」


「「「うわああああああ!! トロールのシスターに攫われるぅぅぅぅぅ!!」」


「誰がトロールですか誰が!? 私がトロールっていう比喩ではありませんからね!?」


 怒られる気配を察したのか、子供達は瞬く間に退散した。


「ふぅ……お恥ずかしいところお見せしましたね」


 嵐のような勢いが去った後、シスターはステラ達に向き直る。

 

「シスター・レオナ」


 すかさずステラが嬉しそうに呼び返す。


「お帰りなさいステラ」


 そこにレオナと呼ばれたシスターが彼女を抱きしめ、その頭を撫でて迎える。

 まるで子供と大人のようで、見た目より歳を食っているのかもしれない


「貴方がルネさんですね? ステラから手紙でお聞きしておりました」


「は、はい」


「ステラのご友人であれば我々の家族も同然です。自分の家のように寛いでくださいね?」


「あ、ありがとうございます」


 ルネは挙動不審気味に答える。さっきまでの嵐のような展開はもとより、ローズマリー聖護院に来たからずっとそうで、自然と目が泳いでしまう。

 それは不安感や疎外感からではなく、むしろ逆である。初めての人の家に上がり込んでいるにも関わらず、由縁の分からぬ妙な安堵を感じてしまうのだ。


 無論、その違和感の理由にまったく想像がつかないわけではない。

 建物自体が普通……というより随分と古い石造りのようで、彼の暮らしていた400年前と比べても遜色がない。孤児院という事情もあって建て直す余裕がないのだろうか? 光源はロウソクの火によるもので、罅割れた窓には木の板が打ち付けられ、その奥の高台には時報と思しき鐘が下げられている。


 おまけに子供達はみな織り目の粗い布の服を身に纏い、炊事場や水場も人力によるもので、とにかく蒸気機械や合金の類が必要最低限しか見当たらない。

 おまけに神像だ。これまで現代でほとんど目にしなかった、女神イリスの像まで祀られている。


 すなわち、その全てが懐かしい。

 まるでルネを迎える為のように――400年前の人間の帰るべき場所であるかのように――ここは時間が止まっていた。


「…………なんで」


「どうしたのルネくん?」


 中を案内されつつ、不意に呟いてしまったルネにステラが反応する。


「ああ、いや……不便じゃないのかなって」


「不便?」


「ここ……街の建物と比べると、なんていうか」


「あー、そういうことか」


 ステラは察してくれたようで、亀裂の走る壁を見ながら苦笑する。


「お金がない……っていうのも勿論なんだけど、これは大高祖母様の方針もあってね」


「大高祖母様?」


「ソウピア・ローズマリー。このローズマリー聖護院を建てた偉大な御方さ。ここは忘れ去られた人にとっても帰る場所であってほしいから、敢えてこのままにしてるんだって」


 ルネには良く分からない。

 ソウピア・ローズマリーという人物も、その人が考えていた意味も。


「まぁ不便は不便だし、ボクも正直そのあたりの考えは良く分からないんだけど」


 それは住人にとっても同じなのか、ステラはそう言いつつも、


「でもボクはここが好きだ」


 優しく笑った。


「育った場所ってことはあるよ? 長く住んでいた愛着ってことも否定しない。でもそれとは関係なしに、ここに居ると暖かい気持ちになれるんだ」


「…………」


「誰かの温もりって感じかな? まるでソウピア様が今でもここにいて、ボク等を見守ってくれてるようなっていうか」


「…………」


「それに昔のままっていうと、歴史的な建造物っていう意味でもあるしね! 400年前からずっと残ってる考えると聖遺物と同じなんだし、多少不便でもそのまま残しておいた方が……ってルネくん?」


「っ……ご、ごめん」


 ルネは目元を拭いつつ、何でもないように振舞った。

 見守られているという感想が、やけにしっくり来てしまったのだ。

 それが誰かは知らないけし、顔を合わせたこともない人物だけど――ルネの目頭を熱くしてしまうくらいに。


「そうかい? じゃあここがルネくんの部屋だけど」


 そんなルネにきょとんとしつつ、ステラは廊下に並ぶ部屋の一つの扉を開く。

 そこもまたベッドとクローゼットが一つだけの、必要最低限な客室だった。


「ええと、さっきも言った通り、あんまり快適ではないかもだけど」


「ううん、いいよステラ」


 申し訳なさげにステラが言い終えるよりも先に、ルネは中に入ってベッドにくるまる。

 硬い布団にごわごわとした毛布だ。何もかもが懐かし過ぎる。装備や道具の買い替えで軍資金が乏しくなって、安宿に泊まった時のことが昨日のように思い出せてしまう。


「そ、そう? なら良かった」


「うん、今日はもう眠いから」


「そっか。じゃあお休みルネくん。レオナのご飯は美味しいから、朝食は楽しみにしておいて」


「ん……おやすみ」


 パタンとドアが閉じられる。

 すかさずロウソクの火をふっと消すと、真っ暗で静かな夜……と思わせて、何時まで経っても寝ようとしない子供達と、シスター達とのドタバタとした小競り合いが、薄い壁の向こうから聞こえて来る。


 が、それを喧しいとはルネは思わない。むしろぷっと吹きだしてしまうくらいだ。

 かつての安宿の大抵がそんな有様だったのだ。なんなら相部屋であったことを思うと、ここはずっと恵まれていると思う。


 それから目を閉じれば、懐かしい空気に触発されて、誰かの気配を感じた。

 最初はソフィだ。最初の村から二人で旅を初めて、二段ベットの上と下で寝ていた。

『寝顔を覗かないで』とか『こっちに入ってきたら許さない』とか、繰り返し繰り返し、しつこく言われたことを思い出す。

 かと言って言われた通りにすると翌朝は不機嫌になる。どうして従ったのに不機嫌になるのか、当時のルネにはさっぱり見当がつかなかった。


 次はヴィルとラスターだ。

 二人旅から四人になって、二段ベッドが二つ分になった。

 ソフィが眠った後に男三人で夜の街へと抜け出して、とんでもない散財をして、次の日にソフィから大目玉を喰らう羽目になった。

 主犯はヴィルだったにも関わらず、何故か最後までルネが硬い地面の上で正座させられたことは、今でも理不尽に思っている。


 次は先生とサラとミラによる子弟トリオだ。

 パーティも大所帯になって、ここで初めて女部屋と男部屋の二つに分けられた。

 そこで馬鹿ヴィルは何を思い至ったのか、風呂を覗くことを提案した。以前の一件で飲み屋周りを禁止されたことへの、復讐のつもりだったのかもしれない。

 ラスターは命が惜しいとふて寝を決め込んだが、ルネは逃げられなかった。

 そうして二人で大浴場へと忍びこむ羽目になり――翌日は前が見えなくなった。潰れたアンパンのような勇者と戦士を引き連れたパーティは、さぞ他人から見ると滑稽であったろう。


 その次にドワーフのトーマスが加わって、さらに次にホビットのガーネットが加わる。

 リネアが加わり、テッドが加わり、イージスが加わり、ゲルニアが加わって、気づけば曲者揃いの愉快な勇者パーティとなり――


「っ……っ……」


 そして今はもう誰もいないのだと、ルネは独り枕を濡らした。

 

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