現代研修2


「まずは装備だと思うんだ」


 と、ステラは武器屋の中で言った。

 しかし武器屋と言っても昔とは違う。護身用具店という名目であり、中に立っているのも筋骨隆々の職人気質な大男ではなく、小太りで初老の、荒事とは無縁そうな男に店が任されている。


「ルネくんに合いそうなものを見つけなくっちゃね」


 そして壁に立てかけられているラインナップも、見たこともない造形ばかり――というか武器かどうかさえ判別がつかない。


「さっ、ルネくん!! どれが良さそうだと思う?」


「…………」


 知るかと本音では言いたかった。

 ルネからすれば、どれもこれも奇怪なオブジェにしか見えないからだ。

 

「……これとか?」


 それでもステラを慮り、剣と思しき形状のナニカを指差した。

 

「ああ、このランス?」


 違った。どうやら槍であったらしい。

 剣のような曲線は描いているものの、よくよく見ると確かに刃の部分が先端に集約していることが分かった。

 だったら却下である。ルネは槍の突きには慣れていない。


「だったら、これは?」


 次にルネが取ったのは、くの字を描いた刃物だ。

 これまた妙な形はしているものの、刃そのものは刺すにも切るにも適しているように思える。


「え、銃剣でいいの?」


「銃剣?」


「銃と剣が一体になったやつで、使用には講習と免許が必要だけど?」


「…………」


 ルネは黙って陳列棚に戻す。

 言っている意味は分からなかったが、銃という単語の時点で違うと思った。


「じゃあ……これは?」


 もういっそのこと、鈍器でもいいやとルネは思っていた。

 仮に棍棒だとしても現代の棍棒だ。見るからに堅そうな、筒状のそれを指差して――


「スチームランチャーだけど?」


「…………」


 が、ステラから帰ってくる言葉はこの通り。

 すちーむらんちゃーとやらがどんな兵器なのかは分からないが、少なくとも棍棒の類ではなかったようだ。


「剣はないの?」


「剣?」


「うん、それが一番肌に合ってるし――」


 ルネはそこまで言ってから、記憶喪失という設定を思い出す。 


「合ってるような、そんな気がするからさ。たとえばほら、ステラみたいな武器とか」


「え、ボクの武器を?」


「うん。それも……えぇと、一応は剣なんだよね?」


「ま、まぁそりゃあ、そうだけど」


 ステラは歯切れが悪そうに答える。

 こちらを気遣うような目だった。どうしてそうする必要が?


「お兄さん」


 と、そこで店員が割り込んで来る。伸ばしっぱなしの眉が目の半分を覆っている所為か、酷く眠そうな目つきをしていた。


「言っちゃ悪いけど、お嬢ちゃんの武器を持つのは危ないと思うよ?」


「え?」


「さっきから見てて思ってたんだ。お兄さんならもう少しサイズが小さくて安全な、子供用の護身用具の方が良さそうだって。たとえばこれとか」


「なっ!?」


 そうして差し出されたのは――棒切れのように細く、先も短いロッドだった。

 表面こそは鉄色であれど、殺傷能力というか、武器らしさがまるで感じられない。おまけに握り手には布が巻き付けられ、先端が丸まっていることから、とことん所有者への事故防止が施されていると分かる。


 ルネはなにくそと思った。

 力不足であることは分かっている。しかしこんなゴッコ遊びの小道具紛いがお似合いとは何たることか。


「ステラ! ちょっと貸して!!」


「あっ!」


 だからルネは返事を待たず、ステラの腰に下がる武器を掠め取った。

 ほら見たことか。何が子供用で十分だ。僕だって勇者だったんだから、今更自分の手を切るなんて真似をするもんか。武器の扱いくらいはちゃんと――


「って重ぉぉぉぉおおおおおおおお!?」


 などと、調子に乗った矢先だった。

 ルネはがしゃーんと盛大に武器を落とす。まるで巨木を抱えているかのような重量感だったのだ。

 無理だ。こんなの振り回せるわけがないと秒で肉体が反応した。


「あー、だから店員さんも言ったのに」


 と、横から伸びた手がソレをひょいと拾い上げる。

 それも片手でだ。傍目にはまったく重みを感じさせぬまま、彼女は自らの腰へと戻す。


「ボクの武器は特注で、高出力熱機関がアタッチメントされてるから、ルネくんの腕力で持つのはちょっとね」


 そうしてルネが気づいたのは、ホルスターの紐が服ではなく、その下を通っていることだ。

 恐らくはこの剣を支える為だけに、独立したショルダーストラップのようになっているのだろう。それは同時に常日頃から、あの重さを半身で抱えながら飛んだり跳ねたりしていることを意味する。


「…………」


「で、どうするお兄さん? 嬢ちゃんの得物ほどじゃあないが、他のもんも大概だと思うがね?」


「…………子供用のやつでお願いします」


 すっかり心の折れたルネは、力なく頷くばかりだった。




『※これから軍隊、ハンター、冒険者を志している、勇気ある小さなお子様へ』


 それは購入した『子供用の護身用具』に同封されていた、武器本体そのものよりも高そうな分厚い注意書きである。


『必ず大人が一緒にいる時に使いましょう』


 ルネは今年で二十一になる(封印されていた400年を除く)。


『口に入れたり齧ったりしてはいけません』


 するか。


『ルールやマナーを守りましょう。街中で振り回したり大声を出したりしてはいけません。ましてや人に向けるなどもっての他であり、もしも悩み事があれば周囲の大人や関連機関に必ず相談を――』  


 やまかしいわと、そこでルネは注意書きを閉じる。

 何処まで行っても子供用……というかもう過保護レベルに思えた。

 その最たる証拠は握り手に巻かれた布だ。当初はマメ防止かと思っていたが、それは接着剤で物理的に固定されており、遮られた奥にはゴツゴツとした突起を感じる。


『※※※熱で剥がれます。※※※※※必ず大人と相談の上で外しましょう』


 布の隙間から下げられたタグにはそう記されている。それも注意マークを念入りに添えてだ。

 もう訳が分からない。百ページ以上の注意書きを熟読すれば正体も分かるのだろうが、ルネはすっかり読む気をなくしている。


「武器は用意出来たし、次は防具だねっ」


 と、そこで先を進んでいたステラが言う。

 読み歩きだったので前を見ていなかったが、気づけば次の目的地へと立っていたようだ。

 

 防具屋……と呼ぶにはこれまた奇怪だった。

 さっきの護身用具店ともまた様相が違う。数多のシリンダがぎっこんばったんと動き、外からでもむせ返るような熱を感じる様子は、ルネがかつて働いていた工事現場を思わせる。


「ごめんくださーい」


 と、実際に中に入った後も印象は変わらなかった。

 店主は見るからに無愛想なドワーフ。しかしその手に金槌は持っておらず、無人の金床は天井から伸びるプレスによって、機械的に叩きつけられている。


 そうして出来上がった作品が、両端に並べられている鎧なのだろう。

 しかし鎧と呼ぶにもどうなのかとルネは思う。なにせその出来栄えは両極端だ。一方は顔までを覆った重厚感あるフルフェイスかと思いきや、フレームにしか見えない未完成品さながらの物まで並べられている。


「ルネくん……この子に合う防具を探しに来たんだけど」


 と、ステラが口にした途端だった。

 厳めしい店主の顔が、一層睨みつけるようになったのは。


「おい……あんた?」


「え、僕?」


 ルネは自分を指差す。


「その装備……なんなんだ? どういうつもりだよ」


「ど、どういうつもりって」


 彼が指しているのは、さっき買った武器ではなく、ルネが元々装備している装備に関してだった。

 つまりは魔王討伐時の、彼の防具に感心を持ってくれている。


「こ、これはですねっ!」


 だからルネは少なからず高揚した。分かる人には分かってくれるんじゃないかと思っていたのだ。

 何せ彼が身に着けていた元々の装備は精霊の加護を受けた、当時からすると一級品の武具である。かつて自分はそれごと消えてしまったから、現代でも『聖遺物』として記録はされていないようだが、ちゃんと鑑定すればそれ相応の価値があるんじゃないかって。


「ふざけてんのか。そんなボロを身に着けて」


 なんて――そんな考えは秒で否定された。


「代金はいらねえ。てめえみたいな世間知らずに死なれたら、却ってうちの評判が悪くなっちまう」


 そして男は自らプレスを止めて、自ら金槌を手に取った。

 どうやら頑固そうに見えて人情豊かなドワーフでおわせられるようだ。ルネが身に着けていた『ボロ』が許せず、身体に合った防具を自らの手で生み出そうとしている。

 それはきっと重くもなければ、丈夫な物なんだろうと確信する。


「良かったねルネくん! 親切な職人さんで!!」


「あ、あはは……」


 そうして出来上がった鎧の値段もリーズナブル。『子供向け』の次は『ふざけた装備』と来たものだ。

 喜ぶステラの影でコッソリと、袖を涙で濡らすルネであった。

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