激戦のあと


「あはは……ごめんねルネくん。こんなことに、なっちゃって」


「気にしなくていいよ。むしろ謝るのは僕の方だから」


 あれから十数分後――ルネはステラを背に抱えていた。

 最終的に決着はつかなかった。ステラが剣を振るえば爪で応戦し、ステラが高速で駆ければすぐに追いつき、ステラが魔法を唱えれば同じ魔法で相殺する。地下に地震は絶え間なく響き渡り、パラパラと天井が崩れ、千日手のような攻防を繰り返した末に――


『……今日のところは引き分けにしましょう、連邦の勇者』


 なんて負け惜しみのようなセリフを吐きながら、アスタロトは転移魔法で去って行った。

 どちらかと言えば押していたのはステラの方だったが、そうまで言わせたのは戦局ではなく、この洞窟が原因だった。彼女達の雌雄を決するより先に、ゴブリンによる突貫工事の方が耐えられなくなっていたのだ。 


『古来より勇者という存在はやはり厄介ね。貴方は絶対に私が殺すわ。絶対に』

 

 それに最後まで不気味だった。

 恐らく全力であったのだろうが、まるで絶好の獲物を見つけたかのように光っていた目だ。


 目を付けられてしまったのかもしれない。ああいう手合いはしつこいとルネは知っている。400年もそうであり、四天王の一角がそんな男だった。

 自分の手でルネの命を奪うことに躍起になり、かといって正々堂々というわけでもなく、あらゆる手段を用いて取りに来る執念の目だ。


 今後も油断はならないと思いつつ……ともあれ、この場は引いてくれたことが有難い。

 戦闘が終わった瞬間から、あのステラが自分の足で立つことも出来ず、ルネに背負われている今を思えば。

 

「先輩として、いいところを見せたかったのになぁ」


 と、ステラは自虐的に呟く。

 申し訳なさたっぷりで、さっきから謝ってばかりだ。


「ステラは凄いよ」


 そこにルネは何度目になるか分からぬフォローxs返す。

 一度目の時から全て本音であった。


「予想外だったんでしょ? なのにあんなに凄い敵にも張り合って、僕のこともちゃんと守ってくれて」


「でも……捕まえられなかったから」


「仕方ないよ。それに今回が駄目でも次がある。もしも悔しいって気持ちがあるなら、次で晴らせばいいんだから」


「あはは……ルネくんってなんだか、お父さんみたい。まぁボクはお父さんの顔も知らないから、想像でしかないんだけど」


「…………」


 笑っていいのか分からぬ評価と、少なくとも(400年を除けば)お父さんと呼ばれる歳ではないことから、ルネは微妙な表情を浮かべてしまう。


「ん、褒め言葉だよ。だってルネくんの背中、見た感じよりおっきいし」


 と、密着した背中から彼女の温度が伝わって来る。

 武器を外したステラは(流石に持てないので後で回収することにした)想像以上に軽く、湯たんぽのように暖かい。


 そこにルネが思うことは三つ。

 自分に子供がいたらこんな感じだったのかなってことと、蒸気を纏っている現代人だからこそ暖かいのかなってことと、それと――


「オーバー……ドライブ」


 先ほど見せられた魔法のことだ。

 自らの全てを資源として、体内を熱機関に見立てたような技術が、今でも脳裏に焼き付いていた。


 蒸気という概念は未だに理解仕切れないが、アレはどうなのだろう?

 確かに凄まじい魔法であったが、要は出力源の問題であって、蒸気以外の何かであっても成立するのではないだろうか?

 そう、言うなればたとえば――


「ステラさん!?」


 と、そこまで考えたところで思考が打ち切られる。

 前方からつんざくような悲鳴が響いたのだ。


「え……リジー?」


「心配になって見に来たら……! ああもうっ、やっぱり!!」


 リジーはルネの背からステラを奪い取ると、ポケットに入っていた小瓶を無理くりに飲ませる。

 ふわっと魔力の匂いが感じた。ポーションの類なんだろうとルネは悟る。


「ぷはっ!」


「どうですかステラさん? 眩暈は? 吐き気は?」


「う、うん。大丈夫だよリジー……それよりどうして?」


「こっちの用事が早めに終わったから急いで来たんです。この付近で残党が目撃された情報が本部に入りましたので、まさかとは思ってましたが」


「ああ、ってことはエドとレイは?」


「相変わらずでしたよ……ってそんなことよりです!! またオーバードライブを使ったんですね!? 後先を考えて使えって私は言いましたよね!?」


 薬が効いたのか、自分の足で立てるようになったステラに向かって、リジーは物凄い剣幕でまくし立てる。


「つ、使わなきゃ勝てない状況だったから」


「だったら逃げることを考えなさい!! 勝てたところでどうするおつもりですか!? こんな洞窟の奥に、魔力が空っぽの状況で一人取り残されて!?」


「だ、だって放っておいたら危険な相手だったし! それに一人じゃなくてルネくんだっているし」


「その男がなんの役に立つんです!? 魔物に遭遇したら!? 二人揃って餌になるだけでしょうが!!」


「うぐっ」


 と、流れ弾のようにぐさりとルネの胸に突き刺さる。

 実際にその通りだからだ。もしこの状況でエンカウントしようものなら、盾にもならなかったことだろう。


「ご、ごめんよ……」


 ステラはしゅんと項垂れる。


「そう、だよね……ルネくんがって……そこまでは……」


 が、その姿にルネは危うさを感じ、リジーが過保護になる気持ちも分かるような気がした。

 なにせ自分の身の危険ではなく、ルネの危険を顧みて反省しているのだ。

 

 このステラ・マリーローズという現代の勇者はとにかくお人よしで、自らの命が勘定に入っていない。

 彼女の言葉を借りるなら、それが『勇者らしい』と思っているのかもしれない。

 ルネは馬鹿げたことだと本気で思う――自分のことを棚に上げながら。


「はぁ……もういいです。今はとりあえず近くの村にまで引き返しましょう。置いて行った武器は回収に人を寄こしてますので」


 リジーが溜息吐きつつ言う。長年の経験から暖簾に腕押しと分かっているのかもしれない。

 

 かくして――数日間の研修は終わりを迎えたのだろう。

 それでルネ自身が何かを身に付けられたかというか、微妙な具合ではあったが。


「ルネさんも怪我はしてませんか?」


「え……いや、僕はこの通り」


「戦闘があったのでしょう? 気づいていなくともってことはあります。さぁその鎧を脱いで肌を見せてください」


「え?」


「さぁ早く。今すぐに」


「え、いやちょっと!?」


 しかし、それでも何も分からなかったわけではない。

 リジーの過保護っぷりは何もステラに限った話ではないということだ。ルネはステラに買ってもらった鎧を脱いで、素肌の隅々まで見られる羽目になった。




「うぅ……もうお婿にいけない」


「あはは……大丈夫だよルネくん。リジーは神経質だし、それにボクだって散々見られたことがあるから」


「ふんっ! 神経質もクソもありません!! 怪我や病気というものは当人が一番軽く見積もる傾向があるのです!! 手遅れになった後で泣き喚かれたところで、むしろこっちからすればもっと早くに来いって話なんですよ!?」


 それは帰りの汽車のこと。

 全裸を見られてさめざめと泣くルネと、それを宥めるステラと、それらをふんと一蹴するリジーが並んでいる。


 現代において調合師ブレンダーという職業は、医者を兼任していることが大半であるらしい。

 そんな例外へと漏れることなく、リジーという女もまたそうであった。トレジャーハンターになる前は医者か僧侶を考えていたそうで、怪我というものに対しては酷く敏感になるのだとか。


「そもそもルネくん、ずっと前から見られてるよ?」


「え?」


「だってほら? 前にも怪我したことあったじゃん。その時に隅々まで見られてるっていうか」


「う、うぅ……リジーのえっち……」


「はぁ!? 医療行為に助平があるもんですか!? 第一見たくもないものを見せられた私の気持ちにもなってください!! 粗末な物を見せられた私の!!」


「ごふっ!!」


 粗末て。粗末て。

 そりゃ自慢出来る程のもんじゃないけど、とルネはちょっぴり涙目になる。


「ま、まぁまぁリジー。それにルネくんも――」


 ステラは苦笑いをしながら言う。


「粗末だったとしてもいいじゃないか。確かに頼りないっちゃ頼りないかもだけど」


「…………」


 それはフォローになっているのだろうか? ルネは訝しんだ。


「でもそうだとしても、これから頑張ればいいだけでしょ? 粗末って言われないよう――ボクも協力してあげるからさっ!」


「「ぶっ!?」」


 続く一言にルネとリジーが同時に吹きだす。

 協力するって何を? ナニを手伝うつもりなのかと。


「い、いけませんステラさん!!」


 すかさずリジーはステラの肩に触れ、同時に横目でルネを睨みつける。

 

「幾ら依頼主だからとは言え、そこまで面倒を見る必要が何処にあるというのです!?」


「いやいやそこまでって、大したことじゃないじゃん? 今よりもうちょっと逞しくしてあげるだけだし」


「た、逞しくって……」


「なんならリジーも手伝ってくれると嬉しいな。二人でルネくんをおっきくしてあげよう」


「んなっ!? そ……んなことするわけないでしょうが!! 淑女としての嗜みを持ってくださいステラさん!! こんな何処ぞの馬の骨とも知れぬ男に身体を差し出すだなんて、ステラさんは一体何を考えて――」


「え? そんなに怒ることかな? ルネくんの筋肉をもうちょっと太くするってのは」


「太くするって貴方…………って? え、筋肉?」


「だからルネくんの身体つきが粗末って言いたいんでしょ? ボク的にルネくんが頼りないのは技術的な問題であって、身体はガッシリしてると思うんだけど、ブレンダーのリジーが言うならそうなんだろうね。だから鍛えてあげたらどうかなって…………え、そういう話じゃなかったの?」


「……………………」


 ぼすんと、糸が切れたようにリジーが座席に腰を落とす。

 以前にも似たようなことがあったから、ルネも聞いてて途中からおかしいとは思っていた。


「あのさリジー? ステラって結構、その……」


「…………ステラさんは、純粋な御方ですので」


 こっそりリジーに聞いてみると、ゲンナリとした様子で返される。

 確かに純粋であることは疑いようがない。かつての『大勇者』に憧れて、その歴史を喜々として語り、金ではなくマニア的な観点で聖遺物を求める女だ。たぶん年頃の女の子としての一般的なことは、二の次三の次になっているのだろう。


「え、なになに? 二人でこそこそ何を話してるの?」


「ああいや――」


 そんなことも露知らず、猫のように興味を向けて来るステラに、ルネは首を横に振って、


「この汽車は何処に向かってるのかなって」


 と言った。

 実際に目的地は知らされていないから、まったく嘘ではない。

 ガタンガタンと揺れる車窓からは牧歌的な風景が見える。狐色の麦が点々と広がっているのだ。とは言え、その一つ一つが村になっているわけではなく、大半は畑と物置小屋だけで構成されている。


 ならば農夫達は何処で寝泊まりをしているのか? 

 それが今向かっている大きな都市である。畑の遥か向こうの海岸際に目を凝らすと、蒸気機関と高い建物に満たされた都心部がある。

 夜間は自動機械が見回りをしているから、必ずしも近くに住居を構える必要はない。仕事場と住まいを遠く離すと言う、現代であるからこそ出来る働き方だと思った。


「ブラドルニア市街さ」


「ブラドルニア?」


 ここに来て聞き覚えのない地名だった。

 恐らくはルネが封印されてから、400年の間に生まれた街なのだと思う。


「ブラドルニアにもトレジャーハンター協会の支部があります。そこでしばらく滞在して、エドとレイのチームと落ち合う予定になっています」


 リジーが語るのは先日から聞かされていた人名だ。

 同じチームの仲間なのだと言う。なんでもあっちこっちを奔放に『飛び回っている』とのことで、ふらふらと落ちつきようがなかった、ヴィルような人柄をルネは想像していた。


「それだけじゃないよ」


 そこにステラが口を挟む。


「ブラドルニアには遺物美術館がある」


「遺物美術館?」


「大勇者様の聖遺物を展示する場所さ。これまでにボク達が見つけたものだって展示されてる。ルネくんは記憶喪失だから、一つ一つ詳しく教えてあげるよ」


「はは……お手柔らかに」


 ルネはぎこちなく答える。

 歴史を教えてくれることは有難いが、息を荒げるステラの気の入りようだ。

 大勇者マニアの彼女に矢継ぎ早に語られたとして、果たしてどれだけ頭の中に残るだろうか?


「あと――」


 しかしステラの興奮はそれだけではなかった。

 美術館と同じくらい、或いはそれ以上にと。


「ブラドルニアには、ローズマリー聖護院があるんだ」


「聖護院……っていうと?」


「うん、ボクの故郷だ。前にも言ったよね? ボクの家族をルネくんに紹介してあげるから」


 家族に会えることが何よりも嬉しいのか、ステラは花のような笑顔を浮かべていた。

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