オーバードライブ
「でやああ!!」
「ふっ!!」
「そこぉ!!」
「甘い!!」
彼女達による本気の争いは――ルネからすれば圧巻の一言であった。
とにかく一撃一撃が重過ぎる。剣と爪がぶつかり合う度に、立ってもいられないくらいの余波が突き抜ける。ぐつぐつと沸き立つような空気は、それだけ彼女達の熱量が常識外れであると知る。
「
「
言ってしまえば連鎖的な爆発と言っても過言ではなかった。
密閉された空間においてそれは、サウナのような暑さとなってルネを苦しめる。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふっ……」
が、そんな暴力でも決着はつかない。
先に洞窟の方が耐えられなくなりそうな剣戟がどれだけ続いたのか、ステラとアスタロトは一息をつく。
端で隠れていたルネからすれば『ようやく』である。ダラダラと全身から汗を流し、脱水症状で倒れそうだった。
「やっぱり……スチームエンパイアの残党は、ちょっと手こずっちゃうね」
ステラは言う。
「久しぶりに――本気を出さなくちゃかも」
「は?」
「後悔、しないでよね?」
そしてステラは目を閉じ、大きく深呼吸をした。
両腕を大きく広げて、お腹を膨らませ、無防備とも言える仕草を見せながら。
「まさか――扱えるとでも言うの!? 連邦の勇者もあの魔法を!?」
が、そこでアスタロトは声を荒げる。
ルネからすれば何が何やらだったが、何かが起こることは察していた。
なにせさっきよりも彼女からの熱量が、魔力の流れが強まっている。強く気を持たなければ倒れてしまいそうなくらいだ。
つまりは――彼女は本気を出そうとしている。
現代人の、それも突き抜けて優秀である勇者の全力を。
「
瞬間――彼女が蒸発したとルネは錯覚した。
正確に言えば接地面からである。駆け出し、踏み込んだ地点に蒸気が舞い上がっており、目にも止まらぬ速さで距離を詰めている。
「せいっ!!」
「くっ――ああああああああああ!?」
そして振り下ろす威力もさっきとはケタ違いだ。
アスタロトの爪は間一髪で防いだにも関わらず、防御の上から押し込まれ、そのまま壁にまで吹き飛ばされた。
「はああああああああああ!!」
すかさずステラは再度跳躍。軸足が地面を穿ち、軽く十数メートルは離れた距離をたった一歩でゼロにするほどの、とてつもない脚力である。
「お、おのれ!!
が、怯むアスタロトではなく、彼女もまたすぐさま迎え撃つ。
右手に魔力の火球を灯し、飛び掛かるステラに放とうとする。
体勢的に不利なのはステラの方だ。追い打ちの為に跳躍したはいいが、宙に浮いていて避けようがない。
故に普通であれば返り討ちに合うのは彼女である。
普通であれば。
「なっ――ぐあ!?」
が、躱せる筈のない火球を躱し、当たる筈のない剣を当てたのはステラだった。
瞬き一つの合間に、ルネはあり得ないものを見た。
空中から前方へと山なりに向かっていたステラは、火球が衝突する直前に左へと逸れた。身をよじるとか姿勢を低くするとかそんなレベルではなく、真横に軌道がスライドしたのだ。
そうして火球をやり過ごすと、再度元の位置にスライドして、彼女はアスタロトに追撃を果たした。
言うなれば左から右へと、空中でギザギザに移動してみせたのだ。そんなものは実力やステータスなどで説明出来る問題じゃなく、そもそもが人としてあり得ない動きである。
「くっ、この――」
「ふん!!」
「ぐぁっ!?」
それからも繰り返される三次元の動きに、ルネが思い至ったのは『飛行船』だ。今も彼女の全身から噴き出される蒸気が、推進力になっていることに気付く。
高圧の蒸気によって巨体を宙に浮かすあの機構が、彼女自身に搭載されているかのような――
「はああああ!!」
「うぐぐぐぐぐ!!」
が、矢継ぎ早の攻撃を繰り返すステラを見て、すぐに違うと悟る。
搭載されているのではない。彼女自身が蒸気機関と化しているのだ。
体内の水分をボイラーのように燃やし、生み出された熱気がシリンダという名の血管を巡り、ピストンに見立てた筋肉へと還元されている。
そうして生み出されたエネルギーを使う手立ては無限大だ。
剣を振れば杭打ち機のように厚い岩盤を貫き、駆け出せば汽車のように風を切り、宙に浮けば飛行船のように軌道を制御する。
おおよそ蒸気という動力によって生み出されるであろう行為の全てが、今の彼女の身体に備わっている。
「くっ……流石は連邦の勇者といったところね……」
が、アスタロトもまた怪物だった。
本当の機械ほどではないにせよ、岩壁を卵のように砕く一撃を何度も受けながら、彼女はまだ膝をついていない。
「降参するかい?」
そこでステラは一度攻撃の手を緩める。
今も体内で熱運動が行われているのか、全身から絶え間なく湯気が舞い上がっている。
「まさか。ニンゲン如きに腹を見せるなら死んだほうがマシよ」
「そのプライドは大したものだけど、命は大事にしたほうがいいよ? そんなこと言ってるとリジーが飛んできて、ぶん殴られちゃうからね」
「ふんっ……随分と余裕ね」
「そりゃまぁ」
ステラの軽口はルネにも理解出来た。
なにせもう見るからに大勢は決している。アスタロトが今更どんな援軍を呼んだところで、今の彼女を倒すなんてことは――
「――
が、続く呪文に浅はかな思考を即時撤回する。
今度は相手側からも、おびただしい魔力と蒸気が流れ始めたのだから。
「まさか、キミも」
「貴方だけだと思ってた? そもそもコレはニンゲン共が私達から盗んだ技術じゃない。貴方達に扱えて私達に使えないと、どうしてそんなことが考えられるのかしら?」
本気を出したアスタロトは――見た目から変わり果てていた。
「細胞を魔力で活性化させたか。それがキミの本気の姿かい?」
「あら? 気に入らないかしら? ニンゲンの美的感覚ってのは理解出来ないわね。私からすると、さっきの姿の方が不細工極まりないのだけど」
アスタロトは軽口で返し、ステラは眉を顰める。
しかしステラ言い分がルネには理解出来る。魔族として本来の姿を露わにしたアスタロトは、見るからに禍々しかった。
頭髪はなく、肌は鉱石のように硬そうで、手は六つに伸びている。モノアイは紫色に光っていて、指先からは象牙のような爪が伸び、蹄のついた両足は地面から離れている。
「やっぱり……これだから残党と戦うってのは」
「ふふっ、怖気づいたの?」
「いいや――血が滾るって話さ!」
内心ではそうではないのだろう。
それでも彼女は強い言葉を使って、自らを奮い立たせる。
そうして現代人と現代魔族による、フルパワーの頂上決戦が行われようとしていた。
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