現代研修


 収穫のない探索から地上へ出て、帰りの船に乗って、更にそれからは機関車に乗って陸路を進む。

 線路に沿って猛スビートで進む機械は、ルネにとって飛行船に負けず劣らずの衝撃だった。なまじ地上である分、どれだけ加速しているのかがハッキリと感じ取れる。

 

 タマに傷だったのはその揺れ具合で、味わったことのない振動にルネは盛大に酔ってしまった。

 一方でリジーは揺れる車内でも優雅に紅茶を傾け、ステラに至ってはバケットサンド五個を軽く平らげていた。恐るべきは現代人だ。根本的な作りが違うのだと、ルネは改めて思わされる。


「よぉし! 着いた着いたー!!」


 その後――駅を降りたステラが、両手と歓喜の声を上げる。よく通る声であったが、それでも埋もれてしまうくらいに辺りは喧騒に満ちている。

 隣のリジーは難しそうな顔で手帳にペンを走らせている。数字とプラスマイナスで満ちた紙面だ。詳しくは分からないが、たぶん収支に関わるものなんだろう。

 いずれにせよ彼女達は、目の前の光景を何ら特別なものだとは思っていない。


 まるで祭りか何かでも始まるかのように、埋め着くほどの人が行き交うターミナル。

 石コロ一つ落ちていない地面を、ガシャンガシャンと音を経てて見回る機械兵。

 空を見上げれば忙しなく飛行船が発着し、それに負けず劣らずと高い建物が立ち並び、その隙間を縫うかのように小さな球体が羽をはためかせ、地上の人々を見守っている。


 ポーラ港もそうであったが、ここはそれ以上だとルネは思った。

 都市の名前は『ルードウィッグ』。かつては商業が盛んな国であったと彼は記憶している。

 

 が、今やどうだろう?

 盛んどころではない。かつての商業区はギラギラと看板を輝かせ、かつての農村地帯は自動機械が土を耕し、かつての王城は重厚で繋ぎ目の分からぬ鉄色の壁に囲まれている。

 昔から急進的であったから、新技術の受け入れにも抵抗がなかったのだろう。

 ルードウィッグ王都はかくように、現代というものをこれ以上ないくらいに体現していた。


「まずはギルドへ向かいましょう。聖遺物の受け渡しをしないと」


 と、リジーに言われるがままに後に付いていく。

 冒険者ギルドもかつてのように、荒くれ者ばかりが集う場所ではない。広いフロアに背もたれのないソファーが点々と敷かれ、壁も床も清潔感の漂う白一色のタイルだ。入り口手前の機械から吐き出される番号札に従い、誰もがその番号が呼ばれるまで行儀良くじっと待っている。


「三十七番の方」


 そうして十分ほど待って、受付に通される。

 薄張りのガラスに遮られた向こうで、お堅そうな役人顔が待ち構えていた。

 

「連邦所属のトレジャーハンター24号です」


「証明書はございますか?」


「はい、こちらに」


 訝しむ受付に、リジーはポケットから取り出した穴ぼこだらけの長方形――パンチカードを手渡す。


「…………照合が完了しました。トレジャーハンター24号班所属、 リジー・チェンバースさんですね? 本日はどういったご用件でしょうか?」 


「これを本部に届けていただきたい」


「こちらは……?」


「ヴィルヘルム・L・カーディアの甲冑の破片です。成功報酬は口座にお願いします」


「……少々お時間を頂きます」


 そう言って離れていく受付嬢を、リジーは黙してカウンターで待つ。

 その間にルネはきょろきょろと周囲を見回しつつ――何もかもが大違いだと思った。


 彼女達が言う『トレジャーハンター』という立場も、元はと言えば冒険者ギルドの一派であったらしい。

 冒険者ギルド自体はルネの時代からあったもので、聖教会、商工会、魔術学会と並ぶほどの巨大な勢力だった。


 しかし今やギルドも各国独自の運営方法ではなく、連邦という共同体によって繋がっている。

 よってそんな大きなものから『公認』という立場を得たトレジャーハンターは、元より強大であった冒険者ギルドの中においても、一目置かれる存在であるらしく――


「あ、あの! ステラ・マリーローズさん、ですよね?」


「うわっ、本物かよ! マジであのステラさんなのか!?」


「連邦の勇者様が現れるなんて、こりゃツキが来てる証拠かもな!!」


 などなど――フロアにいた冒険者達が騒ぎ立て、ステラを取り囲んでいた。


「え、ええと?」


「今日はどんな仕事をしに来たんですか!? 邪炎を吐く飛竜を退治して、人々から盗んだ宝を取り戻すとか!?」


「い、いや、今日はただ報酬を受け取りにきただけで」


「聞いたぜステラさん! 先月にまた違法な死霊魔術師をお縄にしたんだって!? 八百人もの犠牲を出したっていう、あんな危険な男を一人で取り抑えるだなんて、やっぱりステラさんはすげえよ!!」


「や、それはちょっと大げさっていうか……確かに危険な相手ではあったけど、そこまで残酷なことはしてなかったし、少し痛い目にあってもらったくらいで」


「サインをくれよ勇者様!! アンタがいてくれるおかげで、俺らも単なる根無し草の日雇いだって笑われねえんだ!! そんなアンタからのサインなんて、そりゃもう聖遺物レベルの縁起物だ!! ここの鎧にちょっとだけでいいから、なっ? なっ?」


「え、え、ええええええ!?」


 と、四方から引っ張りだこになって、すっかりステラはたじたじであった。


「あのさリジー」


「いつものことですよ」


「そ、そう」


 リジーに問うてもこの通り、微々たる反応であった。

 要は時代で意味合いは変わっても、『勇者』という威光そのものは変わらないということだ。


「お待たせしました」


 そうこうしている内に、さっきの受付嬢が帰って来た。


「劣化が見られますので、鑑定に回そうと思います。もうしばらくお時間を頂けますか?」


「どれくらいになりそうですか?」


「一週間ほど時間を頂ければ」


「――――」


 横で聞いていたルネは、あんぐりと口を開く。

 さっきこの女の人はなんて言った? 一週間? 二時間の間違いじゃなくて?


「それだけで済みそうですか。なら一週間後にまた訪ねます」


 しかしリジーは何ら異議を挟むことなく席を立った。

 宝を手にして、それを金銭に変えて貰う。ルネからすればそれだけのやり取りだが、現代人からすれば違うのだろう。

 甲冑の破片は汚れ一つない布にくるまれ、双眼鏡のような眼鏡をかけた、これまた厳めしそうな人に預けられていた。


「というわけです。次の軍資金を得るまで、一週間はかかりそうですね」


「観光……っていうわけにもいかないよね?」


「はい。そんな余裕はありません」


 リジーは頷き返す。もちろん金銭的な意味で、と付け足さんばかりのしかめっ面だ。


「ですが悪いことばかりではありません。私はこれを機に後回しにしていた連絡網を整理したいと思います。ルードウィッグの通話機器は随一ですから、音通不信になっている仲間達とも連絡が取れる筈です」


「エドとレイ、だよね?」


 と、そこでステラの声が割って入る。

 ようやく引っ張りだこ状態から抜け出せたのか、少々疲れた様子を見せながらだ。


「えぇ……まったく。定期報告もせずに、今度は何処を飛び回っているのやら」


 と、リジーが眉間に皺を寄せる。

 そういえば彼女達は元々大きなハンターチームであるが、今は予算的な問題で二人一組になっていると言っていたことをルネは思い出す。

 ならば『エドとレイ』という人物も、そんな仲間の一人なんだろう。自分だってそうだった。魔王討伐の旅には多くの仲間が力を貸してくれて――今はもうみんないないけど――


「っ……」


 ルネはぎゅっと唇を噛みしめて感情を堪える。

 封印されていたとは言え400歳だ。歳の所為で涙もろくなってしまったのかもしれない。

 或いは先日耳にした、先生に似ているようで恐らくは赤の他人の人生が、その最期の話が頭の中に残っているからか。


「ステラさんはどうしますか? 学会には顔が効きますので、ステラさん達にも寝る場所くらいは提供させますが?」


「ううん、リジーには迷惑をかけられないよ。それにボクもいいこと思い付いちゃったから」


「いいこと?」


 と、ルネがベソを堪えている内にも彼女達の話は進む。

 

「折角一週間もあるんだし、これを期に――ルネくんに研修をしてあげようと思うんだっ!」


「は?」


「は?」


 リジーはあんぐりとし、ルネの涙は秒で引っ込んだ。

 

「ほら、ルネくんって記憶喪失じゃない? 少なくとも記憶を取り戻すまで同行する以上は、冒険の知識とか、戦い方とか、じっくり教えてあげなきゃって思ってたんだよね」


「…………」


「きっと記憶を取り戻せた後でも役に立つって思うんだ。ルネくんってパンチカードすら持ってなかったから、ひょっとすると『外界』から流れてきた子って可能性もあるよね?」


「…………」


「だからこその一石二鳥だよ。これからボク達と旅を続けるにしても、IDがないまま暮らすにしても、冒険者稼業のことを知っていて損はない。そういうわけで――」


「二人っきりですか?」


「え?」


「二人っきりで、教えるのですか?」


 ルネからすれば混乱の連続であった。ちょこちょこ固有名詞の混じったステラの説明は当然のこと、リジーまでもが更に掴みどころのない返事をしてくる。

 二人きりかどうかて。いやそこなの? まず最初に突っ込むところがそこなの? あとどうして僕のことを親の仇のような目で睨みつける必要が?


「え? だってリジーは用事があるし、他の人にも頼めないから」


「それは、この街でですか?」


「うーん……それもいいけど、どうせなら小遣い稼ぎも含めて簡単な依頼くらいは受けてみようと思うんだよね? 二、三日くらいで終わりそうな、ちょっとした冒険体験とか」


「二泊三日の外泊!?」


「ひぃっ!?」


 更にキッと目力を強められ、思わずルネは悲鳴を零してしまう。

 これまで相手にしてきたどんなモンスターよりも凄まじい殺気だった。元勇者でなければ粗相をしていたかもしれない。


「ね、いいよねリジー? ちゃんと期日までには帰ってくるからさ」


「で、ですが……!」


「大丈夫大丈夫! この辺りで道に迷うことはないから!! それに今のルネくんはボク等の大事な『依頼主』なんだし……ね? いいでしょ?」


「ぐぬぬぬぬ……!」


 なんだかんだで、基本的にはステラの決定に逆らえないのだろうか。

 ギギギギギと、機械音が聞こえてきそうな承諾であった。

 

「ルネさん?」


「な、なに?」


 が、それとは別と言わんばかりに、すぐさまリジーが距離を詰めて来る。

 

「分かっていますね?」


 そしてステラには聞こえぬよう、小さくも低い声でルネに言った。


「もし純粋なステラさんの善意に付け込み、不貞を働こうものなら――潰しますので」


「いやナニを!?」


「潰して、治して、もう一度潰します」


「敢えて一回治してからもう一回するの!?」


 ナニをどうするのかは分からない。分かりたくもないが、とんでもない拷問が待っていることは本能的に理解出来た。

 しかしとんだ誤解であり、ルネにそんな気持ちは毛頭ない。ステラは活発で健康的な女の子であり、その無防備さとお人よしっぷりにリジーが心配する気持ちは分からないでもないが、ルネにだって心に決めていた人がいるのだ。たとえ400年の時が経っていようと、そう易々と『浮気者』になるつもりはなかった。


「よしっ! じゃあ決まりだね!!」


 と、そんな殺伐としたやり取りなど露知らず、ステラはルネの手を取る。


「ボクが先輩として、みっちりと叩きこんであげるからっ!!」


「――――」


 そして軽いつもりでも、現代人に引っ張られてしまえば成す術もない。

 ルネは半ば宙を浮きながら、ルードウィック王都を縦断する羽目になった。

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