現代研修3


『ネオゴブリンの徒党が村はずれに確認されています。彼等を人里から遠ざけてください』


 冒険者ギルドの様相は様変わりしていたが、根本的な依頼内容は昔とそこまで変わっていないらしい。

 探索してこいとか、素材を集めてこいとか、はたまた誰かを護衛しろとか、人の世がある以上は同じであるとルネは知る。


 そんな中でも小遣い稼ぎを兼ねた研修内容は、分かりやすい討伐任務であった。

 ゴブリンの群れを散らせという辺りが初心者向けだ。もっとも昔と違って『ネオ』という頭文字が追加され、そのレベルもルネより遥かに上なのだろうが。


「ここから現場のレイナード村まで四日ほどで往復出来る」


 と、街道に立ったステラは地図を片手に言う。


「約束の時間までも十分過ぎるくらいあるし、いい研修になると思わない? ねぇ?」


「コーホー」


 ルネは答える。

 相槌を打ったつもりだった。


「だよねだよねっ! あっ、でも無茶だけはしちゃ駄目だよ? トレジャーハンターの心得その一。まずはお宝よりも自分の安全を第一に、だからね?」


「コーホー」


 ルネは答える。

 ちゃんと口を動かしたつもりだった。


「ふふっ、なんだか嬉しいな♪ 勇者って呼ばれてても、ハンターギルドではボクの方が年少だし、こんな風に教える機会は稀っていうか、聖護院で弟妹を見ていた時のことを思い出すっていうか」


「コーホー」


「あ、聖護院っていうのはボクの育った場所でね? シスターも子供達もボクの家族なんだ。いつか紹介してみたいなぁ。ボク等のチームに新しい仲間が増えたよって」


「コーホー」


「きっとルネくんも気に入られると思うよ。だってルネくんは――」


「コーホー」


「ルネくん? さっきから思ってたんだけど、それってどっちなの? 一応頷いてくれてるんだよね?」


 ルネが答える……よりも前に、ようやくステラが突っ込む。

 さっきから『はい』も『いいえ』もなく、芋虫のようなホース越しに呼吸音だけを放つルネに対してだ。

 いや君もどっちか分かってなかったんかいと思いながら、ルネは分厚いマスクを引き剥がし――


「喋れるか!!」


 と、盛大に訴えた。


「なんなのコレ!? めっちゃ動きにくいんだけど?!」


 足踏みだけでガシャンガシャンと重い音が立つ。さきほどドワーフから購入したオーダーメイドの鎧が原因である。

 確かに動けるくらいに調整はされているものの、それ以外は何一つ考慮されていない。つま先から頭のてっぺんまで覆われた防具は、最早喋ることすら許されていなかった。


「ええ!? でもすごく良く出来てるよ? 素材は弾丸を弾けるチタネウム合金で出来てるし、更には爆撃すらも防げる自動蒸壁展開システムがついてて、おまけにマスクだって猛毒の霧の中でも歩き回れる遮蔽性がある。これならどんな危険な戦場に行ったって安心ってもので」


「これ研修なんだよね!? ゴブリン退治なんだよね!? どうしてそこまでする必要が!?」


「で、でもでも! 万が一ってことがあるじゃないか!? 知恵を付けたゴブリンがアトミックキャノンを放って、辺り一面を汚染塗れの焼け野原に変えるかもしれないっていう『もしも運転』がさ。万が一ボクは倒れてしまった時にもキミは生き残れるように」


「死ぬわ! ステラでさえ倒れる相手ならどっちにしろその後で死ぬわ!! アトミックキャノンって何なのか知らないけど!!」


「ま、まぁまぁルネくん。おじさんの好意だったんだし、そんなに汗を散らして興奮しなくても」


「興奮じゃなくて暑いんだよ!! 物理的に!!」


 そして何よりキツイのが――その遮蔽性とやらの所為か――内にこもった温度である。

 自らの体温は勿論のこと、鎧内部でも沸々とボイラーが動き、定期的に蒸気を放っているのだ。

 確かに軽くて丈夫で優秀な防具であることは認めるが、このままでは脱水になって死ぬのが先だと思った。


「え? だったら排熱エジェクトをすればよくない?」


 するとステラはまたしても謎の固有名詞を上げて反論する。


「は? なにそれ?」


「蒸気魔法の基本だよ。ほら、こんな風に」


 ルネが問うと、ステラは大きく深呼吸をして、両手をギュっと握り締める。


排熱エジェクト!!」


 そして叫んだ瞬間、ぼんっと音を立てて湯気が舞い上がった。

 まるで体温を凝縮して昇華させたかのように、その煙からは彼女の匂いをほのかに感じた。


「と、これが排熱エジェクトさ。ルネくんのつけてるスチームアーマーを身に着ける時とか、あとは呼吸を整える時とかに使う魔法だね」


「…………」


「さ、ルネくんもやってみて。ほんと簡単だからさ。イメージ的には体内の熱を皮膚の表面に押し上げて、機関車みたいに景気よく吹きだす具合で」


「無理」


「ああああああああああ!?」


 ルネはガシャンと鎧を脱ぎ捨てる。

 ステラの悲鳴が轟くも、そんな人間煙突みたいな真似は出来るかと思った。


「うん……これだったら……」


 しかし素材がいいことは分かっている。

 ルネは鎧を分解し、プレート単位になった装甲を胸当てや腰当てとして身体に巻き付ける。

 防御力という面では劣るだろうが、通気性と動きやすさでは段違いであり、残った部位に関しては街に帰った時にでも返品しようと思った。


「うう……折角のチタネウム合金製の鎧なのに……」


 一方でステラは細切れになってしまった鎧を恨みがましく……というか名残惜しそうにぼやいていた。




「蒸気魔法の練習をしよう!」


 と、そんなことがあったからだろうか?

 片道二日旅のキャンプ地においてだ。お湯を入れるだけで食べられる便利な食事を堪能した後、ステラはふんすふんすと鼻息を立てていた。


「蒸気魔法って……君達が使ってる?」


「うん! ルネくんはよわっち……記憶喪失だけど、魔法の使い方は知ってるんだよね? だったら蒸気魔法のことだってすぐに思い出せると思うんだ!!」


「ん……」


 明らかに『弱っちい』と言いかけていたことはさておいて、それを詳しく知りたいという気持ちはルネにもあった。

 この400年の間に発展したという、彼が知り得ぬ蒸気魔法。

 それを理解することが出来れば、遥か高みへと至った現代人とのギャップも、少しは埋めれるのではないかと。


「うん……願ってもない話だ」


 だからルネは快諾する。


「君達が培った技術を教えてほしい。その……僕の記憶を取り戻す為にも」


 あからさまに付け足したような嘘で補足しながらだ。

 彼は覚えていないのではなく、そもそもが知らないのだから。


「そ、そうかい!? なら良かった!!」


 言って、ステラは二つ折りの剣を手に取る。

 実戦形式ということだろう。ルネもまたホルスターに入った、子供用の鉄ロッドを抜いて応じる。


「じゃあまずは蒸壁から始めようか?」


「蒸壁?」


「基本的な防御魔法だよ。周囲に蒸気の壁を作って自分を守るんだ。コツとしては――」


 と、そこから始まる彼女の教え方はフィーリングが中心で、お世辞にも上手とは言えなかったが、親切ではあったと思う。

 そしてルネとて魔法そのものに無知ではない。もっとも得意としていた雷には劣るものの、他の五元素も人並み以上に理解はしていた。


 故に炎と水の複合である蒸気魔法。

 その新たな概念でさえ、詳しく説明してくれるなら、すぐに理解出来ると踏んでいたのだが――


「はぁ……はぁ……!」


「うーん……」


 現実はこの通り。

 荒い息を吐いて横たわるルネに、ステラは難しそうな顔で首を傾げている。


 しばらくやってみても、ルネは蒸気魔法の基礎の基礎でさえ再現出来なかった。

 烈砕も、噴速も、蒸壁も、煙散も、排熱も、これまで見せてくれた全てが、何一つルネには操れない。


「才能……ないのかな?」


「そ、そそそ、そんなことないよ!! ボクの教え方が悪いってだけで!!」


 ズーンと凹むルネに、ステラはわたわたとフォローに回る。


「ステラの所為じゃないよ……僕が型落ちで、時代遅れなことが悪いだけなんだから……」


「そ、そんなこと言わないで!! た、確かに今のルネくんはそうかもだけど……そ、そう! 身体が追いついてないだけだから!!」


「身体が追いついてない?」


「うん!!」


 と言って、ステラはルネの首にソレを巻き付ける。

 一見するとチョーカーだった。しかしソレは単なる布ではなく、ギアやゼンマイが仕込まれた、現代人らしい機械仕掛けに満ちている。

 加えてそこには魔力も流れも感じられた。現代の品でありながら、現代に蔓延る機構とは一味違うスパイスが足されているような気がする。


「これは?」


「スペクタクルアラームさ! レイが作ってくれた発明品で、レイが言うには蒸気機関と魔導石を混ぜ合わせて作ったハイブリッドってやつで……とにかく! 細かい原理はともあれ、君の成長に応じて自動的に通知してくれる一品さ!!」


 市販品ではないらしい。

 あと原理は分からんということだが、


「えぇと……要するにステータスの変動が分かるってこと?」


「うん! ルネくんにはまだまだ伸びしろがある!! さっきの訓練だってそうさ!! ルネくんからすれば徒労に思えたかもしれないけれど、きっとそれは成長の過程であって――」


 と、そんなステラの訴えに応えるかのようだった。


『ステータスの変動を確認しました』


 チョーカーの機械部分がカリカリと動き、無骨な音声を発したのは。


『登録ユーザー、ルネ・フラワーズ。現在のステータスを表示します』


 そう続けて、巻き付けた喉仏付近からブシュッと蒸気が放たれる。

 解析魔法ともスペクタクルレンズとも違う視感覚だった。一体どういう原理になっているのか、目の前にモクモクと煙による掲示板が浮かび上がっている。


 そんな雲のようなボードには、ルネの現在のステータスが淡々と記されていて――


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: よわうしゃ

 せいべつ:だんせい


 ちから: 582

 まもり: 512

 たいりょく: 528

 すばやさ: 466

 かしこさ: 482

 うんのよさ: 219


 この通りであった。


 うん……確かに成長しているとは思う。昔の感覚からすると驚くほどの伸びっぷりでもある。

 が、四桁五桁が当たり前の世界において、この程度の成長にどれほどの意味があるのだろうか?

 あとまたしても変わっている職業欄は何だ? 『よわうしゃ』というのがなんなのか、ルネにはさっぱり理解出来ない。


「ね!? ね!? ちゃ、ちゃんと成長してるし、キミのやってることは無駄なことなんかじゃない!  い、何時かはその、蒸気魔法だって使える筈なんだよ!!」


 すかさずそう言ってくれるステラであったが、目や口元に浮かんだ微妙な機微までは誤魔化せない。

 内心ではきっと『うわぁ』と思っていることだろう。それはルネからすると、まるで立って歩いているだけで褒められているかのような、乳幼児さながらの気分になってしまう。


「…………そっか。なら今後を期待するよ」


 しかしルネはもう反論を口にせず、心配されるであろう自虐もNGとした。

 彼は学んだのだ。やっぱりどう逆立ちをしても現代人には叶わないという事実と、ヘタな意地を見せることは余計に惨めな気持ちになることを。


『ステータスの変動を確認しました』


 と、そんな心持ちになった途端、またしてもチョーカーが反応した。


 なまえ: ルネ

 しょくぎょう: よわきしゃ

 せいべつ:だんせい


 ちから: 582

 まもり: 512

 たいりょく: 528

 すばやさ: 466

 かしこさ: 484

 うんのよさ: 219


 一見すると間違い探しのようでいて、ちょっとだけ賢さが上がっている。

 馬鹿にしてんのかと思った。あとまたしてもしれっと変わっている職業欄のこととか。

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